翌日、私は一日中上の空だった。 朝食も喉を通らず、キッチンに立つ母はいつも食事を欠かさない私の事を心配そうに見ていた。 私自身、どうしてよいかわからず戸惑っていた。だってこんなこと、初めてなんだから。 思いつきで告白して、簡単にすむと思っていたそれが翌日まで引き摺るようなことになるなんて誰が想像するだろうか。 大体この気持ちは何なのだろうか。 好きでも無い相手なんだから、ふられたって別に傷つくことはないだろうに。なのにどうしてこんなに怖いと思うのだろう。 もやもやを抱えたまま家を出て、学校へ向かう。いつもなんとも思わない廊下を歩くのにも気を揉んだ。だって、万が一彼とすれ違ったら私はどんな顔をすればいいというのだろうか。 はるかの影に隠れるようにしてこそこそとしていると、『何か今日変だよ〜』なんて笑われた。 その言葉に返す言葉も無く、まさか突然『すきでもない相手に思いつきで告白しました』と 真剣に恋をしている友達にいえるわけもない。 嘘をつくとこんなに苦しいなんて、思ってもいなかった。 はあ、と一つため息をついたその次の瞬間だった。廊下の角を曲がったその先に、昨日見たばかりの色素の薄い髪が見えたのは。 「ッ!!!!」 神様はちゃんと見ている。どうしてこんなタイミングで引き合わせたりするのだろうか。これは嘘の恋で相手を傷つけようとしている自分への罰なんだ。 なるべく平常心を装って、それでもいつもより口数多くはるかに話しかけていた。口走ることに意味は無く、話に脈略が無いのは自分でもよくわかっていた。けれど何か会話が無ければこのまま彼とすれ違うことは出来ないと思った。はるかには変な顔をされたけれど、そうしなければ私の心臓はこのまま破裂してしまいそうだったのだ。 すれ違った後、ふいに振り返って彼の背中を盗み見た。 意外と大きな、がっしりとした背中にまた、胸がズキンと痛んだ。 この気持ちは、恋と呼べない。ならば何なのだろうか。 その夜、返事を聞いたらすぐ様寝ようと思いいつもより早い時間にお風呂に入った。 濡れた髪を乾かし終えて、ベットに浅く腰掛けてひたすら受話器とにらめっこ。 一日中高鳴り続けたこの胸は、もう限界を超えそうだった。 はあ、と小さく息を吐いたその時、受話器がないた。 待っていたと思われるのも癪だと思い、自然な感じになるように時を見計らって電話を取った。 「は、はい、です…」 情けない事に、その時私の声は上ずっていた。 ああ、返事は何だろう、イエスだろうかノーだろうか。どっちでもいいから早く知ってしまいたい。 「ああ、虎次郎だけど…ちゃん、だよね?」 「う、あ、はいそうです」 「…昨日の返事だけど………」 その時私は、受話器に必要以上に耳を押し当てていたと思う。彼の言葉を一言も漏らさず聞き取ろうと、躍起になっていたのだと思う。 甘く大人びた、落ち着いた彼の声。脳の奥まで響いて私をとらえ続けた彼の声。 一息ついた彼の口から零れた言葉は、 「ごめん」 たった一言、彼はそういった。 真っ白になった頭の中で、私はその言葉の意味を考えていた。 その後何と言って彼と別れたのか、思い出そうとしても駄目だった。確か、『明後日、誕生日だよね、おめでとう!』なんて妙に明るい声で言った気がする。 不思議と目頭が熱くなり、気付いたらぼろぼろと溢れ出した涙がパジャマをぬらしていた。 ベットに潜り込み、枕に顔を押し付けて私は静かにないていた。声が誰にも聞こえないよう、この気持ちを、誰にも知られないよう。 これは恋なんかじゃない。 私はふられたわけじゃない。 初めから全部、嘘だったんだ。 よくわからない理屈を持って、私は自分を正当化しようとしていたのかもしれない。 だけど、頭の奥では彼のことばかりぐるぐると考えていた。 試合中のあの楽しそうな、それでいて真剣な姿。吸い込まれそうだった瞳。私に向けられたわけでもないのに、彼が笑顔になると何故か頬が熱くなった。 私は彼に恋していたのか? その時ふいに沸き起こった考えを最後に、私の意識は闇へと引き渡された。
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