モノのは弾み-1-



どうしてキミを好きになってしまったのだろう。



隣に座った失礼な男は、気がつくといつの間にか近くに居ることが多くなっていた。アリスは独りで居るのが好きなわけでも苦手なわけでもない。いたって一般的な範囲内で人付き合いをしているつもりだし、友人も少なくないと思う。それでも、特別に親しい友人というのは居なかったといえる。


昔読んだある本の中で、独りの青年が「親友は居ますか?」という質問に、戸惑いながら迷いながら「はい」という答えにたどり着くまでの葛藤が描かれているのを読んだ事がある。

心がぐらぐらと揺さぶられるような台詞だったから、その時受けた衝撃は今でも鮮明に覚えている。


親友と呼べるような親しい友人は居ない。



そう呼んでくれる仲間は居たけれど、それはあくまで社交辞令のような表面的なものだったとアリスは思っている。

なぜなら、仲間とは思えても決して心底を覗かせないし、学校と言うカテゴリの外では彼らの行動など知らなかったからだ。

互いに必要以上の干渉などしない。

そんな関係は、きっと、親友とは言えない。


だからこそ、友人ではない、親友という響きに深い感銘を受けたのかもしれない。



どうしたら、気の置けないような深く親しい関係になれるのだろうか。

どうして踏み込んではいけないのだろうか。

踏み込めず躊躇して一歩引いた位置からの付き合いになるのは何故なのだろうか。


考えても、考えても、ちっとも答えは見えてこなかった。

一緒に居て楽しくないわけではないのに、時々堪らなく相容れない空気を感じて一歩引いてしまうのだ。

どこまで踏み込んでいいのか図りかねる部分と、踏み込むことによって自分の領域に浸入される危険をどこか深層で察知してそれが不安となり恐れとなるのかもしれない。

それが、家族であればまた違うのに。

気兼ねなどせず、言いたい時に言いたい事を自分のタイミングで伝えることが出来る。それによって、相手の機嫌が少々悪くなってしまっても、修正するための言葉が自然に零れるからだ。

意識などしなくても、自分が自分として存在していられる。

こんなに楽なことは無い。
友人と一緒に居るときは、そんな安心感が得られ無いのだ。


どうしたらいいのだろう。


結局高校を卒業するまで、そのこたえには辿り着かなかった。



大学でも同じようなことが続いて、きっとこれからの人生もそれの繰り返しなのだろうと思っていた。

あの日、君に出逢ってしまうまでは・・・。



「アリス」

手を上げて答えると無言で顎を軽く上げ今日はあっちの学食だ、と火村が促す。

最近ではそれを不思議とも思わなくなった。言葉にしなくてもなんとなく分かる。

タイミング、というものが合っている、そうなのだと思う。

待ち合わせたわけではないのに、なんとなく一緒にランチをとることが多くなったこの頃、必要以上に気を使わなくて済むということに気が付いたのは些細な言葉からだった。

並んでうどんをすする俺達に、通りがかった友人が洩らした言葉。


『なんか、珍しい組み合わせやと思っとったけど、なんや。やっぱりウマが合うんやな。いっつもいっしょにおるのに、気疲れせえへんの?』


はっとした。

言われて気がつくなんて有り得ない事の筈なのに。

気がつかなかったのは気疲れなんてしてないからだと思う。

むしろ、適度に距離を保つ火村と一緒に居るのが楽だし、独りでいるよりも楽しいことが増えた気がする。


煩わしい感じがしない。それでいて心地よい空間を崩さずに居られる。


それはまるで―――。


『当たり前だろ。アリスは俺の親友、だからな』


呆れたように呟く火村の声に頬から熱く焼けてしまうような気がした。

決して優しい物言いではない、それでも、選ばれた単語は限りなく優しかったから。


親友、なのだろうか。

初めてその関係を受け入れることが出来る、そう思える相手だった。



それから、あっという間に季節は移り火村と出逢ってから1年が過ぎていた。

相変わらず傍に居る。

気がつくと隣に居て笑っていることもあった。そうしたなんてこと無いありふれた瞬間、息が詰まりそうな感覚に気が付くまでそう長い時間はかからなかった。


たとえば、隣で煙草を吸っている、その手を見つめているとき。
たとえば、遠くから名前を呼ばれて自分の方へ駆けてくる姿が見えたとき。
たとえば、人差し指がゆっくりと唇をなぞっているとき。


鼓動ばかりが早くなり、無性に息が苦しくなる。


―たとえば、火村が誰か知らない女性と並んで歩いているのを目にした時。



何故か、なんて。

火村は俺の親友だから他の誰かに取られてしまうかもしれないという危機感が齎した?

思春期によく体験するというようなもの?

初めて親友と思える、踏み込んだ付き合いの出来る友人が出来たから、失ってしまうのが怖かった?


…それならば、何故?


火村といっしょにいるときにすら、同じように苦しいのだろう。


答え、なんて。



「どうした、アリス?」
「ん…?なんでもないんや、ちょっと、腹減ったなぁって思ってたんや」

「ちっ、しょうがねぇな。少し早いけどメシにするか?」
「…ん」

「ほら、行こうぜ」



先を歩く火村が軽く後ろを振り返り、オレの名前を呼ぶ。

当たり前のように並んで歩く。


ハズミで触れる肩が痺れたように熱く感じて、慌てて離れた拍子に向かいから来る自転車にぶつかりそうになって咄嗟に抱いて引き寄せられた逞しい胸に気が遠くなりそうなくらい。


―君の事を想う。


「ったく、あぶねぇな。アリス、大丈夫か?」

辛うじて頷くと、改めて並んだ肩に泣きそうになった。


大丈夫じゃないよ、どうにかなってしまいそうなんだ。
でも、キミは友達だ。初めて出来た親友と呼べるかけがいの無い、大切な人だ。

オレのつまらない感情でこの関係を崩してしまうことなんて出来ない。


だから。


キミを大切に想うから。

想うゆえ、壁を築いて塗りこめて仕舞おう。

大切な人、大事な親友なのだと。
感情に蓋をして、決して洩らさないように。


今でも、どうして?と思うよ。
どうして、キミを…好きになってしまったんだろう。


それは答えの無い、居た堪れないだけの切な疑問であるのに。







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Author by emi