火村英生―
ただの、字だ。
それは、火村に借りたテキストに挟まっていた出席カードに書かれている名前。
独特の癖を有する、その文字はただの文字、なのに。
見つめていると、それだけでそわそわする。
小さなメモ用紙よりも小さい出席カードに書かれている、キミの名前。
「なあ、火村。この前借りたテキストに出席カードが挟まってたんやけど・・・
アレ、貰ってもええ?語学の授業と同じ色やねん」
出席を何色かのカードを使い分けることによって出欠をとっているスタイルは
学生の間に出席カードを予備で集めておくという収集癖を蔓延させている。
授業によっては一枚一枚手渡しで配り遅刻者には出席と認めないという
厳しい姿勢の教授もいるからだ。そういう授業に限って必須だったりする。
落とせない授業の代弁を頼むときに、それを使うのだ。
だから、オレの申し出は不自然では無い、ハズ。
「ああ、別にいいが・・・。新しいのが挟まってたかな・・・」
「あったよ?ええなら貰っとく。ありがとな、火村」
記憶に無いのだろう、首を傾げる火村に早々に返事を返して踵も返した。
覚えていないなら好都合だ、とばかりに。
キミが書いた、キミの名前。
それはオレの宝物になった。
誰にも見せない、誰にも言えない、秘密の宝物。
そっと財布の中に忍ばせている、カードは
それから5回、財布が変わった今でもキチンと仕舞われたままだ。
また、今日も新しい財布に変えた。
あのカードも勿論いっしょに入れ替えをした。
火村英生―
キミの名前は、いつだって私と共にある。
「アリス、支度出来たか?」
寝室のドアからキミが私の名前を呼ぶ。
「ん〜、大丈夫や」
振り向いて頷くと、伸ばされた腕が私を包んだ。
「じゃ、行くか?」
「そやね」
当たり前に回した腕も、寄せた唇も。
優しく名を呼ぶ、君のすべてが今では私と共にある。
あの日から、変わる事無く私の宝物、なんだ。
Author by emi