はらり、掻き揚げるとゆっくり舞うように滑る柔らかい髪が好きだった。
陽だまりの下で風に遊ぶ髪先が煌いて光っているのを見るのが好きだった。
ずいぶん前に止んだ水音に、上気した頬のアリスがドアを開けて出てくるのを本を読みながら待っているのだが一向に出てくる気配が無い。
もしや湯船で寝入ってしまっているのかと思い洗面所のドアを開けて驚いた。
上がってからどれくらいそうしていたのか、鏡の前に立ったままアリスは呆けた様な表情をしている。その頬に。
つ、と伝う一滴の水滴が涙に見えて泣いているのかと思ったから。
アリス、寝ているのか?と掛けた声は最後まで言葉とならないままだったので
疑問だけをアリスに伝えたのだろう、短く冷静な声になに?と逆に返されてただの杞憂に過ぎなかったのだと知る。
どうやらいつものように意識を何処かへと飛ばしていただけのようだ。
鏡の中に映るアリスからふと視線を落とすと、再びほたり、と背中へ水滴が垂れた。
「・・・あまりに遅いからまた寝ちまったかと思ったよ。ほら、乾かしてやるから来い。
濡れたままじゃ風邪ひくだろ、アリス」
取り繕うように苦笑交じりで言ってみたが、果たしてうまく誤魔化せたかどうかは分からない。
じっとアリスの大きな琥珀色の瞳が見つめていたから、おそらくは無駄な事だ。
見えていない風を押し出しているくせに、アリスはちょっとしたことによく気がつく。
その透き通るような瞳でじっと見つめて隠れている部分を見透かすように。
だから、火村はアリスの前で自分を偽ることはしない。
装うこともまた、無意味なのだと知っているから。だから、苦笑した。
泣いているのかと思って焦った自分を笑ったのだ、と。
腕を取るとアリスは頷いておとなしく引かれていく。
反応が弱い様子を見るとまだ意識の大半を何処かへ残してきたままらしい。
されるが儘に素直に座り込むと黙って髪を弄らせている。
かちり、とスイッチを入れると吐き出される温かい風に短くなった髪がよく踊る。
暫く、長いままの髪は久しぶりにその隠していた襟足を解放した。
綺麗に白いままの首筋がいつもよりも艶かしく見えて仕方ない。
できれば・・・・、あまり出して欲しくは無いのだけれど。
学生の頃、まだアリスが友人であったころ。
出逢ったときから一度も切らなかった髪が夏に入って短くなっていたのを見たときに
わけの分からない苛苛ともやもやが同時に火村を苛んだ事があった。
今思えば、なんてことは無い。
隠れていた白いうなじが晒されていることへのジレンマだったのだろう。
もっと見たいと思う自分と、それを他人の目には晒して欲しく無いと思う自分。
まだ、自分の気持ちになど自覚が無かった頃の話だ。
あんま、進歩してねぇな・・・・俺も。
しっとりとした髪から水分が抜けていくのを指先に感じながら吸い寄せられるように
滑らかな曲線を描いて続く首筋へ顔を近づけた時。
ぽそりと呟いたアリスの声が聞こえた。
「珍しく、晴れてるなぁ・・・・、逢えるとええね・・・」
何のことかと聞き返そうとして、空を見上げている様なアリスの姿に思い当たった。
そうか、今日は・・・・。
温かく吹き付ける風の代わりにアリスに囁いた。
「そうだな・・・・」
答えるでもなく、そのままの体勢で胸に上半身を持たれ掛けて空を仰ぎ見るアリスを感じて
その心地よい重さに記憶の片隅に残されている温もりを思い出した。
基本的には所詮人間など独りなのだと思う。それでも抗いがたいempathyへの欲求が在ることも事実。
触れる、温かいモノの存在に安心するのは確かなのだ。
それは、掌で、腕で、背中で。そして、心で感じる。
もっと触れていたくて前に座ったアリスに腕を回して包み込むように抱き締めると
アリスが少し困ったように笑った。
「なんだ、アリス・・・?」
「なんでも、ないよ。火村・・・」
その、零れ漏れた囁きが思いのほか優しくてほっとする。
抱き留めたアリスが顔を上げて頬を擦るようにしてつけるのに同じように鼻先を顔へ擦り付けて応える。
かさり、と少しだけ触れる唇の感触に
どきりとした。
空の恋人達は晴れていても一年に一度しか逢えないという。
ましてや雨が降ろうものなら助け無しには逢うことすら出来ないのだ。
実際にそのような状況が在るとは到底思えないが、それでも自分に置き換えて一瞬ぞっとした。逢えないということは、声だって聞こえないのだろう、姿さえ見えないのだ。
これだけ長く一緒に居るのにもっともっとと欲張る自分を知っている。耐えられる筈も無い。
だから・・・・、おそらく待つことなど出来ないと思う。
そんな河など越えて見せるさ。
離れている距離など、関係ないのだ。
・・・離すつもりも無い。
離れる気も無い。
天に在りて願わくは、比翼の鳥となり
地に在りて願わくは、連理の枝とならんと・・・。
何時かの時代に誰かが読んだ詩の様にどこか卓越した処で繋がっていると信じていたい。
珍しくも感傷的な考えに我ながら驚きもするが、偶にはこんな夜もいいのかもしれない。
吹きつける風は強いものの晴れ渡った空の上では恋人達が年に一度の逢瀬をしていることだろう。
顕わになった白い項にそっと口付けをする。
腕の中の恋人は小さく身じろぎをするも囁くように名前を呼んだ。
綺麗に晴れた七夕の夜に・・・。
甘いいぃ・・・。加筆して再アップしようと思ってたのに、あまりの甘さ加減に断念しました((+_+))
Author by emi