愛してるとか簡単に言わないでよ、 「じゃ、かえり一緒に帰ろうな!先帰んなよ!わかったな!!」 終わりのショートホームルームが済んですぐ、黒羽君は私の席にやってきた。そして、それだけ言うとうれしそうに教室を出て行った。部活、相当好きなんだなあなんてぼんやりと考えた。 クラスの中でも黒羽君とは仲がいいほうだった。何故か中学から同じクラスになることが多かったせいかもしれない。まさか、高校まで同じクラスになるとは思いもよらなかったが。 明るくて優しくて、誰とでもすぐ仲良くなれる黒羽君は、皆の人気者だ。 こっそりと憧れを抱いている女の子もいる。同学年より後輩にもてるタイプだと思っている。事実、こそこそと廊下から黒羽君の姿を見に来る後輩がいたりする。本人は自分が見られているなんてこれっぽっちも気づいていないと思うが。 私が黒羽君と話していても、たとえ一緒に帰ったとしても疑う人はこのクラスにはいないだろう。それは彼のそういう誰とでも親しい関係を結んでいるという見方からそうさせるのだと思う。まあ、仲には疑いのまなざしを向ける女子グループもあるけれど。 「早速熱いねえお二人さん」 「…そういう言い方おかしくない?」 「おかしくないよ」 何も知りませんというようなけろっとした顔で茶化してくる友人に冷ややかな視線を送る。 今朝は黒羽君があまりに真剣なので根負けして承諾してしまったが、現放課後にいたるまでずっと考え続けてやっぱりこんなのいけないという罪悪感にとらわれている。 人の心を操るなんて絶対に間違ってる。 黒羽君にだって好きな人がいただろうし、黒羽君のことを本気で好いている子達にだって失礼だ。 だが、もうどうすることも出来ない。 ただ、昼休みに解決策はないかと友達に問いただすと、『効果は一週間だけ』というお得情報が聞き出せた。いや、お得というか別にお得でも何でもないんだけれど。 一週間、それだけなら黒羽君の傍にいても仲を怪しまれることはないだろうか…。 そればっかり考えている。 仮にも二人が付き合っているなんて噂が流れて、薬の効果が切れたあとに黒羽君に嫌な思いをさせたくない。 (ああ、どうして私がこんな思いをしなきゃならないんだろう…) 自然とため息がでた。 だが、いくら悩もうが考えようが、時間というのは待ってくれない。 約束したとおり、青空帰宅部であるのにもかかわらず私は校門に立って黒羽君がやってくるのを待っていた。 ぶっちゃけ、こなければいいのにと思っていたりする。 今朝のは友達と黒羽君の単なる悪ふざけで、私をからかっているだけなんだとか。 むしろそうであってほしい。 部活後終わって、ここに部活仲間と歩いてきた黒羽君が私の姿を見つけて、『お前、本気にしてたわけ?』と一言言ってくれるだけで私は救われるのに。もう、蔑んでもいいからそういってほしい。 が、黒羽君はわざわざ走って私の目の前にヒーローみたいに現れた。「悪い、待ったか?」なんて息切らしながらさわやかな笑顔で言われると、心臓に悪い。まるで本当の恋人同士みたい。 ふと、黒羽君のシャツを見るとお間抜けな事にボタンがひとつずつ掛け間違えてあった。 そんなところを、可愛いと思ってしまう自分がいる。 「ぷっ」 「あ?」 「黒羽君、ボタンボタン」 指をさすとそれにしたがって黒羽君の目線が動く。 事態に気づいた彼は、一気に顔を真っ赤にして後ろを向いた。 「そんなに急がなくてもよかったのに」 「待たせるわけにはいかねえだろ」 ふと、そんな風にさせているのが自分のせいだと気付いて胸が締め付けられた。 そうだ、こんな言葉を言わせているのも薬のせい。黒羽君は、私を待たせるわけにはいかないのではなく、薬のせいでそんな気持ちにさせられているのだ。 どうしようもなく申し訳なくて、それでいてちょっと楽しんでしまっている自分がいることに腹立たしく思った。 「どうかしたのか?」 「あっ、ううん、なんでもない」 私がぐるぐると考え込んでいる間に、ボタンを直し終わったらしい。彼はじっと私を覗き込んでいた。少し距離が近くてびっくりして、息を呑んだ。 何で私、こんなにドキドキしてるんだろう。 そんな理由、考えたくもなかった。 気付きたくないと思うような感情が、私の中に芽吹こうとしている。 あたかも昔からそうしていたように、自然に絡めとられた指に全身の熱が集まっていくようだった。 隣にいるはずの黒羽君の声がまったく聞こえていなくて、気付いたらもう家の前にいた。 「愛してるぜ、」 別れ際、そういって私の名前を呼んだ黒羽君の顔を直視できなかった。
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