「日露戦争で、東郷平八郎が率いる少数の日本海軍が、ロシア海軍のバルチック大艦隊を日本海上で見事に撃沈し、戦争を勝利に導いた」という話は、歴史書を読むまでも無く、自分の世代では口伝えに語り継がれていて、知らない人はいない。
この日本海軍の勝利は、バルチック艦隊の北上を最初に発見して、日本軍に通報した「沖縄の漁師」の功績によるところが大きいとのことである。この漁師は、太平洋戦争当時も95歳という高齢ながら、頗る元気で沖縄で暮していたという。
太平洋戦争当時、日本海軍の若手将校であったI氏は、将校仲間とこの漁師を表敬訪問し、かっての漁師の大功績に最大の賛辞を表したあと、
「ところで、長寿の秘訣は?」問い掛けたという。
「そうさなー。酒も、煙草も、女も長くほどほどに楽しむことかな。酒も煙草もまだ現役じゃ。ただ、女は早めに止めるほうがええ」
「早めというと、お幾つ位がいいですか?」
「そうさなー、わしの場合はもう10年ほど前には止めたわ」
と、いう会話があったこのことである。
この話を、至極真剣な顔でしてくれたI氏は、日本を代表する大手重電機メーカーの設計屋あがりで、73歳の現在も自営しているコンサルタント会社で、現役の技術コンサルタントとして、海外を頻繁に飛び回っており、この話もインドネシアの東ジャワの田舎町の宿舎で聞いたものである。
I氏は、「漁師をいたく尊敬しており、漁師の話はこの上も無く納得出来る」という雰囲気を漂わせていたし、I氏が漁師の話をわが身に照らして、自らに納得している風を、すぐさま感じ取ることが出来た。
「Iさん、漁師に習うとしたら、まだ2年は現役を保てますネ。楽しみですネ」
「いや、もうとっくに枯れ果ててしまいましたワ」
会話の間も、I氏の目が異様に輝いていたのを、鮮明に記憶している。
この会話があった後、凡そ1年余が経過した頃、“バイアグラ”という性的不全者の治療薬がアメリカで発売され、治療薬としてより高齢者向けの勢力増強剤として爆発的な話題を呼んだ。日本でも、輸入許可が出る前から闇ルートで売買が始まるほどの人気を呼んで、慌てた政府が異例の速さで輸入許可を出したという代物である。(心臓病患者には間違うと死に至る副作用がある事例が多く、医者の処方箋付きで性的不全者と診断された患者のみという条件付き)
輸入許可の時期と前後して、誰言うとも無く「I氏は、すでに“バイアグラ”を試用しているらしい」との風評が届いた。
<1999年5月 記>
|