あえて言うなら必然 -2-



ほんの少しの“偶然”は…積み重ねる事で“必然”になっていくのかもしれない。自分は決して運命論者では無いけれど、起こりうる全ての出来事には理由があるのだと、思っている。

ただ、ソレを決めているのは神では無く…自分自身に他ならないのだとも。





アリスへ了解、とメールを返信したのを確認しながら研究室の扉を開くと…見慣れた禿げ頭と見知らぬスーツ男が一応応接用に設えられたソファに並んでいるのが見えた。

あの禿げ、苦手としている民俗学の教授だ。連れは知らない顔だが…大方教授の紹介とかのどこかのメーカーか?

「ああ、先生」

目線が誰?というのを物語っていたのだろう、トレイを持った助手がホッとしたように…困惑したように声を掛けるのを一旦制止してから手にした書類をデスクへと戻す。

「先生、こちら教授の教え子さんで…車のディーラーをしていらっしゃる方です」
「そう、火村君。キミ確かベンツに乗っとったなぁ?いや、この男は僕の教え子なんだが今は車のディーラーに務めとるんや。お勧めの新車があるから是非モニターをしてくれと頼まれたんだが…」

はぁどうも、と軽く会釈は返したものの状況が呑みこめないけれど嫌な予感がして先制を掛ける意味と…時間も押し迫っているのとで、イライラとしながら先を促す。

「だからどうされました?生憎、私には車を替える予定は有りませんよ」
「いや、そうじゃないんや。持ってきた車がえらいスポーツカーでな、若い人ならともかく僕はそろそろ引退か、思ってたんや。そこで、だ。火村君、キミ、モニターしてやんなさい」

「はぁ?」

年を喰った教授連中と言うのは大抵苦手にしている。それは籠って研究なんぞをしている輩、しかも年季が入ってくるとなれば人の話を聴いたり都合を考えたりといった配慮が著しく欠陥しているからだ。話をしていてもかみ合わない事が多いし…何より。その申し出に甚大なる被害を被ることは必至だから。

「ちょ、ちょっと…何を勝手な…」
「いや、悪いけどなぁ、今日持ってきてるらしいねん。車。ほら、キミの車も調子悪いのやろ?さっきあの子が言ってたで。珍しく三つ揃いなんぞ着てえらいきまっとるやないか、デートか?せや、せっかく出掛けるんなら新しい車乗っていったらええ。1週間だけ乗ってちょちょいと感想言ってやったらそれでええんや。よろしゅうな!」

別に意図して三つ揃いを着ているわけじゃねぇ…!


ここのところ同じスーツばかりを着ていた気がしてたまには、と手に取ったのがたまたま三つ揃いだっただけで特別に決めて来た訳ではないのだが、案の定言いたい事だけを割り込ませる隙も見せずに言いきるとよっこらしょ、と言って腰を上げ早々に退席しようとする教授に、慌てて尚も喰い下がろうと身を乗り出すと、待ってましたとばかりにその間に“教え子”とやらが割り込み、手慣れた手順でキーを渡してくる。

「では、火村先生。これが鍵です、エンジンはハンドルの脇にあるスターターを押していただくと掛かりますので宜しくお願いいたしますね。いや、何。先生の様な若い方に乗っていただけるなんてモニターのし甲斐がありますよ!また来週、こちらに伺いますのでどうぞ宜しく。では…」



面倒だった、というのが一番大きな理由だったかもしれない。この時間からタヌキよりも厚い顔の皮を有する教授とセールスになれたディーラーを説得するのはあまりに大きなタイムロスとなるからだ。連絡をしようにも既に離陸した後となってはおそらく携帯も不通となっている筈。それよりは、一週間ということであれば乗らずに放置しておいても構わないだろう。よしんば、乗ったとしても適当に周辺を転がしておけばいい、そう思った。

結局、嵐の様に過ぎ去ったタイムロスを埋める様に取るものも取りあえず、助手と共に戸締りをして愛すべきベンツへと向かう…その先に。なるほど確かに素晴らしく高級そうなスポーツカーが鎮座していた。


燃費、悪そうだな…。


マンションなら一室が購入出来る程高価なスーパーカーを購入する位の人間であれば、いまさら燃費がどうなんて気にもしないのだろうが…生憎、そうも言ってられない身分である以上どうしても野暮な事を考えて仕舞う。

まぁ、俺にはこっちがお似合いか…。

そうして911ターボを横目に見ながら慣れた愛車のキーを回した。




アリスと待ち合わせをしていたのが今日だというのも。
偶にしか顔を合わせない教授が車屋を連れて来たのも。
調子が悪かった愛車がうんともすんとも言わないのも。

待ち合わせが…関空だったのも。


全ては“偶然”であったけれど…それでも“必然”につながる意思の選択は確かにされていたのだと思う。


海に浮かぶ空への玄関へ続く…長いストレートを。

美しい流線型を描く、走るために造られたこの車で駆け抜けてみたい。


ソレを選択したのは、確かに自分だったから。






意気揚々と笑いながら歩いていたアリスは、目の前で開かれるドアに驚いたように立ち止り固まっている。驚いているのだというのは明らかで、やがて滲みだした“想定外”の表情に訝しさを覚えたのは俺の方だった。

「…アリス?ほら、荷物積んだから乗れよ」
「火村…、この車…」

乗車を促すも動こうとしないアリスは、さっきまでとは打って変わった低いテンションの声色でもって、わなわなと手を震わせながらなめらかな車体を指さしている。

なんだ、嬉しすぎて驚きすぎて震えてんのか?

意外に感動屋な部分を再発見しながらも、ああモニターとかいうので借りた、と告げると思いのほか強い視線を持った瞳が俺を見据えていた。


見つめる先でゆっくりとアリスの口唇が動いていくのをじっと見つめたままで…その言葉を待つ俺に。

重なった“偶然”は用意されていた“必然”を投げかけた。


「あほう〜!!!!!」


はい?


予想していた言葉とはあまりにもかけ離れたアリスの叫びに久しぶりに我が耳を疑うハメになる。

なんだって?


「…あほう?」
「そうやろ!なんだって今日なん?こんな仰々しい車で屋台のしかも立ち食いラーメンなんて行けるか〜、どあほう!」

「…らーめ、ん?」

「そうや!メールに入れたやろ?絵文字!ああ、仰山人が並んでる前にこの車、嫌や〜!どないすんねん、もうラーメン食べる腹に決まっとるのに!!しかも何でキミ、こんな日にばっかり三つ揃いなんて着て無駄に決まっとんねん!!!」


喜ぶどころかぶうぶうと文句を垂れ始めるアリスに、逃げ出していた思考が徐々に戻りはじめる。


なんてことだ。

積み重なっていく“偶然”は、やはりどこかで意思の選択肢を提示していたというのか。現場では見逃さない些細なサインも…長年連れ添ったアリスの言動の中で見落としていたとは。やはり…それが“必然”だったのだろう。

起こりうる全ての出来事には…確かな理由と意味がある。

ソレを改めて実感した火村であった。


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と言う事で素晴らしいイラストをナナメ様より頂きました〜!頂いたカッコイイ火村先生にうっとりとして…うっかりな内容にがっくりされる事でしょう…、すいません。こんな可哀想な火村先生を書いて仕舞って。ナナメ様の素晴らしいイラストになんとか支えて頂きこうしてアップさせて頂く事が出来ました事、心から感謝いたしております。話に合わせて時系列で背景を描いて頂くなど本当に繊細なお心づかいをして下さったナナメ様にこの場を借りて改めて御礼申し上げます!ナナメ様、有難うございました。そんなナナメ様の素敵サイト様はコチラ。
横鳥