「アリス、何か飲むか?」
前に座った火村がそう訊いてくるのに首を横に振って応えた。
目の前には先ほどまで汗をかいていたグラスが空になって置かれたまま。
確かに喉が渇いていたんだけれど、残りの液体を一気に飲み干してからは
焼ける様に喉元がひりひりする。結果、口の中には溢れるくらいの唾液。
これ以上、水分を取るのは…好ましく無い気がしたんだ。
「ほら、煙草は?」
すい、と目の前に差し出されるラクダの柄を見て…手を伸ばそうかとも思ったが
生憎と固まった様に動かない指先がソレを赦さなかった。
勿論、口に溢れた唾液を嚥下して仕舞わない事には煙草を咥える事すら出来ない
であろうが…躰は煙草すら必要として居ないらしい。
同じく、首を横に振って応える私を見て眉だけをぴくりと持ち上げて応える
火村はダウンライトの下でより一層、整った顔立ちを男らしく輝かせて
煙草を咥えた。
「なら…なんか食う?」
ひらひらと薄っぺらいバーのフードメニューを広げて見せるも、私にそんな気が
ないのだと感じ取った火村は一応私と彼の間で広げているけれど、注文する訳で
もなく紙の端を指先で弄っていた。
その指先がいつも冷たいのを知っている。
煙草を吸う彼の指先はいつだって冷たい。触れることはほとんどないけれど
偶にぶつかったりすると驚く位の冷たさに思わず声を、上げて仕舞うほど。
「…アリス?」
じっと指先を見つめ動かないでいる私を訝しげに覗きこんできた火村の瞳に
私の全身から呼吸が…意思が、奪われてしまう。
声すら、出す事が出来ずに。
「…なんか、欲しいか?」
低く心地よく響くバリトンに…心まで奪われて。
『アリスが好きだ。お前が…欲しいよ』
彼が先ほど投げかけた言葉に…私の全てが奪われて仕舞った。
だから…。
何が欲しい?ナニヲノゾム?
何も要らない。
君が居るから。
『今はいい』
20年目になんとなく20のお題より
『我慢したのに』へと微妙に続いていなくもない。
Author by emi