Precious Day -2-

グラハムのクロノファイターを手首から外し、シャツの袖を捲り上げて食器を洗い出した。
巨大なリュウズがあり、まあなんと日常使いし難い時計を選んだのかと関心する。
オメガのスピードマスターを長年愛用していたが、少し前にそれを新調したのだ。
ダイニングテーブルへと無造作に置かれた時計を手にしながら椅子に座る私は、オーバーサイズ気味なビッグフェイスを覗く。
プライスを聞くのも馬鹿らしい品物。
「欲しいのか?」
洗いながら首を僅かこちらに向け、声だけを寄越す。
「いらん」
ここまで高価なものを手首に巻くだなんて緊張するだけだ。
「いらないのか?」
リュウズで掌の甲を傷つけやしないのかと顰めた顔でそれを見ていると、更に不思議な問い掛けが降ってくる。
あまり大きく思い出したくはない同級生の事件があったときに高級腕時計のブランド名の幾つかが出てきたが、私が持つ一番高価なものはセイコープロスペックスのスピードマスターである。
仕事をしていてもPCで時間は判明するし、置時計も携帯も然り。
勤め人時代とは違い、辞めて1年程経った頃から腕時計の必要性をそこまで大きく感じなくなった。
手首にまた嵌めるようになったのは探偵の助手擬きを務め出すようになった少し前からである。
「特にはなあ…」
と答えると、火村は洗い物をしながらも考え事をするあの仕草、下唇を人差し指で今にも撫でそうな感じで黙る。
「なんやねん」
「いや…」
何かの言葉を濁しているのか、いつもの快活な弁舌ではなくやけに歯切れが悪い。
「うっざ。気持ち悪いで」
言い淀んでいる様子なので、はっきりしてしまえるように少しだけ暴言で促す。
ただ最近の火村はそれすらも踏まえてのことがあるので、逆効果を生み出すことが屡々あるが今回は大丈夫そうだ。
それどころではないのかもしれない。
しかしウザイだの気持ち悪いだの火村の見た目に関しては到底似つかわしくない形容で、それを含めても使えるのは私くらいだろう。
まあこの男が囁く言葉や行動はウザかったり気持ち悪かったりそれ以上だったりするので、間違ってはいまい。

「お前、もうすぐ誕生日だろう」
呆れたときの常套的なため息をつきながら。
「ああ、そっか」
カレンダーを見やる。
この男に対し私は盛大的に誕生日を祝うことは多いが、こちらの誕生日を向こうが祝うことは時節柄決して多くはない。
祝うことは好きなのだが、祝われることにはあまり重要性を感じていないので毎年これで良いと思っている。
なんせ彼には始終問わず世話になりっぱなしなのだから感謝の意を込めてなのだ、私の場合。

それに贈り物を選ぶというのも楽しみの一つである。
社会人になって初めて贈り今では味が出ている純銀製のジッポーや張り込んだデュポン。
今でも日常的に使用しているアウロラの万年筆、首にぶら下がっているアレキサンダーオルチのネクタイ。
その態を見ると嬉しくなるのだから、私もなんというか。いやはや贈り甲斐があるというものである。

准教授が桜散るこの季節に私の家へ来ることは稀だ。珍しくオフが出来たらしい。
だが今までの傾向なら、例えオフが出来たとしても北白川の下宿にに篭り、やることが盛り沢山の一つ一つを消化しているのが常だった筈。
忙しさ溢れ返る真っ只中に訪れて、食生活が些か残念な私の為に感動を覚えるほどの料理を振る舞い、更に片づけまで施してくれている(ちなみに私が片付けをすることは皆無に等しい)。
素晴らしいではないか。
少し早い誕生日を祝いにきてくれているのだろう。

「ほんま今日のメシ、美味かったわ」
「も、だろ?」
「せやせや。今日ーも」
背中越しにうだらうだら喋っていると、洗い物が終ったらしく濡れた手をタオルで拭いた。
肩をこきこき鳴らしながら私の横を通り過ぎ、そのままソファに向かうとどしりと座る。

「片付けありがとな。コーヒー飲むか?」
「ああ、そうだな。頼むよ」
火村はガラスのセンターテーブルに置いたままのキャメルを咥えジッポーで灯す。
最近購入したインスタントでも本格的な味わいを、という謳い文句のコーヒーマシーンのスイッチを入れ、一分程で仕上がるその前に冷えたミルクを底に注ぎ温度調節したそれを手渡した。
「サンキュ」
そしてそれを受け取った火村だが口も付けずガラステーブルに置き、「アリス」とややあって名前を呼ぶ。
「ん?」
「ほらよ」
カバンから取り出した何かをぽんと投げて寄越した。
「うわ」
突然のそれを思わず両掌で受け止める。
少しざらりとする白い紙で包装されている、ずしりと重量感がある箱。
手にしたその流れのまま、横向きで椅子に座った。
「いつもながら誕生日当日は祝えそうにない」
「いや、そんなんはええねんけど…」
プレッシャーの掛かるサイズに少し慄き、語尾は弱くなる。
「開けないのか?」
いくらスーパーブランドに縁がない私とて、この赤いリボンに記されている名前位は知っている。
「思い切ったなぁ、キミ」
当の本人は紫煙を燻らせながら素知らぬ顔。
照れているに違いない。
「…いらねえのかよ」
だが声が若干尖ってきた。
「いや、いるいるいる。遠慮なく頂きます」
急いで赤いリボンを解いた。包装を剥がすと白い内箱があり、それを更に開けると中からは赤い箱が出てきた。
「センセ。えらい張り込みましたなぁ」
蓋を開けて現れたのは、スティール製の輝きを放つフランスの腕時計。

箱から取り出して、左手首にそれを嵌めてみる。
何が凄いってこの男。
私のサイズに合わせてコマの幾つかを外して貰ったらしいのだが、それがぴったりと当て嵌まるのだ。
「ちょうどいいな」
「流石センセ。俺のストーカーなだけあるな」
「ストーカーだとは人聞きが悪い。趣味だと言ってくれ」
「うーっわ。余計怖いわっ」
「なんだよ、その顔」
いつの間にか横向きに座る私の正面に立つと、うっかり歪めてしまった顔の頬を抓られる。
「こんな高価なもん貰ったら、後が怖いな」
「後なんかねえよ。知ってるくせに」
左腕の肘と手首の間辺りを右手で掴んだ。
「お前の細い掌首にはそれくらいが似合う」
言うと掌の甲に口づけた。
「キザやなー」
「なんとでも」
上と下で笑い合い、私は座った状態で火村の腰辺りにふわりと抱きつく。
「ありがとうな」
そのまま髪を、大きな長い指がある手がくしゃりと撫でる。
「お前こそ気持ち悪いぞ」
「ウルサイ」
私だって照れているのだ。

しかしどんな顔をして手首に嵌るこれを選んだのだろうか。
想像するのもまた楽しい。

「これ選んだとき店員さんになんか言われたやろ」
「言われたよ」
「なんて?」
「『プレゼントですか』」
「で、キミはなんて答えたん?」
「『世界で一番大切な人への贈り物です』」
「よくもまあ、ぬけぬけと…」
「何か問題でも?」

ベーシック極まりない感情は、出会えたことや生まれたこの日に感謝するところまでに至る。
なんやかんやで好みも違うし、色々と合わないことも何気に多い。
ああ見えて不安になりがちな男の言動に、こちらまで左右されているのもまた事実。

「いつもありがとう」
年に一度のこのプレシャス。
「ずっと一緒におろうな」

互いに言葉は多くないかもしれないが、消えることのない誓いの証をこそりと胸に刻む。

歪な道を敢えて勇み進むキミを、弱さも強さも全て己のみで解決しようとするキミを、私は知っているから。
だから、迷い込んで抜け出せなくなる前にトンネルの出口を少しでも照らせるように、 無意識に伸ばした手をいつでも引き受けるために、拒絶されても傍らにいよう。
例え暗闇に紛れて見えなくなってしまったとしても、私だけは見つけ出してやる。
日々の流れに溺れても、居場所はここにあるのだと示せるように。

「当たり前のことだ」

先でも後でもなく、例え違う速度であっても、いつまでも共に歩いて行けばいい。
そこには曖昧でも確実でも、無敵なプレシャスが潜んでいる。

「せやな」


結局はつまり“アイシテイル”だということなのだと。



終わり

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素晴らしくカッコいい火村准を頂いて、もう悶絶。そしてその後…この素敵な准を私が書いたらきっとカッコいいじゃなくてカワイソウになってしまうよ…!どうしよう、と別の意味で悶絶。アキさんの描かれる准はいつだって男らしくてちょっと気障でカッコいいんですよね〜♪アキさん、ありがとうございましたvvアリスに贈った時計はアキさんにご指名頂きましたvvユニセックスでエレガントなデザインがアリスにぴったりですよね!アキさんのセンスの良さには改めて敬服いたしました。うちの准にも見習って欲しいものです;
そんなアキ様の素敵な准に出逢えるサイト様はコチラ
playhideandseek

[2010年 04月21日]

[The author:Ms.Aki]