簡単に愛だと決めつけられない、 恋愛シュミレーションのような疑似体験も、五日が経つと普通の日常のように感じられてくる。本当に、人間っていうのは何にでも慣れてしまえるのだなあと関心した。だけどそれじゃ困る。 私は自分の心の中にひそむ淡いきずぐちに薄々気付き始めていた。 今までこんな気持ちを持ったことがなかったから、それはなおさらはっきりと感じられた。 もやもやと気持ち悪くて、だけどあったかくて、それで怖くて。 私はこの感情を持て余してしまっていた。だって、どうする事も出来ないのだから。 一緒のお昼ご飯は初日を除いて四日目だった。 初夏はそれほど暑くもなく寒くもなく、たまにここちいい風がふいてきたりして気分がいい。黒羽君も同じ気持ちでいるのか、時折目を伏せては風にあたっているようだった。 「なあ」 「うん?」 「日曜日、あいてるか?」 「え?」 「デートしようぜ。海行かないか?」 「デート…」 「嫌か?」 「ううん、そういうんじゃなくて…」 私なんかが傍に居てもいいのだろうか。 質問に返してくれる人は誰も居ない。ただ私の中だけで答えが出ない自問を繰り返すだけ。 黒羽君の好きな人って、本当はどんな子なんだろう。最近そればかり考えている気がする。 偽りの彼女が、彼の傍にいることは許されるんだろうか。 本当の彼女と行くべきところに、私なんかが… (苦しい、苦しいよ…これが、本当の恋だったら……どんなに…、) ああ、ダメだ。考えちゃダメ。 どうあがいても終わりはやってくる、それは決まっているのだから。 ならばせめて…、効果の切れる最後の日曜日。彼の隣にいることが許されるだろうか。悪戯にこんなことになってしまったとはいえ、私だって相当苦しんでいるのだから、これくらい許してくれたっていいよね…。 私はこんな風に言い訳が出来るけれど、彼にはそれが出来ないのだと思い出して、自分はとても卑怯だと思った。 だけど…、だけど…… 「…海、久しぶりに行きたいな……黒羽君とならきっと楽しいし!」 頑張って口角を上げて話したつもりだったが、うまくいっていなかったのだろうか。私に視線を投げてよこす黒羽君の顔が一瞬曇った。それは本当にほんの一瞬の出来事だったけれど、しっかりと私の目に飛び込んできた。 まるでそこに、彼の本心が隠れているかのようでまた苦しくなった。 正気に戻った彼は私をどう思うだろう。 最低な女だと、私を卑下するに違いない。その時私は彼のそんな態度に耐えられるだろうか。 嫌な沈黙が二人の間の空気を取り巻いて、気温が少し下がった気がした。 ぎゅっと握り締めた拳には嫌な汗をかいていて、いてもたってもいられない気持ちになった。とてもじゃないけどもうお弁当の残りを食べる気分にはなれない。言い訳をして教室に帰ろう、そう思った時彼は口を開いた。 「俺の事、名前で呼べよ」 「…あ、え?」 「何かよそよそしいんだよな。 もう六年の付き合いなのによ。皆がバネって呼んでんのにお前はずっと黒羽だしな」 「それはだって…何か………」 (あれ、そういえばどうしてだろう) 私はあまり話す機会がない人でも、皆が呼ぶようなあだ名で声をかけるような奴だと自分では思っていた。というか、現にそうだったと思う。だけど黒羽君だけは、何故かいつまでたっても黒羽君。 どうしてか、私は意識的に彼を近寄りがたい存在にしたかったように思う。 距離を、置きたいと無意識に思っていたのかもしれない。 その事に気付いて愕然とした。 「私…わた、し………黒羽君のこと…」 自分でもその先、何を言おうとしたのか頭が真っ白になってわからなくなった。 気持ち悪いものが体の真ん中でぐるぐる回っていて、もう何も考えたくなくなった。 ただ、黒羽君の悲しそうな顔だけがまぶたの裏に焼きついた。
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