Platinum Snow -1-


学食にて


「えっ?火村、スキー出来るんか?」



試験期間も終わりの方になると学食に陣取って試験対策をする為の集団もなりを潜め、かわりに一足早く年末の大仕事を終えた学生たちの華やいだ雰囲気がその領域を拡大し始める。そんな勢力模様を描いた学食の隅の方で…並んで座った火村とアリスとて同じ。先ほど最後の科目を終えたアリスと、残り一コマとなった火村は教科書を開く事無く、かといって食事をするでもなく駅でアリスが貰って来たカラフルな小冊子を開いていた。


「出来るぜ。去年も冬休みはずっと雪山に籠ってバイトしてたからな。滑れる、っちゃ滑れる」
「そうなん?…って、え?雪山でバイトって…去年だけ行ってそんなに滑れるようになるもんなんか?」
「まさか。ゲレンデの傍に居た頃があって…中2の頃だったかな。それから毎年冬は山に居たな。3食付き、部屋付きで…山に籠ってれば金も使い道が無いし、ある程度滑れるようになったらインストで使ってもらったりして時給もよかったから」
「へぇ、そうなんや…知らんかった…」

「別に…訊かなかっただろ?」


顔を上げる事もせずに、薄くぺらぺらなページを長い指で捲る火村を見て…そのそっけなさにため息交じりにそうやけど、と呟いた。

最近でこそ良く話す様になったものの、出逢った頃はあまり多くを語らないヤツだった。必要な事以外、極力話すのを控えているかのような寡黙さで…訊かれても答えない事だって多い。それも出逢って半年も経つ頃には…少なくともアリスには、少し砕けてその距離も縮まったのだ、と。

思いたいんやけどなぁ…、なんせ表情に乏しいからな。コイツ。

寒いしこの時期、切りに行くのも面倒だからといってだいぶ伸びた髪を煩そうに指で掻き上げる仕草すら思わず見惚れて仕舞う程、整った横顔には呆れるくらい表情が無かった。あまりに表情に乏しいが為に近寄りがたい、と言う友人も…少なくは無い。


「…今年も雪山でバイトするんか?」

ふと気になって漏れたオレの言葉に、今度は顔を上げてじっと顔を見て来るのに慌てて言葉を付け足した。

「いや、あのな?2月にゼミで合宿があんねん。で、行く言うてしまったんやけど…」
「…滑れないのか?」
「ボードなら何回か行った事あんねん。まあ普通に滑れる位には出来るんや、でもな、合宿で行くゲレンデがスキーオンリーなんやて。それ知らんと行く言うてしまったから行く前に練習しときたいなぁ思って…もし…」

「ん?」

切りだしたモノの言い淀んだオレに催促するように先を促す火村は、逸らす事のない視線でもって見るモノを打ち抜くのだと思う。深い漆黒の…闇にも似た瞳でじっと見つめられると、自分の中にある“知られたく無い何か”まで見透かされてしまうようで…慣れるまでは視線を外したくて仕方なかった。

でも、その真っ直ぐな視線の中に居ると…堪らない満足感を覚えてしまうのも確かなのだ。


頭脳明晰で容姿端麗、それでいて排他的な彼が…まるでオレしか見ていない錯覚さえ感じてしまうから。それは酷くエゴイズムな…優越感だと思う。


そんな感覚を浅ましく思いながらも…ぐっと腹を決めて言葉を続けた。

「もし、時間が取れる様なら行く前に教えてくれへんかな、思って」
「…俺が?」

ただ、訊き返しただけなんだと思う、思うけど…片方の眉毛だけを上げて淡々とした表情のままでいる火村に…もしかしたら迷惑だったかな、と…口に仕舞ってから後悔した。一緒に居るようになって彼が仕送りなど無しに自活しているという事を知っていたから、というのもある。

雪山で毎年バイトしていた位なら自分の板やウェアは持っているかもしれないけれど、…思っているよりもお金がかかる事もまた事実だからだ。

「いや、無理やったら…ええねん。忙しいやろうし…」
「…どこでもいいか?」

「え?」

半ば諦めてもにゃもにゃと口の中で呪文を唱える様に言い訳をしていたオレに、思いのほか優しいバリトンが投げかけられて…咄嗟には意味が理解できない位、吃驚した。

いつにない、優しい声色に…驚いてしまったのだと思う。

「いや、ゲレンデ…どこでもいいなら教えてやる。バイトで行ってた山なら馴染みでリフトもタダだからな」

「…え、ほんま?」

捲っていた冊子を閉じた火村は買ってから放置してあったコーヒーを片手に持ちかえて、にやり、と薄い笑いを浮かべている。意外な事に…猫舌なんだそうだ。いつだってコーヒーを買う癖に、買ってから暫く手を付けようとしないから何故かと訊いた事がある…返ってきた「熱いのは苦手だ」という答えと…ばつの悪そうな彼の表情を見て何故か嬉しくなったのはないしょだ。だって、なんだか似合わないと思ったから。

一見、完璧そうに見える彼に…隙を見つけた様な気がしていたのも事実だが…何より一瞬でも感情が表に出た事に対して嬉しかったんだと思う。

その時に見せた表情とはかけ離れた笑顔を浮かべた火村は…くい、と紙コップを傾けるとまだ驚いたままの私にとっておきの笑顔をくれた。

「…でも、昼飯はおごれよ?」

つられて…思わず笑って言った。


「カレーライスならええよ、じゃぁ…約束な!」







合宿を2週間後に控えた1月の半ば。荷物を持って電車で移動するよりはゲレンデ直通の深夜バスを利用した方が楽、という火村の意見でバスに揺られて俺たちは雪山を目指していた。火村と二人、出掛けた事が無かったわけじゃないけれど…こうして長時間の移動を有するいわば“旅行”は初めてだったせいもあり緊張していたのだろうか。出発の前の晩はなかなか寝付けなくて…結局寝不足の状態でバスに乗るはめになった。…結果としては良かったのかもしれない。夜10時以降は消灯が決まっているバスの中では起きていてもすることは無く…走り出していくらも行かないうちに押し寄せて来た眠気に身を任せる事が出来たからだ。数回の休憩も起きるのが面倒な位…というか何回かは気がつかない位に寝入っていたらしい。

そして…。


目が覚めた頃…到着したバスの窓から見える色は…白、一色だった。






リフトが動き始めるまでの間、すでに開いていたレンタルショップで板とブーツを選び軽く朝食をとった後、火村が予め用意しておいてくれたリフトフリーパスを腕のポケットに入れて板をはいた。


「わっ、って、あっ…、滑って履けん〜」

座り込んで板を履く事が出来るボードとは違ってスキーは立ったまま体重を掛けてビンディングにインするらしく、板に上から足を中てるも一面が雪の上。そのちょっとした加減がうまく攫めなくてどうしてもうまくはまらない。

一身を黒づくめのウェアで包んだ火村が、いとも簡単に装着するのを見ていたから余計に訳がわからない。

なんでだ…なんで、こんなに難しいんだ!

「アリス…、ストックでちょっと押さえて履くんだよ。ほら、やってみろ」
「やっとる!やっとるけど…ああ〜!」

するり、とまるで意思を持つ様に板は逃げる。きっとブーツに慣れないからなんだ。ボードよりも硬めなブーツは思う様に足が動かせない…気がするから。

もたもたといつまでも板すらまともに履けないオレに、短い板をつけた火村がすうっと近寄って逃げた板を押さえて跪いてくれる。

「たく、しょうがねぇな。ほら、押さえててやるから足」
「うう、すまん〜」

火村はグローブをしたままの手でぐっとオレの足を攫むと、押さえた板に押しつけるようにすると、それまではあんなに履くのを嫌がっていた(様に思える)板もおとなしくされるがままできちんとブーツを吸い込んでくれた。

「暫くリフトはお預けだな、アリス」
「…はい、先生」



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