いつもより深い深い眠りについていたような気がする。ふわふわと気持ちよくて、ずっとそこにいたかったのに、耳元でけたたましくなり続ける目覚まし時計のせいぜ私は現実へと引き戻された。
昨日、眠りにつくまでは寝て起きてしまえばすっきりして黒羽君も私もすっかり元通り。なんて期待をちょっとしていたんだけれど。 朝食をとって仕度を済ませて玄関を出て、そこに黒羽君の姿を見つけた時には絶望にもにた脱力感が襲い掛かってきた。

よく出来た惚れ薬ですこと。

どうやら、生ぬるい代物ではないらしい。たった一週間だが、こんな日が毎日続いたらいい加減私の方が参ってしまうのではないかと不安になった。
寝たら覚めるような、ほんのりした恋心で十分なのに。

、おはよう!」
「…おはよう黒羽君……朝から元気だね」
「そうか?普通だけどな。お前は朝から元気ねえなあ〜」

ばしっと背中を叩かれて、突然の事だったから対処しきれず足が縺れてしまった。目の前にコンクリートの海が広がって、ああこける、と思った瞬間ぎゅっと目を瞑ったが痛くも痒くもなかった。恐る恐る目を開けると何故か体が浮いていて、人生が終わってしまったのではないかと不安になった。
けれど転んだくらいでそんなことになるわけもなく、黒羽君に抱えられているという事に気付いた時には穴があったら入りたいくらい恥ずかしいと思った。

「悪い悪い。そんな強く叩いたつもりなかったんだけどよ」
「ご、ごめんちょっといきなりだったからびっくりしただけだよ。痛くなかったし!」

降ろしてもらってから、必死にあたりを見回して人影がないかを確認した。
幸い朝早い時間だったので、ごみ出しにきた近所の見知らぬおばさんが微笑ましい顔してこちらを見ているだけですんだ。不幸中の幸いというのはこういうのを言うんだろう。

「何そんなきょろきょろしてんだよ?」
「だって誰かに見られたら大変でしょ?」
「何が」
「だから、私達の関係がまわりに知られると大変だから、」
「どうして」
「どうしてって、それは…」

まっすぐな瞳が私に突き刺さってくるようで怖くなった。
この人は本当に真剣に愛してくれているんだ。
たった一週間の、限定期限つきの恋だというのに。彼にはそれがわかってない。

本来なら今私に向けているその熱い視線を、他の子に向けているはずなのに。

いっその事話してしまえばすっきりするのか?
だけど、「あなたは間違って私に恋しています、」なんて根拠のない話を彼が信じるとは思えない。それにそれを言ったことで、今私に恋している黒羽君の心を傷つける結果になってしまうかもしれない。

彼の気持ちがひしひしと伝わってくることが、辛い。

(そんな一時的な勘違いの気持ち、うれしくないよ)

そんな気持ちが浮かんできて、はっとした。私、何かやっぱりおかしい。怖い。

「黒羽君の事好きな子とかがショック受けるし、」
「俺はお前が好きだ。他の誰でもない、だけが好きなんだぜ?隠してこそこそしてる方がかえって 後からショック受ける事になったりするんじゃねえの?まあ…大体俺にファンなんていねえから」


「好きだ」と、あなたが私の名前を呼ぶたびにどんどん息苦しくなっていく。
こんな自分は嫌、こんな自分が怖い。


結局私は、彼に何も言い返せなくなった。

寝てしまえば覚めてしまうような淡い淡い、


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