キンモクセイの魔法に誘われて

放課後図書館でいつものように本を読んでいた。
ストーリーは大詰めになり夢中で読んでいた。主人公の少女は口の悪い相棒の少年と別れるが、訪れた国で彼が死んだと告げられる。その少年の回想シーンの後、少年を殺した敵に出会うことになる。
「泣いてるの?」
優しく透き通る声・・・
「泣くわけないじゃないですか」
顔を上げると快が微笑んで目の前に座っていた。本当は少し涙ぐんでいたがそれを知られることがとても気恥ずかしかった。
本に夢中で全く気づかなかった。
あれ以来、快とは特別に何もなかった。
まるでキンモクセイの魔法のような出来事だったと思っているが、あれは夢ではなく現実の出来事だということは数日間残されたキスマークによって実感していた。
いつの間にか快がいて、普通に会話していることに何の違和感も感じなくなっていた。
こいつってば、神出鬼没で気がつくといつも近くにいる。
当然ピンチになったときにも現れて、何度か助けられたこともある。
もしかしたら彼の策略に引っかかっているのかもしれないが、段々と快と一緒に過ごす時間が楽しくなっていた。
「快さんって一体どんな仕事してるの?」
「なぜそんなこと聞くの?」
「だって、平日でも突然現れるし、スーツ着ている訳じゃないし」
彬生が尋ねると快はまた微笑んで
「ん〜そうだなぁ。君のナイトというのはどうかな?」
「あの〜赤面しそうなこと言わないで。あっ、それからオレの性別男ですから。もういいや。聞いたオレがバカでした。」
「知っているよ。誰よりも・・・」
ふざけて話していたかと思うといつの間にかまじめな顔で彬生の顎をつかんだ。
「あっ!日向さん」
頬を赤らめて快から逃れようと、近くを通りかかった司書の日向を呼び止めた。
「やあ彬生君・・あれ?快?何してるのこんなところで」
日向聖士は彬生ではなく彼と向かい合って座っている快に驚いた。
「聖士?お前こそ何でこんなところにいるわけ?」
2人は見つめ合ったまま驚いていた。
「彬生君ごめん、ちょっと今日用事が出来たから・・」
快が言いかけると彬生は立ち上がって
「ああ。それじゃあ日向さんオレはこれで」
ペコリと頭を下げると快の横を通りすぎて図書館を出た。
一体どういう知り合いなのだろう・・・
「歳も同じくらいかも」
なぜかずっと2人のことが気になっていた。
「何でオレ気にしているんだろう・・関係ないじゃん」
「何が関係ないの?」
一人で呟いていたら急に後ろから声がかけられた。そのまま振り向くと秀が立っていた。
「ひとりでブツブツと、前から少しそういうところがあったけど、彬生大丈夫?」
秀は彬生より背が高いので、少しかがむと彬生の顔を覗き込んできた。
彬生は少し赤くなるった。
「なんだよ大丈夫だよ。それより秀は何でこんなとこにいるの?部活は?」
「ああ、終わった。ちょっと野暮用だったんだけど、今日はいいや。それより彬生はもう帰るんだろ?ちょっと飯食ってかね?」
「えっ、かまわないけど秀の方こそ妹さん大丈夫かよ。」
「今日はオレん家、親と妹で温泉旅行行っててさー、オレだけ留守番なんだけど・・・あっそうだ!良かったら彬生久しぶりに泊まりに来ない?」
うれしそうにはしゃく秀がなぜかとても子供っぽく見えた。
「わかった。いいよ。」
「よしっ!じゃあ飯はコンビニにしよっか?何か楽しみだなぁ〜」
彬生はひとりで浮かれている秀を見て、思いがけず微笑んだ。
このところあまり秀とはゆっくり話もしていない。理由は快のこともあったが、受験が近いこととや秀の部活などいろいろあった。
「何笑ってるんだよ」
「いや、秀が子供みたいだからさ」
「うっ。お前に言われたくね〜よ」
秀は頬を膨らませて彬生の頭に手をのせた。
「あっ、やめろよお前がそうするからオレの背が伸びないんだからな」
歩きながら後ろを向いて秀に抗議すると何かが背中にぶつかった。
「あっ!」
「大丈夫?」
余裕のある大人の男の声がした。その声には聞き覚えがあったというよりも、いつも聞き慣れた声だった。
「快・・・」
ぶつかった瞬間に腕をつかまれた快の顔を振り向き彬生は呟いた。
彬生は急に下を向くと
「あっ、やっぱりオレ用済ませてくることにした。悪いけどさっきの話」
「後で行くから!」
家に招待するのを断ろうとした秀に彬生は微笑んでその言葉を遮った。
あんなにはしゃいでいた秀が、変に気を使っていることがわかり気の毒だった。
「何の話?」
快は彬生と秀の顔をかわるがわる見た。
「今日は彬生がオレの家に泊まりに来るの」
秀は挑戦的な視線を快に向けた。
それに対して快は微笑むと
「へぇ〜良かったね」
今度は彬生に向かって
「楽しんでおいで」
そう言って彬生の頬を長い指でなぞる。
彬生は一瞬ゾクッとした。
「どうしてあんたにそんなこと言われなくちゃなんね〜の?彬生も何とか言えよ。」
「あ、ああ。というわけですから、また・・」
「また明日」
彬生は秀の背中を押すと快に軽くお辞儀をした。
快もニッコリと笑うとひらひらと手を振った。
「何だよ彬生〜」
背中を押されながら秀は口をとがらせた。


秀の家は学校から電車に乗って2駅のところにあった。
閑静な新興住宅地の中の一軒家だった。
秀とは小学校時代から一緒でよく家にも遊びに行っていたが、秀が隣の駅に引っ越してからは一度も遊びに来ていない。
つまり、この新しい家に来たのは初めてだった。
「久しぶりって言うのか、初めてなのか、こういう場合って微妙じゃね?」
彬生は笑いながら秀の顔を見た。
秀はうれしそうに微笑み返した。
「家は違うけど、別になんも変わってないし。気にすんなよ、今日は誰もいないし好き勝手してかまわねーよ。」
「うん」
秀は鍵を開けてドアを開いた。
不思議と懐かしい匂いが漂ってくる。
「ホントだ。秀ん家の匂いがする。」
「えっ、そんなのあるの?」
秀は靴を脱ぎながら彬生にスリッパを用意した。
「あるの。いつも住んでいる人にはわからねーけど、たまに帰ると自分の家だって思う時あるんだから。」
「へぇ、そういうもんか」
彬生も秀が用意してくれたスリッパを履くと
「おじゃまします。・・・そういうもんさ」
誰もいなくても一応挨拶をして家に上がった。
秀は先回りをして、
「ちょっとオレの部屋片づけてくるから」
と2階の自分の部屋へと消えていった。
彬生は通されたリビングのソファに座ると部屋を見回した。
「へぇ〜懐かしいなぁ」
そう言って彬生が手に取ったのはテレビの横に置かれた写真立てだった。
そこには小学生の頃の秀と妹、されに彬生も一緒に写っていた。
キャンプに行った時のもので、後ろにはテントと河原が写っていた。
秀はその頃から彬生より背が高く男の子っぽい、それに比べて彬生は色も白く体つきもきゃしゃで女の子みたいだった。
「彬生、風呂入る?」
いきなり秀がリビングに入ってきた。
「えっ?ああ」
「おっと!」
彬生はびっくりして写真立てを落としそうになったが、横から素早く秀が拾ってくれた。
そのまま秀の手が彬生の手を握る。
「ああ、ごめん・・・もういいけど、秀?どうしたの?」
彬生は秀に礼を言って手を離してもらおうと顔を覗き込んだ。
「ああ、ご、ごめん。いや彬生の手、大きくなったなぁ〜なんて・・・」
秀は少し頬を赤らめて笑った。
「変な秀。」
彬生も秀を見て笑って問いかけた
「えっと何だって?」
「あ、ああ風呂入る?」
「秀は?」
「オレは後でいいけど」
「なぁ、昔みたいに一緒に入らねぇ?」
何気ない彬生の言葉に秀は赤面して凍りついた。
「どうしたの?秀さっきから変だよ。どこか体調でも悪いんじゃないの?」
彬生は秀のおでこに自分のおでこをつけた。
「う〜ん。熱はないみたいだね。」
「ごっごめん彬生先に風呂入ってて。オレは食い物用意するから」
赤面して硬直する秀に対して彬生は少し口をとがらせて
「つまんないの。久しぶりに一緒に入れると思ったのに。」
とそのまま服を脱ごうとしている。
「彬生?何してるの?」
秀は慌てて止める。
「え?風呂入るんじゃない。何?いいじゃん男同士なんだし。」
とシャツを脱いでしまった。
「限界だよもう」
「ん?!」
秀はいきなり彬生の唇を塞いでいた。
「お前が悪いんだぞ。オレは我慢していたのに・・・覚悟しろよ彬生・・・」
彬生は熱くなった秀の舌が口の中いっぱいを動き回るのを感じて、初めて秀の思いを感じ取った。
「まさか、秀お前・・・」
言いかけた彬生の言葉は秀の口づけによって消されていた。
彬生は呆然と秀にされるまま体の力が抜けていた。
なぜなら秀は彬生にとって親友だとばかり思っており、まさか秀が自分に対してそんな感情があったとは夢にも思わなかったからである。
「あっ・・!」
現実に引き戻したのは秀の唇が彬生の首筋へと移動しており、指先が胸の尖ったあたりを弄った感触に
びくんと体が反応してしまったためである。
「やっ!・・・」
慌てるように秀の指先から逃れようと抵抗する。しかし秀も離してはくれなかった。
「なぜ・・・あきお、オレ・・」
秀の舌は彬生のもう片方の尖った部分へと移動していた。
体にしびれるような感覚があり、このままではとりかえしがつかなくなってしまう。
「しゅ・・う・・おね・・がい・・やっめ」
秀の攻める手を一生懸命払い除けながら、必死に抵抗していると、やがて秀の指先はズボンの中へと入り込んできた。
「いやぁっ!!」
彬生は思いっきり秀の胸を押して体を離した。
秀は眉を寄せて今にも泣きそうな悲しそうな顔をすると、
「悪かった」
とそのままうつむいていた。
彬生はそんな秀にかける言葉も見つからず。
秀とは目も合わせずに、服を持つとゆっくりと立ち上がった。
今は秀の顔を見たくなかった。
「帰る・・・」
彬生はゆっくりと秀からは顔を背けたまま、秀の横を通り過ぎて玄関へと向かった。
秀は座ったまま動こうともしなかった。
バタンという扉の音だけが、誰もいなくなった部屋に響いた。
「そんなに・・・そんなにいやがるなんて・・」
秀は床に膝を立てて座り込んだまま、腕の中に顔を埋めた。
自然とあふれ出す涙が腕をつたって床に落ちる。
「彬生・・・」
呼んでも彬生はそこにはもういなかった。


彬生は公園のブランコに座って途方に暮れていた。
時間は既に午後10時を過ぎていた。
「こんなことなら家に連絡するんじゃなかった。下手に帰ると心配されるし・・・」
秀の家に泊まりに行くと連絡した時、母親は懐かしそうに喜んでくれた。
今更のこのこと帰ったら、きっと何かあったと心配するに違いない。
「帰れねぇ・・チクショウ!」
このままこの公園で野宿でもするか、とも思ったが近所の人に不審者に思われそうだ。
「あっ・・・」
そんなことを考えているうち、どこかともなく懐かしいような香りが漂う。
「キンモクセイ・・快・・」
キンモクセイの香りが風に乗って漂ってきたのだった。
その香りに快のことを思い出した。


気づいたときには快のマンションの部屋の前にいて、チャイムを鳴らしていた。
「誰?」
快の澄んだ低い声を聞いて我に返った。
「よ、吉永です。」
ガチャンという鍵を開ける音がして、すぐに扉が開けられた。
「彬生君?どうしたの?」
快の声を聞くとなぜか涙があふれ出して、快に抱きついていた。
快は何も言わずに、そのまま彬生を抱えるように部屋へと引き入れ、扉を閉じた。
快はやさしく彬生を抱えて真っ直ぐに寝室へと連れていき、自分のベッドに座らせた。
しばらくの間快にもたれるようにして声を押し殺すように泣いていた。
快も黙って彬生の髪をやさしく撫でながら彬生のことを見つめていた。
「快さん・・オレ・・」
彬生が沈黙を破ったのは、部屋に連れてこられて10分程時間が経った頃だった。
「オレ、秀に酷いこと・・」
泣きながらやっとのことで顔を上げて快の瞳を覗き込む。するとなぜかまた涙があふれ出してきた。
「自分を責めても、状況は変わらない。君は秀クンのことは愛せないんだよね」
その唇は彬生の瞳に口づけて、そっと涙を止める。
冷たい言葉、だけど優しい唇に彬生は体ごと快にもたれかかった。
「快、オレを・・・オレに・・」
最後まで言わなくても快は理解して頷いた。
瞳から彬生の唇へと移動した快の唇は、やさしくそして熱く彬生を包み込む。
彬生はそのままベッドへと倒れ込んだ。
「快、お願い・・」
「もう、何も言うな。全てわかっている」
快の両手は彬生の服を剥いでいく、もどかしいように激しく。
その間も唇は彬生へのキスを繰り返す。
熱い舌が唇から歯の間を通り抜けてするりと口の中へ進入してくる。彬生の舌をからめ取っては離れるように動き回り、気づくと彬生は大きな口を開けていた。それでもまだ満たされない。
「・・ん、ふっ」
呼吸が止まってしまうかと思うような口づけの間中、快の長い指先が中心の熱い部分に触れていた。
「あっ、やっ!」
そのまま快はその指先へと唇を移動した。
彬生の中心の部分を舌で舐めていた。
「いやっ、快・・だめ!」
快は返事もせずにぴちゃぴちゃと音をたてて彬生自身を舐めている。
「あぁぁっ!か、い・・あっ!」
言葉と同時に彬生は快の口の中で達してしまった。
快は口の端から流れる彬生のそれを手で拭うと、自分の人指し指と中指を彬生の口の中に入れて一言呟いた。
「舐めて・・」
彬生はいわれるままに快の指を舐めた。
「いい子だ。彬生。もういいよ」
快は指を舐める彬生の頭を撫でると、指を口から離した。
そのまま彬生の後ろの蕾へとのびていく。
「あっ・・つ!」
彬生は後ろに違和感を感じて、体がのけ反った。
快は指を彬生の蕾へ埋めていく。
「あ、やぁ・・」
「いやじゃないでしょ・・」
そのままもう一本指が埋まる。
「・・っあ・・」
とても苦しいような圧迫感と違和感。
体が自然に逃げていくと快は彬生の体を片手で押さえつける。
それほど体力がある様にはとても見えない快だったが、押さえつける力は強い。
それとも彬生の体に力が入らないことが原因なのかもしれない。
「やぁ!」
快の指がある一部に触れると、体全体が震える様な感じがした。
その声を聞いた快は執拗にそこに触れてくる。
「もう、・・や、め」
“やめて”という言葉にはならなかったが、
彬生の目からは涙があふれてくる。
「そんな目で訴えられたら、持ちそうにない・・・」
快のせっぱ詰まった声がしたと同時に、今まで指が入っていた蕾から指が抜かれた。
やっと解放されたかと思うと、快は呟いた。
「いくよ彬生」
同時に快の熱くなった部分を後ろに感じた。
「あっ・・やぁぁ!」
「力を抜いて!」
「む、り・・」
それでも快は少しずつゆっくりとすすめてくる。
「あぁぁぁっ!!」
ものすごい痛みと圧迫感。
けれども快自身の熱が体に伝わっていく感じが段々と心地よくなっていく。
「動くよ・・」
快の声にも少し変化を感じながら、彬生は快に必死でしがみつくだけでやっとだった。
「ここ気持ちいいの?」
「あ、やぁ!も・・・」
快は彬生の中心にも触れながら動いている。
「か、い・・もぅおれ・・」
「僕もだよ」
その言葉に2人で同時に達していた。

彬生は目を覚ますと、快の横で彼のベッドにいた。
昨日の出来事はまるで夢だったかの様にきれいに片付いていた。
「快・・・・」
目の前で疲れたように眠る快の寝顔に、軽く唇を重ねた。
快の体温が唇を通して伝わってくるようで温かい。
快を起こさないようにそっとベッドを抜け出すと、シャワーを浴びて服を着た。
快はよほど疲れているのだろうか、ぐっすりと眠ったまま目を覚まさない。
書き置きを残そうと辺りをキョロキョロと見回すとデスクの上にパソコンがあった。
彬生は快のパソコンに近づき、画面を見た。
「えっ?!これって、まさか・・・」
パソコンの画面にはいくつかのフォルダがあった。
そのうちのひとつに彬生が好きで読んでいる、宇宙世界(そらせかい)の小説タイトルがついている。
見てはいけないと思いつつも、彬生の手はマウスでフォルダを開いていた。
「これは・・・」
「見ちゃダメだよ」
後ろから低い声がして、振り返ると快が立っていた。
快は彬生のマウスを握っている手を取ると、そのまま手にキスをする。
「快さん・・オレ・・」
言い訳をしようとする彬生を見て、快はフッと笑った。
「何か?」
「いえ、別に・・・」
快に聞きたいことがたくさんあった。
それなのに、なぜか後ろめたくなって、何も聞けなくなってしまった。


学校の教室へ行くと秀がいた。
「おはよう。」
彬生が声をかけても、返事もせずに秀は目をそらして行ってしまった。
「えっ?」
戻ってきた秀は無言で彬生の目の前に一冊の週刊誌を広げた。
そこには見覚えのある男の顔が載っていた。
「快さん?!秀これ・・何?」
彬生は顔を上げて秀の顔を覗き込んだ。
「彬生。やっぱり騙されてたんだ!」
秀は雑誌の写真を指さしながら呟いた。
彬生はもう一度写真雑誌に目を落とした。
そこに書かれている見だしを読んだ。
“宇宙世界(そらせかい)次の蔓木彰候補か!”
宇宙世界ってオレが好きで読む小説の作家?
快が?!ウソだろ・・・!
彬生は顔を上げて秀を見た。
秀は無言で頷いた。
そのまま彬生は、もう一度雑誌を見た。
そこに微笑む快の顔を見つめていた。
「まさか・・・こんな・・あっ!」
快の事を考えているうちに、快の家で見つけた
パソコンのフォルダを思い出した。
それは彬生が読んでいる小説のタイトルだった。
その時は快がその小説のファンであるためだと思っていたが、よく考えるとあれは小説だったのだ。
「どうして言ってくれなかったのかな・・・」
視線もあわせずに呟く彬生に秀は
「お前を騙して、遊んでいただけかもしれない。彬生は可愛いから」
「可愛いって、お前何度言わせたら!」
顔を上げて秀の顔を見た彬生は言葉を続けられなかった。
秀は真剣な顔で彬生を見つめている。
見ているこっちが辛くなるような表情だった。
彬生はそのまま席を立つと、
走って教室を後にした。
「彬生?!」
後ろで秀が呼び止める声が聞こえたが、
振り返ることさえ許されないような気がした。

そのまま学校を飛び出した彬生は、
快の住んでいるマンションの方向を見上げた。
目の前には背の高い木がたくさんあった。
その木の間からまぶしい太陽の光が漏れてきて、快のマンションは見えなかった。
光が目に飛び込んでくる。
「眩しくて、見えない・・・」
軽く口元だけで笑いながら、それでも目からは涙が流れてくる。
「オレ、一体何してんだろう・・・・
バカじゃねーの・・・?」
「もう、誰にも逢いたくねぇ・・・」
彬生はひとりごちる。

彬生がいなくなったことに気づいたのは
それから2日が過ぎてからだった。
秀の家に彬生の母親から電話が入った。
秀は勝手に、彬生は快の所にいるものだと思い込んでいた。
しかし、家に無断で外泊することはないはず。
「それで、いつから彬生は家に帰っていないんですか?」
「実は2日前に学校に行ったままなの・・・」
彬生の母の声は元気がない。
「今まで何も言わずに外泊したことなんかなかったから、心配で・・・あっ!でも、男の子だし、しばらくしたら帰ってくるかもしれないわね。ごめんなさいね、秀君には関係なかったわね。」
「あっ!いえそんな、彬生は大切な友達ですし、オレも探してみます。」
“関係ない”
彬生の母のなにげない言葉だった。
それでも秀にとってはとてもいやな響きだった。
電話を切ってから秀は部屋の机を拳で叩いた。
「畜生!!あいつなにやってんだ!」
手に響く痛みよりも心に突き刺さるような痛みの方が辛かった。
そのまま急に思いついて携帯電話の番号を押した。
「もしもし日向さん?オレ、秀です」
秀は図書館に通っていたときに、日向のところに快が現れたのを目撃したことがあった。
『もしかしたら日向さんなら何か知っているかもしれない』
という期待があったのだ。
「今ちょっといいですか?お聞きしたいんですけど・・・はい」
秀はある程度のいきさつを日向に話した。
「秀君僕が知っているのは、今、快は仕事でホテルに缶詰状態になっていることかな」
「じゃあそこに、」
「彬生君はいないと思うよ。快は仕事中、誰とも口を効かない。それに居場所は誰も知らないからね」
一瞬希望の光が見えたような気がしたが、即座に遮られた日向の言葉は、秀のことを一層暗い場所に突き落とした。
「ありがとうございました」
秀は電話を切ろうとすると
「待って!秀君。大丈夫?彬生君ならきっと元気に戻ってくると思うよ」
秀の声にいつもの元気がないので、日向は心配して元気づけたつもりだった。
「そんなことどうして言えるんですか?何も知らないくせに」
小さい声だったが日向は伝わった様子だった。
「ごめん。無責任なこと言って悪かった。でもね秀君はっきり言っておくけど、彬生君はもう快のものだよ」
秀は思わず電話を切っていた。
そのまま携帯をベッドに投げつけた。
「何なんだよ。そんなこと言ってる場合かよ!!一体彬生はどこへ行ったんだよ」

ホテルの部屋にいた快はうるさく鳴り響く携帯電話の受話器を渋々とった。
「快?僕だけど」
「聖士・・・?」
切ろうとした快の行動をまるで見ているかの様に日向は
「切らないで!!大切な話だ!」
「早く言え」
不機嫌な快に電話の向こうで日向は軽く笑った。
それから真剣な低い声になった。
「彬生君が行方不明になっている」
「えっ?!今なんて?」
「彬生君がいなくなったんだ」
快は目の前のパソコンの画面を見ながら
呆然としていた。
「じゃあともかく、原稿が終わったところだからここを出る」
「待て快!行く宛もなくどこを探すって言う気だ。車で迎えに行くからそれまで待て!」
日向の申し出に快は一瞬考えると
「わかった。お前を待つことにする。」
そのまま電話を切った。

日向はホテルの駐車場に車を停めると
そのままロビーをぬけてまっすぐに
快の宿泊している部屋へと向かった。
ドアをノックすると、待っていた様にドアが開けられた。
「おっと・・危ないね〜」
そう言って中に入るとドアを閉めた。
「いや、もう出て行くつもりだから、そのための迎えだろ」
日向はそう言う快の頬に手を添えると
「冷たいね〜それでも僕の思い人?」
「冗談に付き合っている場合じゃないだろ」
「少しぐらいならいいじゃない。もう2日も経ってる訳だし」
その言葉に快は驚いて日向を見つめる。
「聖士、そんなこと言ってなかったじゃ・・」
日向は快の唇を塞いでいた。
「ん・・・」
そのまま唇の隙間をすりぬけるように
日向の舌は快の口の中に入り込んできた。
しばらくもてあそぶように舌を絡ませる日向に快は日向の体を離そうと腕を掴んだ。
「これで、勘弁してあげるよ・・」
とぎれとぎれに呟く日向。
快はそなん日向の申し出に従うように大人しくなった。
日向の舌は快の口の中を蹂躙し、
惜しむように唇の周りを舐めながら離れた。
「お前、反則だ」
機嫌悪く言う快に対して日向はニッコリと微笑んだ。
「ごちそうさま♪私が君のこと好きだって知っていて、君は私に君の恋人を探させる。」
快は日向にキスされた口元を拭いながら後ろに下がる。
「相変わらず酷い男だけど、私は君の幸せを願う者だから協力するよ」
「だったら早く」
「わかったよ。続きは車の中で話そう」
そのまま2人はホテルを出ると
車に乗り込んだ。

<3へ続く>