日曜日、待ち合わせの時間が過ぎても私は約束の場所に行かなかった。




朝起きて鏡を覗き込むと、とても酷い顔をしていた。
青ざめた顔に、泣きはらした瞼。とてもじゃないけど彼と会うことは出来ないと思った。

昨日の夜、胸がやけるようにひりひりと痛かった。
今日がやってきて終わってしまったら、そう考えると涙がこぼれてしかたなかった。
何に対して涙が出るのかなんてわからないぐらい私の頭の中は混乱していた。

私はきっと、ずっと前から黒羽君のことが好きだったのかもしれない。

その思いに気付かされた。
黒羽君に「付き合ってください」といわれた時、どうして断れなかったのか。その答えが出てしまった。

好きだと言われるたび、なぜ苦しくなったか。
偽りの愛が悲しかったからだ。

周囲に知られる事を恐れていたはずなのに、いっそ黒羽君のファンのこ皆に私達の関係を言ってしまいたいと心の底で思っていた。それだって、彼を独占したいと思っていたからだ。
黒羽君、とわざと苗字でよそよそしく呼んでいたのも、彼と一定の距離を保つため。
恋心なんて抱いてしまったら、友達という枠すらもなくなってしまうかもしれないと恐怖でいっぱいだったのかもしれない。無意識に私は私をかばおうと躍起になっていたに違いない。

だけど、苦しい気持ちも全部これで流れていくだろう。
いくら私が彼に溺れても、彼は私をすくってくれない。それどころか、きっと私が沈んでいくのをじっと見ているだろう、いい気味だと。人の心をもてあそんだ罰がくだったのだと。

でも、それでいい。

私はそれで黒羽君の事を忘れられる。







その日私は、何をするでもなく近所の河原に寝そべって風を感じていた。
やさしく頬を撫ぜる風が、私を慰めてくれているようでまた涙が出た。

失恋って怖い。
心のどこかでこうなる事を恐れていた。だから自分を守ってきたのに…。


今、黒羽君はどこにいるだろう。待ち合わせの時間なんて数時間前に過ぎてしまっている。私に呆れて帰ったことだろう。そして家に帰って眠る頃、すべてのことを思い出して驚愕するんだ。自分は一体何をしていたんだろうって。
月曜日、私に声をかけることもしないで冷ややかな視線を送ってくるに違いない。

ああ、友達でもいられない。

だけど私はその代償に、かけがえのない六日間を過ごすことが出来たんだ。
高校を卒業して、何事もないままただ友達のままで離れ離れになるよりはちょっと思い出深い日々が過ごせた気がする。たとえ嘘でも、彼が私を愛していると言ってくれた。それだけで十分じゃないか。
ちょっと変わった始まりだったけど、普通よりも早くわかれがやってきただけの恋愛だった。そう思えば苦でもない。
困った友達にも感謝しなくては。まさか彼女だって私がこんな気持ちになるなんて予期していなかっただろうけど。いや、もしかしたら気付いていたのだろうか。だから黒羽君に飲ませようと…そんな偶然、あるわけないよね。

だけど、彼でよかった。

この勘違いの恋の相手が、彼で…よかった。

「さよなら、春風くん…」

小さく呟いてみたその名前が、あたたかな初夏の風にかき消された。

深く溺れたその向こう、
きみが見当たらないよ



NEXT