素直にはなれなくて




「どうって、どうなんだろうな。ありきたりな答えしかお前に用意してやる事は出来ないが、それでもいいのか?…そうか、そうだな。四六時中、一緒に居る訳じゃねぇだろ、俺もお前も。まぁ、一緒に居たいかどうかは別にしてな。1か月、酷い時は3カ月だって会えない事がある位、お互いに依存している訳じゃねぇ。ねぇが、此処のところ、なにかにつけてふと思ったりするんだ。…何が?ああ、だから、無意識、なんだろうな。よくある。白状すれば、さっきも思ってた。…それが、自然なんだと、自然に思えるから不思議なんだよ。たとえば、お前の好きそうな服を見かけた時、とか。ふと気がついたときに、似たような髪を見てどきりとしたり。なんて事無い、空を見上げて、とかもあったかな。よせ、わかってるさ、それ位はな。柄にもねぇって?そうかもな。でも、な…」



適度な相槌を返すアリスが、あまりに真っ直ぐに視線を向けてくるのに、なんだかとても照れくさくて。手持無沙汰な俺は、無意識に煙草へ手を伸ばしていた。


ふう、と吐きだす煙は曖昧な弧を描いては白く霞んで消えていく。

つかみどころが無く、確かな形を持たない。


―それでも確かに存在する、モノだ。



「…でも?なんや、火村」


「言葉ってやつはけったいなもんだろ?たった一言で語る気持ちでも、その裏の裏までは表せない。その意味を正確に表しているかどうかは、言った本人にはわからねぇからだ。受け取る側の裁量によって意味は意味を換えるからな。…って、最後まで聞けよ、アリス。だから。俺が俺自身が想っているよりも、もっと無意識レベルで、那由他より不可思議よりも多く、もっと深い部分で有栖川有栖という人間との関係に依存しているって事なんだろうな。つまり、それがどう思っているかの答えってやつだ」


「……」


納得しているのか、いないのか。

なんとも言えない面持ちのアリスは、少し困ったように表情を動かして聞いている。


…どうも、納得の前に理解してもらえていないのかもしれない。
少し回りくどくなりすぎたか?そうかもしれん。



「埃、みたいなもんだろうと思うよ。…いや、アリスが、じゃねぇ。なんていうか、それだけがあっても、生きていける訳もないのに、それが無いと人として生きていくのは難しい、普段意識してみる事は少ないけれど、確かに注意してみれば、いつだって身に纏う様に存在しているって事の様に思える。基本的には埃、だけれど時として那由他にも不可思議にも、なる。不確かで曖昧なソレを言葉にするのは…難しいな」



「火村…、君…」



呟くようなか細い声でアリスが漏らした言葉に、その顔を見やると心なしか頬を染めて言いにくそうに躊躇している。

ややはぐらかした感が否めない回答だったが、お気に召していただけた…のだろうか、と安堵の息を紫煙と共に吐きだすと、うっすらと開いていたアリスの口唇が徐々に広がっていき、そして…。



「君、なんちゅう恥ずかしいヤツや」


思いもしなかった言葉と共に、心底呆れかえった様なアリスの声が容赦なく振りかけられた。


顔だけをこちらに向けた姿勢で、身を振りむこうとはしない。



「…なに?」


「やってそうやろ?たった一言、好きや、というだけでええところ。そんな切々と語るなんて、…どんだけ気障やっちゅう話や。…やから、ええねんて。あんまわからんかったけど、わかった様な気がするから」


どうも、素直に喜んでいない様な気がする、のは。きっと俺の感違いではないと思うぞ。


でも…。わかってねぇのな。お前。

「好き、じゃねぇからその言葉は違うだろ?アリス」
「…え?」




あざといか、とも思った言葉を聞いて、今度こそ俺の方を向ききったアリスは心なしか不安そうな表情で、それでも言葉の裏を模索した様に瞳に希望を滲ませながら見つめている。そんなアリスをみて、ほっとしているあたり、俺も相当なモノだと思うぞ。


「…火村、好きやないってどういうことなん?」
「だって、そうだろ?…そんなんじゃ、足りねぇからだよ。言葉、なんかじゃ言い表せねぇって言ったよな、アリス」


膝に本を抱えたままのアリスの腕をとって強引に引寄せると、小さく上がった抗議の声を呑みこんでしまう。性急に合わせた口唇は言葉を奪う単なる手段から、やがて甘い蜜を織りなす愛の営みへと姿を変える。


「…んっ、ぁ…」

そっとその口を解放するとトロン、とした瞳で見上げるアリスが居た。


「お前は俺の全てだからだ。アリス、だからそれを言葉で語るなんておこがましい真似が出来る訳ねぇんだよ。…でもな」
「…ひむらぁ?」


紅い唇が俺の名を呼ぶ。



「…でも、お前がそうやって俺を呼ぶのは、嫌いじゃ、ねぇよ」


逃げる俺はずるいのかもしれない。それでも。お前はいつだって赦してくれるんだ。そっと、その細い指を伸ばして頭を抱いて、赦しを請うように差し出された口に甘い浄罪の印を与える。交わされる口付けに頭の芯から、溢れ出る何かが。


ソレが、いつだって堪らなくて。


だから、俺は。


「アリス、…愛してる」
「…っ!」



溢れ出たモノの一部を、言葉でお前に明け放つのだ。

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Author by emi