アルベルト物語・蓬莱編

エピソード#09「エレーナ」

 

「うわぁ・・今回もすげえなぁ・・」

 今日は10月に入ってすぐの月曜日。外は蓬莱名物?の異常気象である。

 まったく、つい数日前に台風が猛威を振るったばかりだというのに、ここ蓬莱の気候

というのは何と忙しないのだろうか。ことに男子寮はようやく火災からの復旧を終えた

ばかり。そこで迎えた異常気象なのだ。

「こんな日は部屋でプレーのチェックでもしようかな」

 窓外の惨たる光景を眺めていたアルは、紅茶を煎れにキッチンへ向かった。

 アールグレイをカップに注ぎ、小さな瓶から花のジャムをティースプーンで一つ。

 それを一つかき回し、アールグレイと融け合うハイビスカスの香りを楽しむ。

 

 蓬莱サッカー部の部室には、部員の一人・荻野由宇が自らの練習の合間に撮影してい

る部員達のVTRが保存されている。撮影の日時や練習内容毎にきちんと整理されてい

て、多くの部員が各自の練習課題の参考にしているのだ。

 アルはそれを定期的にダビングして持ち帰り、自分のチェックだけでなく複数の選手

の特徴を解析してチーム戦術等も研究している。

「・・・アオイは複数の選手に囲まれると、少しパスの精度が落ちるかな?・・・・・

 ・・でも、1対1の思い切りの良い突破は凄いな・・強引だけど・・」

「うーん、俺はこのところ体が大きくなった分、1歩目の踏み出しが遅れるな。少しロ

 ードワークで絞って、ダッシュの本数も増やさなくちゃな・・。あ・・・ケビンが俺

 の練習を見てる・・。なるほど、俺の呼吸を掴もうとしてるのか・・・」

 アルは時折り映像を戻したりしながら、気付いた点などをノートに書き込んでいく。

 

−ピンポーン−

 アルが5本目のVTRを見始めた時、来客を告げるチャイムが鳴った。

(誰だろう・・・・・?)

 外は荒れ狂う異常気象である。アルの知る限り、蓬莱にはこの天候の中、好き好んで

部屋を訪ねて来るような心当たりは無かった。

「誰だか知らねーけど、開いてるから入って来いよ」

−ガチャッ・・−

 アルが声を掛けると、予期せぬ訪問者は勢いよくドアを開けた。

「ったく、よくこんな天候の中を・・・・って、え?ええーっ!!!?」

 異常気象の中を尋ねてきた物好きさに呆れながら見ていたアルだが、その人物を見て

驚き、言葉を無くしてしまった。

「チャオ、アル〜ッ!」

「わぁぁぁぁぁあぁーっ!!」

 

 翌日、である。

 今日はサッカー部で定期的に行われている練習試合の日。アルは早朝の自主トレを終

えてから朝食を済ませ、試合前の朝練に出るため学園に向かっていた。

(あれ、何故だろう?今日はヤケにみんなの視線を感じるな・・・)

 しかし、通りを歩く他の生徒たちの目を惹いていたのはアルではなかった。

「あっ、そうか」

 と、アルが振り返ると、見知らぬ少女が、アルから少し離れて後ろを歩いていた。

 背が高く、スラリとした印象を受ける。髪の色は黒だが、眼は青く、明らかに外国人

のようだ。少女はキョロキョロと辺りを見回しながら歩いている。

「エレーナ、あんまり物珍しそうに歩くな。ただでさえ目立つんだから」

「アルー!ガッコはまだカ?エレーナは早く見たいゾ」

 この少女はエレーナ、エレーナ・ル・クリオ。アルの従姉妹である。

 イタリアのミラノに住んでいるのだが、なぜか突然アルを訪ねてきたのだった。

「アル〜、おはようにゃっ☆」

 通りの角から、唯がアルを見つけて駆け寄ってきた。

「あーっ、猫だー。アル、猫飼ってるのカ?」

「にゃ?」

 エレーナは唯に近寄ると、喉を撫でてやる。初めは驚いていた唯だが、本能には逆ら

えず、次第にふにゃふにゃ顔になってくる。

「にゃーーー・」

「カワイー!アル、ビアンカよりもカワイイぞ!」

(注:ビアンカはミラノにいるアルの飼い猫)

「あのな、エレーナ。いっとくけど、唯は一応それでも人間だぞ」

「え?ホントか?・・でもこんなにカワイイぞ。ああ、もう我慢できない!!」

 エレーナはそういうと唯を抱き上げ・・・・

「きゃーあ、カッワイーーーーッ!!!!!」

 と叫びながら真上に放り投げた・・・。

「にゃあーーーなにするにゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ・・・・・」

 唯の姿は空のかなたに見えなくなった。(中庭の木の上で発見されたらしい)

「あーあ、後で探さなきゃ・・。ほら、エレーナいくぞ」

 

 結局、これ以上の混乱を避けるため、アルは朝練には参加せずいつも特訓用に使って

いる小さな練習場で、エレーナを相手にパス交換とトラップの練習をしていた。

 

 午後になって、練習試合の時間も近づいたのでアルはエレーナを連れてサッカー部の

部室へ向かった。あまり乗り気では無かったが・・・。

「エレーナ、あらかじめ言っとくけど、試合のジャマはするなよ」

「判ってるよ、アル。エレーナだってカルチャトーレだゾ」

 エレーナはニコッと笑って答えるが、アルにはイタズラな笑みに見える。

「なーんか、心配だけどなぁ。ま、良いか・・」

 

以下、つづく。

 

 

Update 2003/05/25

2003 Masato HIGA / HIGA Planning.

 

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