相変わらず、私は恋に浮かれている。 彼と話すことなんて無い。けれど遠くから見ているだけで胸がいっぱいになる。すれ違うときの緊張感は以前にも増し、そのたびに振り返っては彼の背中を盗み見た。 だけど彼の姿を追えば追うほど、傷つくことになったりもする。 初めからわかっていたことではある。彼はルックスも運動神経も、おまけに頭もいいといった女の子にもてる条件を全部持っている。それに優しくて紳士的だから、佐伯君は女の子皆の憧れのような人。 知ってて告白したというのに、今ではそれが自分を苦しめる。 不思議だと思う。こうなることが、初めから運命だったような気がするんだから。 そんなある日の事だった。 「佐伯君て、C組の堀内さんと付き合ってたらしいよ?」 仲良しグループの女の子の口から、ふいに漏れた言葉。 その言葉に、私は絶望にも似た衝撃を受けた。 堀内さんと言えば、男子にとって憧れの女の子なのだ。女である私ですら、彼女を可愛いと思う。そんな彼女は私と同じ部活動で、特別仲が言い訳ではないが誰にでも優しく接してくれるとてもいい子なのである。 成る程佐伯君ともお似合いだ、と思って自分でも悲しくなった。 私と言えばルックスに光るものも持っていなければ、運動音痴で頭も人並み。誰にも負けないと思うものと言えば彼への強い想いくらいだ。 そんな自分が彼に告白したなんて、それこそ分不相応にも程がある。 「でもさ、何か音信不通になって自然消滅したとか言ってたよね」 「そうそう。堀内さんの方が曖昧に濁してたらしいよ」 「あー、じゃあ佐伯君はまだ堀内さんの事想ってんのかなー」 「でもでも、付き合ってないんだったらにもチャンスあるって!」 噂話に夢中になる友達の間にはるかは割って入って私をカバーしてくれた。 それに気付いた友達も、はっとして悪そうな顔で私に目配せしてきた。 「いいよいいよ。誰が好きとか佐伯君の気持ちは自由なんだし!それに私は佐伯君に恋できるだけで十分だしさ!」 「…凄い好きなんだねえ佐伯君の事」 「堀内さんなんかよりの方が断然いけてるよ!あたし、を応援するからね!」 「皆…ありがと…私負けないからね!!」 みんなが応援してくれる。こんなちっぽけな私の事を。 はるかは私を見て、優しく微笑んだ。周りがどんな風に見てようがかまわない。友達が応援してくれることが一番の心強さだった。 夏が来て、こっそりテニスの大会の応援に行ったり、誕生日には手作りのストラップを作ってみたりした。 結局その誕生日プレゼントは、渡すことが出来ないまま私の机の引き出しに眠っているけれど。 彼の事を想って作った、それだけで私の心は満たされていた。 彼に声を掛けて、彼を追いかけられる女の子を、羨ましいと思う。 私にはそんな勇気も自信も無い。一度遠ざけられた身としては、彼がバレンタインデーのあの日、自分のチョコレートを受け取ってくれた事で、私が彼を想う事を許されたとそう思うことが精一杯。 だけどそれだけで、本当に十分すぎるほどだった。 春が来て夏が来て、秋がきて、そして冬がやってくる。 彼に出会って、二度目のバレンタインデーが訪れた。 数日前から用意していたチョコレートケーキ。 緊張して迎えた当日、結局私はそれを私あぐねた。 同じクラスでなければ話をかけることすら叶わない。 部活を引退した身では、放課後まで残っていることの方が珍しいし。空が明るいうちから彼の目の前に立つなんて想像するだけでぞっとした。自分の醜い姿を出来るだけ彼の前に晒したくないというのが本心だった。 だから、呼び出すことも出来ずにただ、日がたっていく。 そんなある日、チャンスが訪れた。 いつも一緒に帰るはるかが、部室に顔を出すから先に帰ってというので一人帰り道を歩いていた。 鞄の中には彼への思いがつまったバレンタインデーの紙袋が大事に入っていて、ふっきれない気持ちも一緒に連れていた。 そのうち食べられなくなってしまうチョコケーキ。重い気持ちのまま近くの公園のベンチに座った。 そこをふと、佐伯君が通りかかったのだ。 我が目を疑った。 だって、こんなチャンスがやってくるなんて誰が想像するだろう。 まだ、神様は私に彼を諦めるなと言っているのだろうか。終わりから始まった恋ならば、怖がることは無いのだと、私を勇気付けてくれているのだろうか。 こちらに気付かず歩き去るその姿に、心臓は跳ね上がった。 まるで自分のものではないかのようにバクバクと動くそこに、手を当てて深呼吸を一つ。 鞄に手を伸ばして、紙袋を掴んだ。 これが、きっと最後だ。 彼を想って過ごす日々も、きっとこれで終わる。 高校になったら皆ばらばらになってしまう。 はるかとも、志望する高校は別れてしまった。他の友達ともそうなった。 女の子の風の噂によると、佐伯君が行こうとしている高校も、私とは違う。 だから、これで終わりにしようと思っていた。 最後の望みをかけて、最近買ってもらった携帯電話のメールアドレスを書いた手紙を添えていた。 『あなたが誰を好きであろうとかまいません。私はあなたが好きです。 恋は無理かも知れないけど、友達としてお話が出来たら幸いです』 精一杯の気持ちを込めて、それだけを書いた。 好きですと、形に残しておきたかった。彼の顔を見たらきっとその言葉は出てきてくれないだろうから。卑怯だけど、紙きれに想いをたくした。 彼を好きだと思うたび、彼が付き合っていたという堀内さんの顔が頭に浮かぶ。 私なんかが勝てる相手じゃないのはわかっていた。 だけど私が彼を好きだと思う気持ちだけは誰にも負けないと思うくらいに膨らんでいた。 『佐伯君、今でも堀内さんの事想ってるかもね』 それが本当かなんて佐伯君にしかわからないし、どうだっていい。 大切なのは私が彼を想う気持ちだけだ。 「あのっ、佐伯くん!!!」 思いのほか大きな自分の声に恥ずかしくなって、辺りに人がいないか確認してしまった。 相変わらず直視することの出来ない彼は、今どんな顔をしているだろうか。 わからなかったけれど、彼はちゃんと私を見つけて立ち止まってくれた。 「お、遅くなっちゃったけどこれ……バレンタイン…です」 一年前と同じように、突き出した紙袋。好きですなんて口が裂けてもいえないだろう。私はこうやって、思いだけを詰め込んだ紙袋を彼の前に差し出すだけで精一杯。いつだって見ているだけで胸がいっぱいになってしまう。 「ありがとう」 彼はそういうと、紙袋を受け取ってくれた。 自分の手の中から、彼への想いの重みが消えた瞬間。私は駆け出していた。彼がそれ以上何も言葉を紡げないように。私の心臓の音が、彼に聞こえてしまわないように。 一刻も早く彼の前から姿をけしたかった。 冷たく冴え渡った空気が、心地よく私の頬を撫でていく。 改めて、恋が終わったのだと思った。 満たされた気持ちだけが私の心を優しく包み込んだ。 彼に恋をしてよかった 素直に今、そう思えた どっちだっていいの
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