アルベルト物語・蓬莱編
エピソード#09「エレーナ」その4
医務室の中。ゆかりのが、白いベッドの端に腰を掛けて保険医の診察を受けている。 |
「とりあえず、骨や靭帯には異常無いみたいね」 |
一通りの診察を終えた保険医はそう告げた。 |
「ただ、蹴られた部分はしばらく腫れて痛むわね。少し横になっていきなさい」 |
「はい」 |
保険医に促され、ゆかりのはそのままベッドに横たわろうとする。 |
「ちょっとまって、そのままじゃ汗で風邪をひくわよ。ほら、これに着替えて」 |
「はい。・・あ・・えと・・」 |
パジャマを手渡されたゆかりのは、ちらりとアルの方を見て赤くなる。 |
「ル・クリオくん、何してるの?さっさと廊下に出なきゃダメじゃないの!」 |
「え・・あ、わりぃ・・」 |
アルは何か歯切れの悪い返事をして廊下へ出た。 |
「どうかしたのかしら?今日のル・クリオくんは」 |
「今のアル、何か考え事してたみたいだった・・・・」 |
アルが出ていったドアを見やりながら、ゆかりのはそう呟いた。 |
「そう?紫野さんになら、ひょっとしたら話してくれるかもしれないわね」 |
「え?」 |
ゆかりのが呆気にとられている間に、保険医はドアを開けて出ていってしまう。 |
程なく、入れ違いにアルが入ってきた。 |
ゆかりのは思わず真っ赤になってシーツを被ってしまう。 |
「・・・・・・・・」 |
アルは何も言わずに丸椅子に座って下を向いている。 |
医務室の中に沈黙が流れた。 |
「ありがと・・・」 |
シーツの中から声がした。ゆかりのが半分だけ顔を出す。 |
「ありがと、アル」 |
アルはやはり、何も言わない。ただぎこちなく微笑いながら首を振るだけだ。 |
「・・・ね、話してよアル。さっきから何か考え事してるよね。それに、ボク気がついて |
たんだよ。アル、フィールドから出るときに寂しそうな顔してた・・・」 |
ゆかりのは、ジッとアルの顔を見ながら返事を待っている。 |
「俺さ・・・」 |
しばらくしてアルがやっと口を開いた。 |
「俺、手だけは出さなかったんだ・・・今まで。どんなに悪質なファウルでもさ・・」 |
「アル・・・?」 |
ゆかりのは、アルが何を言いたいのかが上手く飲み込めなかった。でも、アルが普段決 |
して見せない、心の一番奥にしまっている本音を口にしていることだけは判った。 |
「カルチョでは、ある程度のファウルは仕方ないんだ。それは俺だってやるしさ。だから |
、それをキチンと裁けないジャッジには断固抗議するんだ。でも、あくまでもそれはア |
ルビトロの役目だから、選手は相手に手を出しちゃいけないんだ・・・」 |
行き場のない憤りにアルは拳を強く握りしめ、唇を噛む。 |
「・・でも、俺は今日とうとうそのルールを破っちまった。あの時、ゆかりのが倒れてい |
るのを見たら・・カァッと頭に血が上って・・・」 |
「もう良いよアル。・・・だって、ボク嬉しかったよ」 |
「・・・?!」 |
ゆかりのの思いがけない一言に、アルは顔を上げた。 |
「ボクが倒されて苦しんでたとき、真っ先に飛んできたのアルでしょ?アルがなんで退場 |
になったのかも何となく判った。それから・・・んと、んと・・」 |
そこでまたゆかりのの頬が紅く染まる。 |
「ボクを抱き上げてくれたときのアル、すっごくカッコ良いなって思った・・」 |
「ゆかりの・・・」 |
二人の間に沈黙が訪れた。もう、言葉は要らなかった。 |
ゆかりのとアルの視線が絡み合い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
・・・・・・・・・・・・・・。 |
「アルぅ〜!シアイ、勝ったゾ〜!!!」 |
いきなりドアを開けて、エレーナが乱入してきた。 |
「わあっっ!!!」 |
驚きのあまり、いや照れ隠しついでもあって、アルはオーバーに椅子から転げ落ちる。 |
「どうしたカ?アル。そんなに慌てて。もしかしてトリコミチューだったカ?」 |
「ばっ・・バカ野郎っ、どこでそんな日本語憶えてくんだよっ!」 |
アルは明らかに動揺しながらも、必死にごまかそうとする。 |
「じゃ、じゃあ、俺はそろそろグラウンドに戻るから。じゃな、ゆかりの」 |
「う、うん。また、あとで・・」 |
アルはそそくさと医務室を出ていく。返事を返したゆかりのは、もう耳まで真っ赤にし |
てしまっていた。たまらず、またシーツの中に半分顔を隠してしまった。 |
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(つづく。あー何か書いてて恥ずかしなってきた・・)
Update 2003/05/25
2003 Masato HIGA / HIGA Planning.