Platinum Snow -2-




あまりメジャーなゲレンデでは無いと言っていた通り、朝早いうちは訪れる人もまばらでよかったと思う。去年買った濃い茶色のチェックのウェアと無地のパンツに黒の帽子となんの変哲も無い格好だから目立たないだろうと思っていたのに、リフト乗り場近くの練習場を通る人たちが一様にこっちを見て来るのは…ひとえに火村の“おかげ”だ。

火村だって同じように無地で黒というまったくもって目立つ格好では無い筈なのに…帽子をかぶらずにサングラスを掛けただけの容姿が…他人眼をひいて仕方ないのだ。

なんていうか…決まってる、んだと思う。


立ち姿、とか、端正な顔立ちとか、一面が銀世界だからこそ黒一色が…余計に、目立つ。



「う〜…」

「なんだ、アリス。唸っていても滑れるようにならねぇぞ。ほら、足!動かせ!!」

…おまけにスパルタだ。


やっとのことで何とか様になってきた頃、ようやくリフトを使うお許しが出た。

「アリス、わかってると思うが…リフト降り口はアイスバーンだからな、足、踏ん張れよ?転ぶぜ」
「…了解、コーチ」

リフトに乗った事が無いわけじゃなかったから、降りるときが一番危ないってことは…身を持って体験済みだった。リフトから降りる際に少しでも体勢を崩して躓くと、後から滑り下りて来る人の邪魔になるし…下手をしたらリフトを一旦停めて仕舞うからだ。

それでなくとも散々、注目されて…見られているのに、ここでまたリフトを停めでもしたら…と思うと是が非でも転ぶわけにはいかない。

ぐっと腹に意思を籠めゆっくりと列に並ぶオレをサポートする様に後ろから続く火村と流れて来たリフトベンチに並んで座った。

「っと、乗るのはええんや、乗るんは…」
「そうか…?腰、ひけてたじゃねぇか」

若干呆れた様な物言いと…笑いを含んだ声にじろりと横目でにらみをくれてやると、グラスの奥、見えない瞳が更に笑った気がして…どきりとした。



朝、到着してから暫くは疎らだったスキーヤーも昼が近くなるにつれ徐々にその数を増していき、それに合わせた様に先ほどからは懐かしい軽快なメロディがゲレンデを包みこんでいる。

「なんで雪山ってちょっと古目の曲が流れとんのやろなぁ…、お約束みたいなもんか?」
「さぁ、気にもしねぇからな。働いてるヤツがちょうどそれくらいの年代なんじゃねぇの?」
「そうかなぁ…」


他愛の無い会話を交わしながら山から続く空を見上げた。昨日、降っていたという雪は夜のうちに止んで今日は朝から雲ひとつない晴天。

住所は辛うじて京都、なのに…たった数時間移動しただけですっかり山の中だというのが…つくづく不思議でならない。遠くに霞んで見える高い山には靄が立ち込めていて山頂付近は見えないのに…。



どこまでも晴れ渡った空に、澄んだ空気が…心まで晴れやかにしてくれる。



リフト

ゆっくりと進むリフトに揺られて何となく…空を見ているオレに、視線の行く先が見えない火村が…呟いた言葉に。

なんだか無性に嬉しくなった。


「空、綺麗だな…。いい天気だ」

同じ事、同じものを見て…同じ想いを抱いた事に…漠然とした悦びを感じていたんだと思う。出逢った時は、こんなヤツと仲良くなんて絶対になれない、それくらい相容れない感じを覚えていたのに…一緒に居るうち、なんでだろうか、存外居心地がいいのだと、気がついたのはいつだっただろう。思えば…誰よりも親しく近いところに居る様に為っていた。

「そうやね…」

話す言葉、育った場所だって違う、目指す処だっておそらく違う、服のセンスや好みだって違う。それなのに、一緒に居て同じ視線で同じ事を想う。

そうしてシンパシーを持ちあえる事が…どうしようもなく、嬉しいと思う。


「…こけたら、カツカレーな」

…憎らしい時の方が多いのだけれど。

「こけへんって」

やがて近づくリフト降り場になりを潜めていたいらん緊張感が一気に出戻ってきて…滑り込んだベンチからそろそろ、と板を履いたままの足を差し出して…硬くなった雪の上に踏み出した。

「…っと、わ、わっ…」
「アリス!」


緊張しすぎていたのが災いした(のだと思いたい)のか、前に足を出し過ぎたのだろう、重心が後ろ過ぎたのだろう意図しえない部分で板が勢いよく滑ってしまう。…腰が引けてしまった体勢で後ろのめりになったのだ。

「う、あ…」

とっさに踏ん張ろうと足に力を込めるも、かえって逆効果だったらしく更に体勢は崩れて仕舞い…も、転ぶ!と諦めかけた、その時。



「ったく、あぶねぇって言っただろ?」

横に居た筈の火村の声が真後ろから聴こえて、気がつくと重心は前に戻って体勢が整ったままちゃんと滑っていた。腰のあたりには火村の腕が回されていて、長いオレの板の間に収まる様にして火村の短い板が挟まれている。

「…あ、れ?」
「あれ、じゃねぇ。カツカレーに味噌汁、追加な」

案の定、体勢を崩して転びそうになったオレを見て後ろに回って抱き留めてくれたらしい。そのまま邪魔にならない位置まで押す様にして移動してくれたのだろう、たいして身長はかわらないのにオレとは違う力強い動きでなんなく抱えられているのだ。

そのまま少し外れた位置まで移動すると、回されていた腕が解かれて…離れて行った。

「…ありがと」

「アリス、顔。真っ赤だぜ?」

「うっさい!ちょっとびっくりしただけや」


呆れた様なにやけた火村の言葉に自分でも驚く位動揺して…咄嗟に煩いなんて言ってしまったけれど、…うるさかったのは自分の鼓動、だったのかもしれない。









「そういえば…そんな事もあったなぁ」

こぽこぽと熱湯が落ちる音を聴きながら挽き立ての豆の香りを楽しむ。さわやかで深い香りが特徴のモカブレンドが最近のアリスのお気に入りだったりする。

「なんだ、唐突に…」

リビングで雑誌を捲る火村が訝しげな顔をしてコチラをみてくるのに、ちょっとだけ笑って答えた。

「いやぁ、学生の頃いっしょにスキーに行ったなぁと思って」

瞠目したように一瞬動作を止めた火村も、やがて思い出したのだろう、ああ、と言って開いていた雑誌を閉じるとテーブルの上の煙草へ手を伸ばしながら…なんとも言えない様な苦い表情を浮かべて…微笑んでいる。

「ああ、俺の献身的なスーパーレクチャーを無に還してくれた年な」
「スーパーは言いすぎやろ。…あれは、仕方ないやん。オレかて行けなくなるとは思いもしなかったんやから」

教えてくれ、と言われた以上ちゃんと滑れるようになるまでは、とみっちりと特訓をしてくれた火村と、お互いにへとへとになりながらも、帰る頃にはなんとか滑れる様になったというのに、結局ゼミの合宿には行かなかった。行かなかったのではない、行けなかったと言うべきかもしれない。なぜなら…ちょうどその頃に猛威をふるっていたインフルエンザにかかったオレは雪山どころか部屋からすら出る事が出来なかったからだ。


「まさか寝込むなんて思いもせんかったなぁ…」

黒に近い液体がその嵩を増していく様に、いつの間にか零れ堕ちた時の流れは二人の間に堆い想い出の山を築いていたのだろう…意識しない内に緩やかに流れていく時間の中で、その一瞬の幾割かを確かに共有しているのだ。

白銀の世界で…高鳴った鼓動の訳を知るには、それから何回もの冬を越す事となったけれど…けれど、近づいたり離れたりして私たちは“今”もこうして傍に居る。


「なぁ…、今度また…滑りに行こうか」
「はぁ…?よせよせ、俺に帰り道おぶらせる気か?温泉にしとこうぜ、アリス」

ちょっと驚いた様な顔をして…すぐ手を振って大げさに呆れて見せる火村に少しだけ…嬉しくなった。 咥え煙草で片眉だけ上げて笑う、その笑顔はいつだって傍にあったものだ。だけれど…表情がこんなにも豊かになったのは…いつからだっただろうか。


…相変わらず、訊かれていない事を自分から話すことはしないけれど。

でも。
何時かの冬よりずっと近くに…心が、傍に…ある。


「…アリス?」

「ん?ああ、そしたら老体火村先生を慮って温泉にしてやろう。約束、な!」


そうして、近い将来に過ごす約束を繰り返して私たちは共に歩いて行くのかもしれない。




おまけショット


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>素晴らしいイラストを鶏文庫のにわ様より頂きました!しかも、ちょっと距離の近い火村に引いてるアリスというおいしすぎるおまけ付きで!!友達だってのに此処まで甲斐甲斐しい火村さんの痛可愛さがたまりませんね、リフトから降りるとき絶対アリスを支えているのは間違いないでしょう。季節ネタにこれ以上ない素敵なイラストを描いて下さったにわ様に改めて御礼申し上げます!有難うございました。そんな素敵なにわ様のサイトはこちら。
鶏文庫