Love Wish.

'97 Version.

Everyday,Love Somebody.But Someday,Wanna be Loved by Somebody.−

 

Second Love. "Book Marker"

 

 その晩、胡桃沢拓美は高校の同窓会に出席していた。同窓会と言っても、つ

まるところその頃親しかった仲間の結婚披露宴で二次会の場を借りての集まり 

だった。

 

 もうパーティーも中盤にさしかかり、カウンターやテーブルのあちらこちら

では高校時代の昔話に花を咲かせ始める。拓美は何かが気になるらしく、賑や

かな輪から逃れたカウンター席で、先程から入り口のほうばかり見ている。

 

「あれ、胡桃沢。ジブン、さっきから飲んでへんやないか。どないしてん?」

「そうや、もっと飲まなあかんやろお祝いなんやから」

 輪の中で騒いでいた数人が、拓美の姿を見つけて寄って来た。

「そないなことないて…飲んでるよ」 

「何や胡桃沢、さえへんやっちゃなぁ。めでたい席で沈んどってどうすんねん」

「最前から何やポーッと向こうばっかり見くさって・・・」

「あ、ひょっとして胡桃沢オマエ、寺崎のこと待ってんのと違うかァ?」

その脇からまた一人顔を出した。すると更に数人が寄って来て、しまいには

拓美を取り囲むような形になってしまった。

「アホ、何で俺がそんなんせなあかんねや」

「オイオイ、なんやそれ。コイツ、寺崎と何かあったんか?」

「そんな、寺崎と俺に何もあるわけないやろ」

 拓美は妙に慌てて否定する。

「まあ、そうや。確かに“何かあった”訳やないけど、結構訳ありやねんで。

なあ、そやろ、胡桃沢」

「なんや、勿体振らんと教えや。何があってん、なぁ」

数人のやじ馬たちが面白がって聞き出そうとする。

「昔コイツ、寺崎に惚れとってんで」

「へえ・・・。あ、さよか、寺崎が来いへんのが心配で、ほんで酒どころやな

いんかァ。純なやっちゃで」

「あんなァ・・・せやから違うて言うてるやろ」

 どんどん興味本位で囃し立てる連中に、拓美はあきれ顔で否定する。

「そういえば、オマエらあの頃仲良うしてたやろ。エエとこまでイッたんか、

なぁ?」

「・・・・・・・」

拓美はもう反論する気も失せてむくれてしまった。

「胡桃沢、まあそないに照れるなって。もうすぐ寺崎も来るやろから、なっ」

 酒に酔ったうえに拓美をからかって、すっかり良い気分の悪友たちは次の話

題を求めて盛り上がりの渦の中に消えていった。

「ッたく、ええ気なもんや。…せやけどホンマに寺崎来いへんなァ」

 拓美は一人の女生徒の顔を思い出していた。

「アイツ・・・高校ん時より、余計にカワイなってんねやろなァ」

そう想った途端、あの頃の情景が至極鮮やかに拓美の頭の中に映し出される。

「もう、五年も前になるんやなァ・・・」

 

その頃拓美は高校三年で文芸部に所属していたが、某有名私大の文学部を志

望していた拓美はその年の秋口にはもう部に顔を出さなくなっていた。

十一月も半ばに差しかかるある日、拓美は受験勉強の息抜きに読んでいた本

を部に寄贈しようと思い、昼休みに文芸部の部室を訪れた。読み終えた本数冊

を小わきに抱え部室のドアを開けると、誰もいないと思っていた部屋の中に見

覚えのあるショート・カットの少女が座っている。

 

「あれ、寺崎何してんねや、こないな時間に」

「・・・?!ああビックリした。胡桃沢クンこそなんやの、三年が部室に来る

やなんて珍しぃわネ」

「何言うてんねや。そういう寺崎かて、三年やろが」

 寺崎梓は同じ文芸部に所属する拓美のクラスメートで、夏までは部の副部長

をしていた。彼女は府知事賞などに幾度も選ばれている、いわば部の宝である。

「・・・ウチは良えの。ウチ、大学には行かへんのよ。ウチの家ね、和菓子屋

やから卒業したら店手伝わなあかんし」

「そうかぁ。ごっつぃ成績良えのに、勿体無い話やなぁ・・・ホンマ」

 拓美はなんだか梓に悪いことを聞いてしまった気がした。

「・・・でね、文集の製作が遅れてるて聞いたから、手伝うてるわけ」

「な、なんや、せやったんか。サスガは寺崎、エエとこあるわ」

 その場の雰囲気をごまかそうとして、拓美はオーバーに梓を持ち上げる。

「イヤやわぁ、煽てんといて。もう、胡桃沢クン言うたら・・・いけず」

 ちょっと冗談っぽくすねて旋毛を曲げた梓は、照れ隠しに両の頬を思いきり

膨らませる。

 その瞬間の目一杯の膨れっ面が、拓美には可笑しいほどに愛くるしく見えた。

 拓美はクラスメートであり同じ部に入っているのにも関わらず、梓とはあま

り話をしたことがなかった。拓美はいつも数人の悪友と騒いでいたし、梓のほ

うも他の女子たちと固まって行動していることが多かった。拓美はこの時初め

て少女の魅力的な側面を発見し、改めて一人の女の子としてその存在を意識し

始めたのである。

拓美は、この妙なシチュエーションに思わず笑い出してしまった。

「ンもうッ。ねえ、ところで胡桃沢クン、その手に抱えてる本は何やの?」

「ん、これか。もう読んでしもたさかい、とりあえず部室にでも置いとったら

誰か読むやろう思てな」

「ふぅン、感心やわァ」

「別に、そんなんでもないよ。・・・せや、寺崎これ読まへんか。読書の秋い

うてももう終わりやけど、寺崎本読むの好きみたいやし、どうや?」

言うが早いか、拓美は梓の前に本を積んで行く。梓は驚きつつも、目の前に

積まれた本を一冊ずつ手に取ってみる。

「ヘェ、胡桃沢クンてこないなん読むんやね。知らんかったワァ。けど、ホン

マに全部ウチが読んでしまってもええの?」

「ええに決まってるやろ。誰かに読んでもらお思て持って来たんやから。その

代わり、寺崎が読んだ感想、後で聞かせてんか」

「うん。ほんなら、なるべく早よう読んで返すから、貸しとってね」

「いつでもええよ。ほな俺、教室戻るわ」

 それから梓は一冊ずつ読み終えるたびに拓美に返し、その都度その本の内容

について感想を話して聞かせた。経る月日につれて、拓美の中で梓への思いは

募っていった。

 

 時は移り変わり、拓美はめでたく志望大学への進学を決め、後は卒業を待つ

ばかりとなっていた。そのハッピーなはずの拓美の表情が、今ひとつ冴えない。

 最近の拓美は、少し情緒不安定だった。それは自分の中に芽生えている、梓

に対する恋心をはっきりと自覚していたからである。

 あれからの二人は、拓美が自分の読んだ本を梓に渡し、梓はその本を返すた

び感想を話して聞かせるというパターンを相も変わらず繰り返していた。それ

ははたから見れば、ひどく親しげで仲睦まじい二人に見えたであろう。

 だが、本人達にとって状況は少し違っていた。照れ屋の二人はお互いの気持

ちに踏み込むことができず、相手の気持ちをはっきりと掴めないまま、ただい

たずらに幾冊かの本で互いの時間をつなぎ止めていたに過ぎなかった。二人は

学校以外で逢ったりすることもあまりなく、ついにそのまま卒業の日を迎える

ことになった。

 

 式が終わっても、拓美は梓に対して自分の中に秘めた情熱を、告げることが

できないままであった。府外の大学に進んだ拓美はそれから梓と会う機会もな

く、彼女のもとには拓美へ返せないままに一冊の本が残った。

 梓もまた同じく、言葉にのせて自分の想いを伝えることが互いの今の距離を

壊し、二人を引き離してしまうような気がして、どうしても拓美に気持ちを告

白することができなかったのである。

 

 

"Book Marker" 後編に続きます。

 

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1997 Masato HIGA.

 

1997/12/23 Up dated.
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