キンモクセイの魔法に誘われて

フー・・・。  
ため息とともに窓の外を眺めると、窓ガラスを雨の粒が落ちていく。
「彬生また図書館に行っていたの?」
「うん。まぁね」
俺の名前はよしながあきお吉永彬生。高校3年になったばかりの教室でクラスメイトのおかもと岡本しゅう秀に声をかけられた。
彼は手のひらで俺の頭をくしゃくしゃと撫でながら
「彬生はいつも夢見心地だから。たまには受験という現実にも眼をむけないとな」
「図書館で勉強だってできるのに・・」
「勉強してたのかよ?」
「ま、それは否定だけど。」
秀が言うとおり、来年は大学受験を控えている。でも僕は趣味に没頭している。
趣味というのは、読書。それもとびっきり現実を離れたSF物が大好きだ。
中でもシリーズ物にはまりやすい。今は未来のヨーロッパが舞台になっている戦闘ロマンスに夢中だ。主人公の少女は16才で、サイコキノ(超能力者)である。
それを支える青年は26才と年上で能力はないが、武力は強く主人公を献身的に守っている。
この主人公と青年の献身的で内に秘めた愛が切ないストーリーである。
この胸がキュンと痛くなるよ様なストーリーが好きだ。
男なのに戦闘シーンよりも女の子みたいな恋愛シーンが好きだとは誰にも話してない。
そんなことは親友の秀にも言えない。
言ったらバカにされそうだから。ただ、こいつの場合はそばにいる時間が長いので、それなりに俺の趣味は理解しているようだ。
「俺、今日の帰りに本屋に寄りたいんだけど」
「また、あの宇宙(そら)とかいう小説家の本買うの?わりぃ今日は無理。妹がひとりだから早く帰るって約束しちゃってて」
秀がすまなそうにカバンを肩に掛けた。
「うん、宇宙世界(そらせかい)先生の本ね。今日、新刊が発売だからさ。付き合ってくれなくても別にいいよ。」
宇宙世界先生はとっては大好きな作家だ。今読んでいるシリーズ物の作家でもあり、恋愛ファンタジーは彼の作品が一番好きだ。
「ところで彬生はどこに進学するつもりなの?俺は多分N大受験すると思うんだけど」
カバンを抱えると秀と一緒に教室を後にした。
「え?秀はこの学校の大学じゃないの?」
「だってここ金かかるし、N大ならもう少し安いから。それに俺ん家ちょっと遠いし」
今通っている聖清学園は小学校から大学まで一貫性教育で、レベルも決して悪くはないが、名門なので秀が言う通りそれなりにお金はかかる。
俺も秀も高校からの受験組だが、この学校は小学校から通っている奴らの方が多い。別にそれがどうというわけではないが、それでもレベルが高いのは編入試験の厳しさが外部からの受験と大差ないからだ。しかし、書類面などではかなり優遇はされているらしい。
「おれはここだな。図書館も大きいし、文学部も有名だから。」
「じゃあ彬生とは今年最後か、寂しいな」
校門を出たところで、秀はふざけて後ろから肩に抱きついた。
「重いって秀。傘がもてないじゃん。あっ!」
その拍子に傘を放り投げていた。
「おっと!」
少し前を歩いていた青年が傘を掴んだ。
「ヒューナイスキャッチ!」
秀は口笛を吹いた。
「あっ、すみません。ありがとう・・・えっ!」
その男は彬生の手首をつかんで抱き寄せていた。
「あの〜。」
男はそのまま彬生の手をつかんで傘を手渡した。そのままクスッと笑った。
その顔は端正な顔立ちの20代中頃位だろうか。肩まである髪がサラサラと光に輝いて一瞬眩しいくらいだった。
身長は秀より少し大きいので、180cmくらいありそうだ。
そのまま男の顔を見つめていると、彼も彬生の目をのぞき込んできた。なぜか急に照れくさくなりその目をそらしてしまった。
「ちょっと!あんた彬生に何すんだよ!!」
彬生よりも先に秀は男にくってかかった。
彬生もその言葉でやっと我を取り戻した。
「離してもらえませんか!」
男は彬生を離した。
「彬生クンって言うんだ」
「えっ?」
「いや、別に。それじゃぁまたね。彬生クン」
男はそのまま駅とは反対方向へ歩いて行った。
「彬生、知り合い?」
秀は不振そうに聞いてきた。
「知らない。」
「変な奴には気をつけろよ。お前ってスキだらけって感じだから、危なっかしくて見てられねーよ。じゃ俺こっちだから」
手を挙げると秀はまっすぐ駅へと向かった。
「何言ってるんだか。俺だって男だし。」
彬生もそのまま目的の本を目指して本屋へと向かった。
「あったあったこれこれ」
独り言を言いながら山積みの新刊コーナーの文庫本を手に取ろうとすると、何やら視線を感じて目を上げた。
「・・・・・?」
男がひとりこちらを見ている。
「あっ!さっきの人」
「彬生クン。それ買うの?」
男は彬生が持っていた本を指さすと言った。
「だったら何ですか?
それと人の名前気安く呼ばないでください。俺はあなたのこと知りませんから」
「快(かい)・・・僕の名前は近藤快。」
「ふぅん。近藤さん。さっきのお礼まだ言ってなかったけど、ありがとう。でも、俺の趣味はあんたには理解してもらう必要はないから。」
そのまま彼の横をすり抜けて、本を持ってレジに向かった。
レジが終わって振り向くと、もう男はいなかった。
その様子になぜかホッとした。
それにしても変な奴。いきなり抱きつくし、こんなところにいるし、名乗ってくるし、快?知らないなぁ〜。と思いながら
そのまま駅に向かって電車に乗り込むと早速本を読み始めた。
新しい本ページをめくるのはいつもドキドキしてうれしいものだ。
「その本、もう読んだよ。」
いきなり聞き覚えのある声が横から聞こえてきた。顔をあげるとまたまた近藤快という青年が隣の席に座っている。
「ウソ!今日発売なのにもう読み終るなんて変だし!」
思わず会話の誘いにのった自分に後悔した。
一瞬“しまった”という顔をしたのを快は感じ取った様子だ。
「別にあやしい人間じゃないよ。だからちゃんと名乗っただろ。おっともう降りなきゃ」
そのまま立ち上がると電車を降りてしまった。
ますます謎は深まったが、読み始めた本が面白くなり家に帰っても、もう快という青年のことは忘れていた。

「それってストーカーじゃん!」
昼休みの教室でパンを食べながら秀は言った。
快という青年に初めて会ってから1ヶ月程経っていた。
あの日から毎日のようにどこかで偶然快に会うようになった。会うといっても別に1言、2言話すだけで姿を消していく。
不思議だったので、秀に話したら彼は驚いた。
「いや、別にストーカーってオレ男だし・・」
「ストーカーは女にだけって訳じゃないよ。彬生は可愛いから狙われるかもしれないし!」
「よせよ秀!バカお前可愛いって!」
男が男に可愛いって言われてもうれしくなんかない。
彬生は赤くなり照れたように下を向くと。
「けどオレ、なんかイヤじゃなくて・・」
下を向いたまま呟く
「何言ってんだよ彬生!訳わかんね〜!」
あきれ顔の秀に顔を上げて
「あいつ趣味合うみたいで、もっとちゃんと話できたら・・なんて思ったりして」
「バカ!それはあいつの手かもしれないじゃないか!」
秀はオレを心配してくれている様なので、
「ありがとう。わかった気をつけるよ」
と笑顔で答えると、秀は頭をくしゃくしゃと撫でた。
「何かあったらすぐ連絡しろよ。」
「ああ。そうするよ」

図書館に続く小道を歩いていると、どこからともなく懐かしい香りがしていた。
「もう、そんな季節なんだ」
彬生は目の前にある木の枝に黄色い小さな蕾を見つけて呟いた。
「キンモクセイだな」
その声に振り向くといつものように快が微笑んで彬生を見下ろしていた。
「うん。この香りで秋だなぁって実感するんだよね」
「へぇ。君ってロマンチックなんだ。」
そのまま快はキンモクセイの枝を弾いた。
一瞬香りが増して辺りに黄色い小花がパラパラと飛び散った。
「うわっ!すげっ!きれい・・」
快を見ると、キンモクセイの花の中でまるで花の精のように彬生を見つめていた。
枝の間から透ける太陽の光に輝く快の長い髪が美しく揺れたと思った。
「んっ?!」
その瞬間唇に柔らかい物が触れていた。
唇?快がキスしていた。
そのまま快の舌が軽く開けた口の中に入り込んで舌に絡みついた。その感覚に、体から段々と力が抜けていき、気がつくと快の首に腕を巻き付けていた。
「彬生クン、どうしたい?僕はこのまま君を連れて帰りたい・・・」
キスの合間に耳元で囁くように口説かれて思わず赤面するオレって一体・・・。
返事もせずに快の瞳を見つめると、彼は同意ととらえたようだった。

閑静な住宅街の一角にきれいに木が植えられたマンションが建っていた。
そのマンションの7階、最上階の角部屋が快の部屋だった。
周りには一軒家が多いため、窓辺に立つと彬生が通う学校や図書館が一望できる。
学校ではたくさんの学生達がサッカーやテニス等の部活をしているのが見える。
秀も今頃はきっと剣道部の部活をやっていることだろう。秀は心配してくれた。
オレは一体何やってんだろう?
「彬生・・」
快はそっと彬生の肩を抱き寄せ、顎をとるとさっきと同じようにキスをした。
そのまま2人で部屋へと入るとソファに崩れ落ちるように倒れ込んだ。


秀は剣道の部活を終えると図書館へ向かった。
「毎日熱心だね。」
「そういう日向さんもご苦労様です。おかげで助かります。」
図書館の司書をしている日向聖士(ひなたせいじ)は部活を終えてから
姿を現す秀のために、閉館時間スレスレでも閉めずに待っていてくれる。
秀は週に2回、図書館に通って彬生が好きな宇宙世界の本を読んでいた。
でも、このことは彬生には内緒だった。
「秀君はよほどその人が好きなんだね」
日向の言葉に秀は少しムキになって
「違いますって。この本読んでいないと取り残されるというか、
 時代についていけないっていうか・・そんな感じだから!」
と言うと日向は優しく微笑んだ。
「そんなに女の子が好みそうな小説を知らなくても問題ないと思うけど」
「って、日向さん読んでるじゃないですか?」
秀は真っ赤になって日向から本を受け取りながら言った。
「一応仕事柄、話題作は全て読んでるよ」
日向は当然といった顔で秀を見た。
「へぇ。だてに図書館司書じゃないんですね」
「バカにしてるの?」
そう言いながら秀のクビにヘッドロックをすると
秀はあわてて、
「ち、違います。ごめんなさい。ハハ」
ハハハハハと笑い合う2人。
秀は彬生が最近、快という青年と気が合って
よく会話していることを聞いていた。
そのために、自分も彬生と話が合えばいいな。
と思うことが図書館へ通うきっかけであった。
図書館に通い始めると日向がいて、いつも話しかけてきてくれる。
日向には彬生のことは具体的には何も話していないが、
何となく彼と話していると気が楽になるし、気も紛れる。
それも図書館に通う理由のひとつになっていた。


ソファに倒れ込むと、快はキスをしながら
手は彬生のシャツの裾をめくり上げて肌に触れてくる。
「やっ、やっぱり。ダメですオレ・・」
思わず彬生は快の手を払い除けていた。
「なぜ?わかっていてここに来たのだと思っていたけど・・」
手を払われた快は眉を寄せながら彬生の顔を覗き込んだ。
「ご・めん。でも・・あっ!やっ!・・」
彬生の頬に添えられていた快の指先は
そのまま鎖骨から胸へとなぞるように触れていく。
その感触にたまらず肌が粟立っていく。
「残念。今更そんなこと・・・僕には通用しないよ」
「えっ・・あっ、ちょ・・ダ!」
「無理やりではないはずだけど・・・」
彬生は攻めてくる快の指先を
両手で必死によけていたが、
快のその言葉に反応した。
「悪かった。そんな・・」
「そんなつもりじゃなかったけど、何となく・・・・か、それって酷いよね。」
快はそう言うと彬生の唇をキスで塞いだ。
そのまま小さく開いた口の中に快の舌が入り込んでくる。
口の中を快の舌が動き回り強く吸われたりしているうちに、
抵抗していた体の力が抜けていく。そのまま快は髪をやさしく撫でてきた。
「いい子だ・・・」
息が止まるかと思うようなキスから解放されると快はそう呟いた。
「あっ・・!」
唇を塞いでいた快の唇はそのまま這うようにして彬生の体に降りてくる。鎖骨から胸に移動して小さく尖った部分を吸い上げられて思わず声が漏れた。
同時に右手でジーンズのボタンをはずし、指先が下肢に触れる。
「・・・っ!」
声にならないような悲鳴。
「へぇ・・」
快の意味深な言葉は何を言おうとしているのかを理解できる。
すっかり熱く堅くなっている中心の部分を彬生はわかっていたから。
快はそのままもう片方の指先を舌で刺激しているのとは違うもう片方の乳首を弄りはじめた。
「あっ、・・はん・・」
全身が一層怠くなり、快が触れている下肢以外のどこにも力が入らない。
おまけに口から漏れるのは、淫らなうめき声だけ。
まるで自分自身がどこかへ行ってしまったような心地よさに翻弄されていると、いきなり堅くなった中心の部分を快は舌を使って舐めてきた。
「やめっ!・・・ぁっ!」
快にそんなことを見つめられ、舐められているということで、恥ずかしさから真っ赤になりながら首をイヤイヤと横に降り続けていた。
「だめ・・そん・・な」
快の髪を掴みながら涙を流して懇願する。
快はやっと中心の部分から口を外すと、今度は弄られ続けて尖った乳首をまた舌で絡めながら甘噛みして刺激を加えてくる。
「あ・・っ・・・」
「ここ、いいの?」
快の口は胸を指先は中心の熱くなった部分を執拗に攻めている。
「あ・・う、もう・・ダ・・」
これ以上刺激されたら達してしまう。
「いいよ」
彬生の考えていることを先回りして快は呟く。
その言葉と同時に中心を弄っていた指先が強く握られ擦りあげられる。
「・・あぁぁっ!・・・」
その刺激に耐えられず、びくんと腰を揺らして快の手の中で達してしまった。
気づくと快にやさしく髪を撫でられていた。
自分を取り戻すと目の前には脱ぎ散らかされた服が散乱していた。
半ば強引、半分合意・・・。
しかし、快と2人で言葉も交わさずにこうしていることがなぜかとても心地よかった。
「次は最後まで覚悟してね」
身体を起こそうとして腕をつかまれた。
少し驚くように快を見た。
快は軽く微笑みながらシャワーを浴びに出て行った。

「彬生、これ!」
体育の着替え中、秀がいきなり肩の部分を指さした。
「えっ?!」
しまった。昨日快につけられたキスマークだった。
あの日の出来事を思い出し、顔がカッと熱くなった。
「湿布あるから貼ってやるよ。」
「わりぃ。ちょっとぶつけちゃって・・・」
秀は気づいてはいないのだろうか?
それならその方が下手に言い訳せずに助かる。
「・・・秀?!」
湿布を貼りながら秀の手は方の赤くなった部分をなぞっている。
振り返って秀を見ると、彼はニッコリ笑った。
「おい、秀、彬生、先に行くぞ!」
クラスメイトが声をかけてきた。
「はい。これでよし。早く行くぞ彬生」
「あ、うん」
今のはいったい何だったんだろうか・・・。
走りながら教室を後にした。

<2へ続く>