*****渡辺みゆきの記録*****



『あれから一年・・・・・。
私が黒い手紙をもらったあの日から、色々な事が起こりました。

それはとてもとても辛く、酷く残酷な時間。

そして今。
その時の出来事を、私はこれから記録としてここに書き記そうと思います。
これから私の身に起こる理由を知ってもらうために。
愛する家族が、一つでも多く私という存在を知ってもらうために。
私の運命を、どうか聞いてください。

・・・そうですね、最初はあの日から話しましょうか?』



***2月2日晴れ***


あの日、私は酷くイライラしていました。
朝ごはんを食べても、テレビを見ても、音楽を聞いても、何をしても落ち着かなくて、何もかもが怒りの対象へと変わっていきました。
明日は結婚式だというのに・・・。

両親も親戚も、誰もいない事が恥ずかしいから?
仕事を辞めるのが嫌だから? 結婚したくないから?
・・・・・どれも違う。

私が好きな人が、明日結婚するから・・・。

こんな言い方すると、え?って思うかもしれませんね。
・・・そうなんです。私には他に好きな人がいます。
だけど、その人とはもう高校卒業してから一度も会っていません。
その彼は山崎正樹と言って、小さい頃からの幼馴染でした。お互いに空気みたいな存在で、隣にいる事があたりまえでした。どんな時も一緒で、どんな時も笑いあって、どんな事があっても二人で必ず乗り越えて。ずっとずっと一緒だった。これから先の未来もずっと一緒だと思っていました。
だけど・・・、身近すぎてどうしても言えない事があった。
私は大切な事を言いそびれてしまったの。

それは彼が好きだという言葉。

高校を卒業して、お互い就職して離れてしまい、それから連絡が途絶えてしまった・・・。まるで今まで私達の間に繋がれていたものが、無かったかのように・・・あまりにもあっさりと、私達は他人になってしまった。
ずっと後悔してる。
ちゃんと告白すればよかった・・・って。
今までずっとずっと一緒にいた時間に、ちゃんと言いたい事を言えばよかったって・・・。
そうすれば、今、何かが変わっていたかもしれない。
離れていても、何も変わらなかったかもしれない。
そんな事ばっかり考えてしまう・・・・。

皮肉にも彼と私の結婚式は同じ日。
運命って何てイジワルなんだろう・・・。

私は今すぐにでも結婚を取りやめたい気持ちでいっぱいになりました。けど、すぐに思い直します。私が結婚を止めたからって何が変わるの? 私は今までずっと一人だった、その私がようやく結婚できるんだよ。
やっと一人の家族から抜け出せて、家族ができるんだよ。
それが私の夢でした。小さい頃から孤児園で育ってきて、家族がいない事がずっと寂しくって、いっつも将来の夢はお嫁さんになるって言ってた。
その夢がようやく叶うんです。

・・・・はずなのに。
凄く胸が苦しかったんです。
苦しくて苦しくて、でもどうしようもなくて涙が出そうになりました。



   『そして私は見つけた・・・。
   私の今を大きく変える、アレを見つけたの・・・』



重い気分を振り払うために私は頭を振り、大きく深呼吸をした。そして気分を他に逸らすために玄関入り口に取り付けられたポストを覗いた。
「?」
私はポストの中に入れられた、一通の手紙を見つけました。
それは、宛名も住所も何も書かれていない黒い奇妙な手紙。
いつ、ポストに入れられたのかも解らなく、それはありました。
普通なら、こんな怪しい手紙が届いたらすぐに捨てちゃうんだろうけど、なぜか私はこの手紙の中身が気になって気になってどうしようもない気持ちになりました。
普通とは違う、体中に何かが走り抜けるような不思議な感覚に襲われ、頭の中で、「開けなさい!!」という命令が聞こえたような気がしました。

私は、まるで何に操られているかのように、ゆっくりと封を切ります。

中に入っていたのは一枚の手紙でした。拍子抜けするくらい、普通の白い紙が入っていたので、私は大きくため息をつきます。そして、もう一度深呼吸をし、ゆっくりと手紙の内容を読んでみました。


『どうもお初にお目にかかります。
わたくし、黒い手紙と申します。
一つ、どうしてもあなたに聞いてもらいたい事がありまして
手紙を出させて頂きました・・。

今日、12時。あなたの彼は死にます。

もし、今後あなたに用意された幸福を捨てる覚悟があるのならば、
彼を助けてあげてください・・・・。』


とても短い手紙・・・・・。
けど、それはとても衝撃的な内容でした。
私は思わず時計を見てしまいました。
11時35分。

まさか・・・、まさかそんなはずがない。
ただのイタズラに決まってる。彼って・・・・? 正樹の事?
そんな。
正樹が死ぬ訳ないじゃない。
イタズラよ・・・・。そう、イタズラ。









でも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もし?



気づいたら、私は外へと駆け出していました。
こんな手紙、信じられる訳がない!!
そんな訳がない! そんな事があるはずない! 嘘に決まってる!!
けど、私の体は自然と走っていました。
靴を履くのも忘れて、髪の毛もバラバラなのに、私はただ、ただずっと走っていました。周囲が思わず私を見て振り返る事も気にせず、私は今まで走った事のないくらいの速さで走りました。
涙が溢れ出て、なぜ自分は今走っているんだろうって疑問に思って、それが馬鹿らしくなってきて、でもまた涙が流れ走ります。

そして、自分の心に初めて気づかされたの。
私が、彼をこんなにも愛していた事を・・・・・・・・・。

時計を見ました。
11時、59分。
間に合うはずがない、彼の住んでいる場所はずっと遠く。
車だって間に合うはずがない。

「正樹!!」私はどうしようもない不安に駆られ、正樹の名前を呼びました。
「正樹ー!!!!」聞こえるはずのない、彼を呼びました。
「まさきーーー!!!!!!!」


「みゆき!!!!」


なぜか私の耳に、彼の声が聞こえました。自分の耳を疑いながらもゆっくりと振り返ると、交差点の向こう側に彼が確かに立っていました。
私が知っている彼より、少し大人になった正樹がいました。
「正樹!」
なぜ彼がそこにいるのか解らない、けど、確かにそこにいるという事実だけは解りました。

一瞬の安堵のため息と同時に、私ははっとしたように腕時計を見ました。
11時59分55秒。
その瞬間、私は彼の元へと走り出しました。
脳の中で言っている。心の中で聞こえる。
私の直感が教えている!
彼を守らなければ!!

「正樹!!!」

私は彼を一刻も早くその場から遠ざけるために、彼を強く突き飛ばしました。
彼の驚きの表情が見えます。
「み・・・ゆき?」
地面に倒された彼は、私を呆然と見上げていました。


これで・・・大丈夫・・・・・・・・・。

手紙の文が頭に浮かびました。
今後あなたに用意された幸福を捨てる覚悟があるのならば・・・』


私は彼を安心させるために、精一杯の笑顔を作りました。


「私は大丈夫だよ」


『彼を助けてあげてください・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』





















その瞬間、私は何かに押し潰されました・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


痛みなんてなかった。
あんまり一瞬だったから。
よく解らなかった。

けど・・・・・一つだけ覚えている事があります。


それは、彼の、悲しい顔。

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