変わらずに、仕舞われたまま

タイトル未定


―有栖川有栖

それは、偶然見つけた書きかけの原稿用紙、だった。

親しくなったアリスが下宿で書いていた原稿の下書きだろうか。
テキストやらレポートやらが散乱していた机の上を久しぶりに片付けたとき見つけた。


書いてあるのは、その2行だけ。

きっと、そのまま捨て置いたのだろう。


「有栖川・・・」


どういう訳だか、有栖、と下の名前で呼ばれる事を厭う。
柔らかい雰囲気にとてもよく合っていると思うのだが、
決して誰にもそう呼ばせたりしない。


ふわふわとしているのに、アレでなかなか芯が強くて気が強い。
譲らないと決めたことは頑として譲らない節がある。
それでも。

アリス、と。親しみを込めて呼んでみたいのだ。

「有栖」


なんて、綺麗な響きだろうか。
手元に残された原稿用紙を見つめて思う。

流美な書体を使う。

繊細で柔らかいのにしっかりとした印象を受ける、その字は。
捨てられる事無く、使っている皮製の手帳へ仕舞われている。


「アリス・・・」


ふたりして寛いで軽く呑んでいたとき、思わず口をついて出た言葉に
はっとした。有栖、と呼びかけてしまったからだ。

それでも、咄嗟に口を付いて出たのはただの言い訳でしかなかった。


「下の名前じゃなくて、長い苗字を短くしただけなんだが、いけなかったか?」

少し、きょとんとしたアリスは。

それでも、怒る事無く笑って頷いた。


「ああ、ええよ。火村」
「そうか。アリス、・・・アリス」


それから、アリスはいつだって傍に居た。
仕舞われた名前と共に、離れる事無く傍で笑っていてくれた。

取り出した携帯のディスクトップに張ってあるアリスの番号を押すと程なく、間延びしたアルトが響いた。

『はい〜、なんや、火村』
「フィールドだ、アリス。来るか?」


変わる事無く、傍にある。
書きかけの原稿用紙も、変わらない笑顔も。


あの日、偶然見つけた時から、ずっと。

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Author by emi