チョコレートを君に
「バレンタインか・・・・・・」
アルルは本日何度目かのため息をついた。
毎年この時期は大変なのだ。
たとえば、どこかの黄色い生物が材料をすべて平らげたせいで出費がかさんだり。
たとえば、どこかのわがままお嬢様が魔王のもとへ行く娘を片っ端から排除したり。
たとえば、どこかの店主が「サービスですわv」とかいいながら怪しげなチョコを配ったり。
たとえば、こんな行事をなんとも思っていない誰かさんがいつものごとく勝負を吹っ掛けてきたり。
たとえば、やっぱりこんな行事をなんとも思っていない誰かさんがダンジョンにもぐって1週間出てこなかったり。
今までのことを思い出しアルルはまた一つ、ため息をついた。
「わざわざ作ってるのに渡せないなんて理不尽だよね」
隣を歩く小さな友人に小さくぼやく。棚に並ぶチョコのうちいくつかを手に取った。手作り用の、プレーンのものを。
毎年作り続けている本命チョコ。
去年はこの時期にいなかったため渡せなかった。
一昨年はカーバンクルに食べられて、市販のを渡した。
先一昨年は勝負の途中で木っ端微塵に砕けた。・・・もちろんそのあとで市販のを渡した。
その前は、まだ義理チョコだった。手作りで渡せたのはこれだけ。
「それなのに毎年毎年チョコを作ってるボクはなんてけなげなんだろう」
両手を大きく広げてポーズをとってみる。
「・・・・・・・・・なんてね。こんなものかな」
カゴの中の材料を確認してレジへと向かう。会計を済ませて店から出ると見知った顔がいた。
長い水晶色の髪、大きくスリットの入った青いドレス。
――気がつかれないうちに帰ろう・・・
普段は仲がいいが今、この時期の彼女とは関わり合いにはなりたくなかった。
が、そういう時に限って相手のほうに気づかれるもので
「あら、アルルじゃない」
無視して通り過ぎようと思ったらルルーのほうから声をかけてきた。
「あんたこんなところで何やって・・・」
言いかけたルルーの言葉が途中でとまる。その視線の先には買い物袋。
――や、やばいっ
とっさにそれを背中に隠す。
「まさかあんたサタン様にチョコをあげる気じゃないでしょうねっ!?」
無意味だったようだ。ルルーの目はすでにつりあがっている。
「ま、まさか。サタンには上げないよ」
本当はあげるつもりだったけど。
――ごめんサタン。今年も君への(義理)チョコはない・・・というかなくなったよ
「そんなこと言いながら渡す気じゃないでしょうねえ!?」
「だ、だからあ・・・サタンには渡さないよ。本当。カー君の食費1年分かけてもいいよ?」
「ふうん・・・ならいいのよ」
アルルはほっと無出をなでおろす。
「ルルーはサタンにあげるの?」
「もちろんよ!! 私の作ったチョコレートでサタン様を虜にしてみせるわっ!!
『ふむ、うまいな。これはどこのチョコレートだ?』
『わ、私の手作りチョコです』
『ほう! さすがルルーだな』
『そ、そんな・・・』
『これならいつ嫁に出ても恥ずかしくないな』
『・・・え? サタン、様?』
『私と一緒に暮さないか』
『そ、それは・・・もしかして私をサタン様の妻にしてくださるのですか?』
『ああ・・・お前以外の誰を妻にめとるというのだ』
『ああ・・・っ! サタン様! 私、一生懸命頑張ります!』
『こらこら。もう夫婦なのだから『様』付けはおかしいだろう』
『・・・・・・サタン』
『なんだ? ルルー』
なんて、きゃーーーっっ!!」
ルルーは一瞬で妄想の世界に飛び立っていた。
その隙(?)を見てアルルは素早くそこから離れる。
――はあ・・・
町の離れ、街道を一人(カーバンクルは肩で寝ている)歩き、深いため息をつく。
――ルルーはいいなあ・・・
あれだけ素直に『好き』という気持ちが外に出せるルルーがアルルはうらやましかった。
――ボクはどれだけ好きでも、そんな簡単に『好き』って言えないから・・・
手に下げた袋が重い。その時頭にポンと手がおかれた。
驚いて振り返るとそこにはさわやかな笑顔を浮かべた光の勇者がいた。
「浮かない顔をしてるけど何かあったのかい? 俺でよければ相談に乗るよ?」
「ラグナス・・・・・・」
――彼なら、きっと誰にも言わないでいてくれる
「じゃあ、ちょっとだけ。いいかな?」
「もちろん」