背負うもの、包み込むもの




「っていうお話をしたんですよ、この間、火村先生と」
「へえー、そうなんや」



現場から戻ってきて火村が何やら船曳警部と話しこんでいる間、コーヒーを片手に森下はアリスと休憩をいていた。

換気の為に少し開いた窓から爽やかな風が吹き込んで、アリスの少し伸びた茶色い髪を揺らせていく。軽やかに、艶めいてさえ見える髪の動きを目で追いながら森下はその実、アリスの表情を見つめてしまった。

いつ見ても見飽きない、そんな表情がお気に入りなのだ。


が。そんな素振りをなるべく見せないよう、あくまで何気ない振りをして言葉を続けた。


「でも、火村先生も変わった癖がありますよね?有栖川さん」
「…そうかな。気つかんかったけど、どんな癖なん?」


口を紙コップの端に付けたままで首を傾げる仕草に中身のコーヒーが零れそうで、はらはらしながら森下は最近気が付いた火村の癖を説明する。

「火村先生、どうやら後ろに立たれるのが苦手みたいで」
「後ろ?そう…?オレ感じたことないねんけど?」
「そう!そこなんですけどね…」




違うというアリスの意見であるのに、わが意を得たりとばかりに勇む森下を少し離れたところで船曳警部と話す火村がちらちらと見ているのだが、その視線をまったく感じる事無く森下は嬉々として話を続ける。


「この間の事件のとき、有栖川さんがいらっしゃらなかったことがありましたよね?現場で見て廻る火村先生の後を私が付いて廻っていたんですよ」
「ふーん、そんで?」
「その時に私が背後に居るのを火村先生、お嫌そうにされていたので、もしや…と」
「あはは、森下さん。それはたぶん違うんやないの?オレ火村の後ろをくっ付いて廻るけど、嫌そうにされたことは無いで?」


様子を想像してか、少し上を見てアリスが言う仕草がなんとも…、素敵で、森下はなんだか変な気持ちになり、慌てて言葉を続ける。


「そう。きっと有栖川さんの時だけ、平気なんですよ!それって癖ですよね?」
「うーん、どうなんやろ…」


困ったようにアリスは笑って空になった紙コップを小さく潰してゴミ箱へ入れる。なんだか森下の瞳がらんらんとしていて妙な感じがするのだ。どうにもこそばゆい、というか…なんというか。

それでも、あからさまにひいてしまうのも悪い気がして。


「アリス!」

どうしよう、とアリスが考えていると話が終わったのか火村が少し張った声で名前を呼んだので、助かったとばかりに火村の傍へと歩み寄る。

「もう、いいん?」
「ああ、帰るぞ」


では、といってアリスを促すと火村は出口へと向かう。
その後ろからアリスが着いていくのを見て森下は自分が後ろに居るのを火村が厭うた理由が少し分かった気がした。


二人の歩く姿はまるで。



前を行く火村はその身でアリスを庇う様に歩く。
その後ろで火村の背を隠すようにアリスはいく。


さながら護る者と護られる者。



鋭い爪で悪を落とす、現場での火村先生はいつだって冷静で揺るぎない。どんな強面の刑事より張り詰めた雰囲気で、どんな冷徹な犯罪者よりいっそ冷たい。

それなのに、自身を覆う壁は思いの他高く、そして堅いのだろうとわかる。
何人も付け居る事の出来ない鉄壁、要塞のごとき背を持つのだ。


そしてその背で覆うのは、その場所に居られるのはきっと。
アリスという人だけなのだろう、と。


だからこそ、その場所に森下が居ることを厭うたのだと思う。

「…なんだかなぁ」


思わず呟きを洩らしてしまった。



その身を以って、その背の後ろで火村はアリスを包み
穏やかな空気で纏うようにアリスは火村を包む。


お互いに向けられたその行為には
きっとお互いに気が付かないでいる。

無意識的に与える、与えられる関係。


それはきっと、究極の…形。

「うらやましいな…」


気が付いてしまった森下はなんとも複雑な気分に陥った。

自分にも、見つけられるだろうか。


そこまでの愛を。


「…はぁぁ、―よしっ!」


気持ちを切り替えるように大きく深呼吸をすると、会議に戻るため踵を返す。



そんな日がいつか訪れる事を夢見ながら。

back

森下くんにバレバレって事は府警中にバレバレってことで。

Author by emi