朝は大抵同じ時間に研究室につくように心がけている。
1限のはじまる30分ほど前。
鍵を開け喚起の為に窓を開けると、
一服してからその日のスケジュールを確認する。
そうしてから教室へと向かうのが日課。
「あら、火村先生。おはようございます」
「ああ、おはようございます。今日は木曜でしたか」
隣の研究室の初老の講師は同じ社会学部民俗学を専門としており
木曜は互いに1限からの授業があって
決まって部屋を出るときに顔を合わせる。
なんとなく連れ立ったように並んで教室へと向かう道すがら、
彼女がふと洩らした呟きに正直驚いた。
「…もしかして、柔軟剤を変えられたのかしら…?」
「は?」
「ふふ、いい香りですわね。今度何を使っているのか聴いてきて貰おうかしら」
柔軟剤、変わったことは確かだが…。
聴いてきてもらおうかしら?とはどういう意味なのか。
少し戸惑っていると彼女は方向を転換させて含み笑いと共に去っていった。
「火村センセ、彼女さんによろしくね」
思わず、笑ってしまった。
買い物に行ったアリスが嬉しそうに言っていたな。
これ、ものすごくええ香りがするんや!
ちょっと高いけどふわっふわになるんやて。
そう。柔軟剤が変わったのは夕陽丘のマンションで。
講義の無い水曜日からほとんどの週をアリスのマンションで過ごして
火村はそのまま登校する。
勿論、木曜の朝に来ているシャツはアリスのマンションで洗われたもの。
下宿であれば纏めてクリーニングにもって行くのだが、
泊まった日の分だけは洗濯をしてアイロンをかけている。
だから、柔軟剤の香りがするのは夕陽丘から登校した時だけなのだ。
「で、彼女か…」
自分では、気が付かない香り。
それはまるで、見えないアリスの香りの様で。
アリス自身でも火村自身でも意図せぬうちに覆いつくしている。
何人たりとも踏み込ませない、香りの境界。
もう少し、振り撒いていよう。
その存在を、何故だかとても誇らしく思えるから。
Author by emi