電話じゃ言えない

「…もう、無理や…」

カーテンを引かないままの窓からは帳の下りた闇が見える。
さっきまでアリスを温かく包んでいた筈の西日はすっかりと
気配を消して急激に気温の下がったリビングで蹲ったまま
肌寒さすら…感じずに動けないでいる。

あまりに感情が高ぶりすぎて…取り乱す事すら出来ない。

ただ、力なく床に座り込んで焦点の定まらない視線を
灯りのも点けない室内を彷徨わせるだけ。



「無理…や」


呟く言葉は先ほどから壊れたレコードの様に同じフレーズを繰り返す。


pipipipipipi


静寂と同じフレーズが支配していたリビングに着信を知らせる耳慣れたメロディが響くのに…アリスは肩を震わせて音源を捜すとがくがくと力の入らない指先を懸命に動かしてボタンを押した。

「…はい」
「アリス?さっきから掛けているんだが…どうかしたか?」

そう。先ほどから呆れるくらい定期的に鳴り響いていた携帯にはたくさんの着信履歴が残されている。

全て…火村、の…。

「ひむ…」
「どうした?」

やっと繋がった電話にホッとしているのが嫌でも伝わってくる…
安堵を隠そうともしない声に、
それまで堪えて来た感情の波が津波の様に襲いかかって涙など
流れるすべも持たなかったアリスの均衡を崩して仕舞った。

「…む、らぁ…!」
「アリス!?どうかしたのか?何があった?」

受話の向こう側で慌てたのだろうか、がたん、と何かを蹴倒した音が響いて
取り乱したように叫ぶ火村の声が…なんて嬉しいんだろうか。

「なん、も…ない。なんも…」
「何にも無いのにお前がそんなに暗い声を出すわけねぇだろ!何があったんだ、アリス?!」

激昂した様子で尚も尋ねて来る火村に悪いとは思いつつもアリスは声を、答えを告げられずに居た。声も無くただ首を振っては見るも…電話では当然伝わらない。

普通なら。


それでも。
無言のままでいるアリスの意図を寸分たがわずにくみ取ったのだろう、ひとつため息が聴こえたと思ったら一変した優しい声音がアリスの耳朶をくすぐる。

「わかったよ、お前…今どこだ?家か?」
「…い、え…。に…おるよ」

聞きとれるかどうか…

辛うじて掠れた声で応えると…

長年連れ添った親友である彼にはアリスの声が間違えることなく届いていた。


「すぐ、行く。待ってろ」

切れた電話。それでも、繋がっている心。

気が付いてしまったんだ、こんなにも…想われている事に。
ずっと…想われていた事に。

でも。

そんな事。


『電話じゃ言えない』

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Author by emi