「そういえば、有栖川さんって妙な口癖がありますよね」
「……は?」
とある事件の事後処理に大阪府警を訪れていた火村は煤けた壁が印象的な廊下で、府警イチのハリキリボーイ森下に訳のわからない質問をされ困惑していた。
困惑していたのは
アリスの妙な口癖なんてものに心当たりがなかった為、だ。
当惑する火村にはお構い無しに森下は、嬉々としてアリスの口癖とやらについて話し始めた。
聞いている火村としては、自分のあずかり知らない処で森下なんぞにアリスの口癖を見抜かれたと思うと、腹立たしい限りなのだが。
「有栖川さん、擬音が独特なんですよ」
「ギオン?」
「そう、擬音です。例えば…」
そう言いながら森下はやおら手にして飲んでいた空のアルミ缶を握って潰す。すると薄いアルミが独特の金属音をたてて潰れていく。その潰れた缶を指しながら
「これ。音を言葉にして伝えるならなんて言いますか?」
「バキバキ?」
「そうですよね。そんな感じでしょう?」
そう言うと、潰した空き缶をゴミ箱へと投げ入れる。そして意図がつかめない火村に振り向いた森下は満面の笑みを浮かべている。
何が嬉しいのか。
おそらく、密かに好意を寄せているアリスについて火村も知らない面を、他でもない自分が発見した事への歓喜。
そんなところか。
「それが。有栖川さん、いわく。べきょばきゃ」
「は?」
「べきょばきゃ、ですって」
なんだ、それは。
仮にも物書きの端くれ、もっと的確な表現があるであろうに。
もっとも、正確に記憶していた森下もどうかと思うが。
「他にもあるんですよ」
「他?」
「そうです。この間なんて…」
この間っていつの事だ?てめぇ、もしや俺の居ない処でアリスにちょっかい出していやがったのか?油断も隙もあったもんじゃない。
半ばうっとりとした表情で遠くを見つめている森下は、不機嫌を纏い始めた火村の様子に気がつくことも無く“この間”の回想を続ける。
「有栖川さん、ちょっとつまずいたんですよ」
「へぇ」
「ほら、あの人何も無いところでやたらに躓くでしょ?」
「…ああ」
「その時、なんて言ったと思いますか?」
そんなの知ったことか。
頭の中で悪態をつきながらも口では律儀に応えてやる。
「アブねっ、とか?」
「普通はそうですよね。あの人は咄嗟にあうって言ったんですよ?」
「あう?」
「そう。あうって。その言った表情といい、声といい…」
なんだ、表情と声がどうした?
答えを濁すな、言ってみろよ。
いっそ、奈落の其処に突き落としてやろうか。
悪い芽は早く摘むに限るな。
張り詰めた火村のオーラに気がついたのかいないのか、言葉を急に濁して、森下は罰が悪そうに話を締めた。
「本当に火村先生と同じ歳なんですよね?有栖川さんって…」
森下、いつか締める。
正真正銘、アリスと俺は同じ歳だ。
アリスが何だって?
可愛いとでも言うつもりだったのか、その表情は。
だから、連れて歩きたくないんだ。
行く先々で変なシンパをほいほい作りやがって、アリスめ。
時々あまりの愛おしさにいっそのこと、どこかに閉じ込めてしまいたくなる。
森下がうっかり告げた言葉は、火村の心の内に完全犯罪という名のささやかな秘め事として宿り、哀れなアリスはその後、心当たりの無い責めを負うとか負わないとか。
Author by emi