Precious Day -1-



「・・・麗らかな春、いうヤツやな」

掃除の途中、明け放った窓からベランダへ歩を進めたアリスはと久しぶりに晴れた空を眺めてひとりごちた。春に合わせた読み切りの短編をあげ、雨天続きだった事もあり締め切っていた部屋を眺めて重い腰を上げたのだ。動き始めるには少々だるく重い体も一旦動かし始めれば意外とスムーズに片付けは進むものだ。

降り注ぐ日差しは確かに暖かさを伝えるが吹き付ける風は強く、未だ少し肌寒い。汗ばんだ体で風を受けているうちに冷えた肌に震えを覚え、アリスは寄りかかっていた体重を戻して部屋へ入った。あらかた片付けの終わった室内端に溜まった紙ごみの袋が見える。その一番上に載せられた黒い包み紙を見て無意識に漏れた溜息に思わず苦笑した。

少し詳しいものならば見覚えのあるロゴは火村が持ち込んだ決して小さくはない箱を包んでいたものだ。腕時計を包んでいるとは思えないほどの。

「・・・あいつ、偶に思いきった事するよなぁ」

普段の生活において目に付く小さな事、たとえば食事だったり生活雑貨だったり洋服だったり、に割と拘るアリスとは違い、もっと漠然とした大きなものに拘りを発揮する火村はそこに思いきるのなら他にももっと気を使えばいいのに、と思う位に突飛な行動を取る場合がある。少なくともアリスにはそう見える。

大学が春休みに入り、学会やら新学期やらの準備に追われるその前に訪れた火村が眉ひとつ動かさずに「さっき買った」と言って持ちこんだ新しい時計は、見るからに男性的な大きさと卓越したデザインが有名なグラハムの腕時計。割と拘りのある火村とは違い、名前だけを知っている程度のアリスには詳細を説明してくれる火村の言葉は講義にしか聞こえなかったが、それでも珍しく嬉々とした感さえ否めない火村の声に驚いたものだ。・・・後で知った値段の方が数倍驚いたのだが。


◇◇◇◇◇


「前にしてたヤツも大きめだったけど、ソレは・・・なんやの?腕時計と言うにはあまりに・・・大きくないか?それに・・・重たい。手首鍛えてどないすんねん」

滅多に使う事をしないくせにクロノクロスを選ぶ火村は45mmを超えそうな大ぶりのクロノファイターを腕に嵌め、特徴とも言えるトリガ―を模した時計にしては珍しい左リューズを指先で弄っている。何もしていない筈なのに少し日に焼けた肌に大ぶりの時計、その大きさを不自然にさせない逞しい男性的かつピアノでも弾いたらさぞかし映えるだろう長い指と綺麗にそろえられた爪先が思いのほか整った火村の手に、奇抜なデザインを持つ時計は見事なまでに似合うと思う。一見ごつごつとした大きな掌は見た目にそぐわず細かい作業を得意とし、アリスの部屋においては家事全般にもその能力を発揮する――気が付くと何気なく見つめてしまうほどアリスお気に入りの掌だ。

「まあ、お前の腕には大きいだろうな。自動巻きで良ければこのオメガ、使うか?」

先ほどまで嵌めていたオメガは40mm弱とグラハムよりは小ぶりだが、同じくクロノクロス・スピードマスターはほんの少しだけ火村の体温を残したままでアリスの手首に収められた。

「・・・ちょっと大きすぎ、な気がするんやけど?」

背丈はそう変わらない筈なのに、ヘルスメーターが示す数字には大きな隔たりがある火村とでは手首の太さはおろか腕の太さだってかなり違う。ぶかぶかと不格好に余るバンドに、はみ出しそうな時計自体アリスの手首にはあまりにも大きい。

「だな。お前・・・ほんと細ぇ」
「ほっとけ。オレはペンより重たいもん、持たないんや」

しげしげとお世辞にも合うとは言えない細腕を眺める火村に毒づくとオメガを外して押し返す。そもそも、クオーツじゃない腕時計なんて普段規則正しい生活を送るのが困難な私には向いていない。いざ使おうにもそのたびに止まっていたり時間が狂っているなど腕時計の意味をなさないではないか。

「仕方ないな・・・。やっぱりワインディンングを買うか」
「・・・なんやねん、ワインなんとかって」
「クオーツ時計とは違って巻かないと止まるからな。このまま使わないのなら止まっても構わないから仕舞っておくんだが、せっかくなら使い分けたいだろ?でも、自動とはいえムーブメントだから適度に付けて動かしていないと・・・、ああつまり腕に嵌めて動かす事で振動を与えないと狂っちまうんだ。だから普段使わない時に自動で巻いておくワインディングマシーンってのがあるんだよ」
「へぇ・・・、なんやけったいな名前やな」
「小さな箱の一つ用もあるぞ。大概がそのまま飾っておける様に作ってある」

説明をしながらグラハムが収まっていた大ぶりの箱にオメガを仕舞うと包み紙だけを残して鞄へと詰める火村を、なんとなしに見つめていた。そんな事に拘るのなら、せめて車をましなモノに変えればいいのに・・・と自分の事はさておいて思ってみたり、いつだって碁石のようなファッションをどうにかしてみればいいのに、と思ったりする。だからかもしれない、妙なところに拘って目に見える他人が気にする部分に気を使わない火村を普段目の当たりにしているアリスは、春が来ると訪れる火村の誕生日に、彼があまり頓着しない「身につけるモノ」を贈るのが定番となってしまった。

今年も然り。

天気が良く、暖かい日に抱えていた仕事もひと段落し出来た時間。来週に控えた火村の誕生日を祝うプレゼントを選びに出掛けるつもりだ。その為に朝から珍しく活動しているアリスは綺麗になった室内を眺めて満足げに頷いた。

今年はあの新しい時計に合わせた贈り物を選ぼう。そうして短編の脱稿の祝いも兼ねた祝杯を上げるのだ。晴れやかな空の下、うきうきと弾む心を抱えて汗を流すべくアリスはバスルームへと消えた。


◇◇◇◇◇


毎朝、思う事がある。

それは年々募っていく、積み重なって濃度を増す想いで間違うことなく火村に幸せを満たしてくれるものだ。いや、毎朝とは限らない。ふとした瞬間、ふとした場面で感じる幸せな想い。ただ、一番感じやすいのが・・・朝、着替えをする時なのだろうと思う。

ずいぶんと増えたシャツにタイ、掛かっているスーツは1週間を着回しても尚あまる着数になった。そのどれもこれもにアリスの意思が詰まっている。数を増やしたカフスやタイバーにしてもそうだ。なんだかんだと理由を付けてはアリスが選んでくれる。

それが嬉しくてわざと頓着しないそぶりを見せたりするくらいには、嬉しいのだと思う。

身につけるモノ、普段使うモノ、生活に関わってくるモノ、それらは生きていく上で最低限に必要とするものだ。が反面、拘らなければ機能さえ果たしていれば何でも構わないモノだ。それでも。選ぶもの、使うモノにはその人の持つセンスや意思が確かに存在する。意味が、あるのだと思う。

だから嬉しいし、幸せすら感じる。

誕生日だったり、クリスマスだったり・・・一緒に選ぶ時もあればアリスが選んで買ってくることもある。理由にはいろいろあるけれどアリスが贈る全てのモノには俺自身への想いが込められている様な気がする。実際に言葉にしたりもするが「火村に似合いそうやったから」その一言が堪らなく嬉しいのだ。その先に見え隠れするアリスの想いを贈られている様で。

日常的に使用しているアウロラの万年筆、頻繁に手にする質感の滑らかなオルチのタイ、アレキサンダー・マックィーンの下着、身体にフィットする細身のドゥエボットーニはディオールオム。まるで全身をアリスの想いに包まれている様で贈られる度に数を増し、積み重なっていくそれらの物たちに酷く満たされている気がするのだ。

そんな「想い」を贈ってくれるアリスに。積み重なっていく想いを・・・贈りたい。

ずっとそう考えていた。

もちろん、普段から何でもしてやるのは当たり前だ。いや、してやりたくなるから半分以上火村の趣味の様なモノだと思うが、出来る事ならアリスの望む事は全て叶えてやりたいと思う。だが、今年の誕生日・・・贈ろうと決めた物は、いわば火村のエゴに近い・・・そう、自己満足にすら近いセレクト。

「・・・どんな顔、するんだろうな」

毎年何かと忙しくしているこの時期、誕生日を祝ってもらうのはいつも火村の方だ。もしくは、二人一緒に互いの誕生日の間をとって会う…といっても食事をするくらいなのだが、月末に近い長い休みを控えたアリスの誕生日はどうしても流れがちになってしまう。それが今年は奇跡的にこうして久しく遠のいていたアリスの部屋を訪れるくらいの時間が取れた。

それが・・・紛れもないチャンスの様に思えたのは否めない事実。



心斎橋、車を停め御堂筋を歩く先に目的のロゴを見つけ思わず姿勢を正すと、慇懃な態度をもって会釈と共に開かれた扉をくぐると耳触りのよいBGMを通り抜けて時計売り場へと向かう。

「いらっしゃいませ、何か・・・お探しでしたら御案内させて頂きます」

仄かに香るのはデグラレーションだろうか、嫌みなく店内を包む気遣いにもハイクラスなブランドの持つ高級感が漂う。曇りひとつなく磨き上げられたショーケースに収まった腕時計を見ていると、物腰の柔らかな声が掛けられ、にこやかに微笑みを向けた店員が穏やかに話しかけて来た。

「宜しければ・・・お手に取ってご覧くださいませ」
「ああ、コレを見せてくれるか?」
「畏まりました」

予め決めておいたシルバーのスティール製の輝きを持つ時計は、以前火村が使っていたオメガよりやや小ぶりの35mm、男女兼用も出来る繊細なフォルムに洗練されたデザインが特徴の腕時計だ。

「こちらは自動巻きムーブメントを使用した高い防水性を備えた実用的でエレガントなデザインとなっております。もちろん、その名の通り高級感溢れる雰囲気に女性からの人気も高いですよ」

にこやかに説明を紡ぐ店員が黒い滑らかな生地張りのトレーに載せた時計は「カルティエパシャC」パシャの名の通り、もともとはルイ・カルティエがモロッコのパシャと呼ばれる太守に「プールで泳いでいる時にも付けていられる様に装飾品として使用できる時計を」と依頼され作ったのが始まりで、こうしたデザインウォッチに珍しい100気圧防水に加え高い装飾性を備えた美しいモノだ。あれでそそっかしい処があるアリスの事だ。防水なら普段使いにも持ってこいだろう。少し小ぶりのフォルムもアリスの細い手首にきっと似合う。基盤の色はアリスの白い肌の色に合わせてシルバーの2タイムゾーンを選んだ。

「コレを頼む」
「有難うございます。プレゼントでしょうか?」
「ああ、世界で一番大切な人への贈り物なんですよ」
「まぁ、羨ましい限りですね。御包みいたしますので少々お待ち下さいませ」

御包みしましょうか、との意を込めた質問なのだろう。わかっているけれど・・・何故か、誇らしげに告げてみたくなった。それはただの気まぐれなのかもしれない、でも・・・確かに感じている想いでもある。

おそらくは表情ひとつ変わっていない自信はある。照れもせず言いきった客に若干呆れられるかと思いきや、やや頬を赤らめた店員がため息を漏らすかのように大きく頷き会釈して去るのには少しだけ参ったが、バンドの調節を経て綺麗に包まれた赤い箱に贈る自身としても胸が踊る気すらする。

それは、期待感と・・・満足感の現れだろうか。

終始穏やかなトーンを貫く接客を後に活気付き始めた御堂筋を歩き、手にはとびっきりのプレシャスが詰まった鞄を持ってアリスの待つ部屋へと急ぐ。

コレはアリスへの想いを籠めた贈り物だ。それは手入れさえ怠らなければ半永久的に使える・・・時を刻む時計。精巧に噛み合った歯車が間違うことなく時を刻み、時を示し未来永劫動いていく。手は掛かるかもしれないが、かけがえのない一生物。

そう。それは火村の願いを籠めた贈り物でもあるのだ。

これから時を刻んでいく時計の様に、歯車をかみ合わせ共に同じ時を刻んで生きていきたい。生きていくと・・・決めた。それは誓いにも似た想いの形だ。

身を包み全てを赦すアリスの愛し方とは違うのかもしれない。互いに噛み合わない部分だってある。それでも、共に歩んで行ける様に同じ時を刻んで行ける様に最大限の努力を惜しまない覚悟はある。・・・全てを曝け出すのではなく、依存するのではなく。共に。


これからも共に生きていきたいという願い。

だからどうか受け取って欲しいんだ、アリス。

年に一度のプレシャスを・・・今日、キミに。

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コラボ企画として「誕生日」を書かせて頂きました。先にアキさまの素敵なお話し(この後-2-がアキ様の作品デス)を頂いてから「火村准が時計を買うところ」をというアキさんからのリクを私の趣味を交えて書いてみました。趣味・・・それは「火村准はきっと理屈っぽいだろう」という勝手なる思いこみデス;私個人のどうでもいいイメージですが、アリスは「広くいろいろな分野にアンテナを張って流行に敏感・ファッションセンスもよく、つまりおしゃれ」な感じ。火村は「一つの事に拘るタイプで興味のない事に情熱を向けない・その反面気に入ったものは深く愛するタイプ」という想像をしています。絶対にどうでもいい様な拘りを語ってはアリスに「はいはい」とか言って軽く流されてるに違いない火村。とはいえ、アキ様のカッコいい火村を見習ってかっこよさ1割増し(少なっ!)でお届けさせて頂きました。さあ、続きはいよいよアキ様の素敵な御作品ですよ!!

[The author:Emi]