おいしいカレーのスパイスは、きっと単純なものほど、効果が高い。
その日は、朝からあいにくの空模様。
午後になると大粒の雨が空から降り注ぎ、まるで夜のように室内は薄暗い。
アリスはとっておきの紅茶を入れて、寛ぎながら待っているのは彼からの電話だ。
「ふふ・・・」
思わず漏れた笑い。
いつだって彼からの電話は決まった言葉で始まり、
その内容は往々にして予想し易い。
だから、ちょっとしたゲームを考えたのだ。
気がついたなら、火村の勝ち。
気がつかなかったら、アリスの勝ち。
そう、他愛も無いゲーム。
柔らかい紅茶の香りが鼻腔を擽る。
そうウマくいくだろうか――。
一瞬不安が頭をよぎったけれど、言葉を紡ぐ事を生業としているのだから
それくらい、出来るだろうとも思った。
いや、やってみせる。
妙な使命感をアリスが持った矢先。
携帯が仄かな光と共に着信を知らせた。
ふう。
ひとつ、息を吐いて通話を押す。
「アリス?俺だ。意外に早く終わったんだ。」
「火村?…予定よりずいぶん早いんやな。ならご飯、任せてええ?」
「リクエストはあるか?」
「ムッシュヒムラのおいしいカレー&パンナコッタ」
「スライスしたレモン添え?」
「ラッキョウも忘れんといてな。今どこ?」
「学校。直で向かうから」
「ひどい雨やから、気をつけてな」
「わかってるさ。くそっ、忌々しい雨だ」
「電話しながら運転はあかんよ?」
「ああ、本当はこのままお前の声を聴いていたいんだが」
「臆せず、さらっとなんで言えるかな、そんなこと」
「理由?そんなもの、決まってる」
「…」
「好きだから。アリス、愛してるよ」
「だあほっ!」
「好きだよ」
「いいかげんにせんかい……、はよ来てや」
「気をつけて飛んでいくさ」
「すっ飛ばすなよ?捕まるで」
「大丈夫、後でな」
「気ぃつけてな、…ちゅ」
「…!!」
最後は驚いたのか、声もなく切れた。
名残惜しそうに通話の切れた携帯を見つめたままアリスは微笑む。
果たして火村は気がついただろうか。
密やかに仕掛けたアリスの言葉の意味を。
これから来るのなら2時間以内には部屋に着くに違いない。
交わした会話の細部に至るまできちんと記憶している男だ。
きっと今の会話だって覚えている。
だからキミがここに来たら、種明かしをしよう。
直接伝えるには気恥ずかしいけれど。
キミとであった記念日に。
キミに贈りたかった、愛の言葉。
「ふふ、楽しみや」
薄汚れた校舎を後にして職員用の駐車場へと小走りで移動する。
見慣れたアンティークなベンツは雨に濡れて幾分艶やかに見え、
肩に着いた水滴を払い落として運転席へと身体を滑り込ませた。
イグニッションキーを回すと、思いの他すんなりとエンジンが掛かる。
どうやら今日の空模様とは違って愛車の機嫌はいいようだ。
それにしても…。
「アリスのヤツ、やってくれる」
今さっきまで掛けていた想い人への電話は
思いがけず大いなる意味を持つものとなった。
ほんのちょっとの遊び心が、火村の心を明るく照らす。
火村はアリスの仕掛けた遊びに乗った形となるが、
それを果たしてアリスは気がついているのだろうか。
「…どうかな」
独り呟くと口の端に微笑を乗せたまま、ステアリングを切って静かに滑り出す。
答えはアリスを抱きしめて示そうと思った。
今日という記念日は最高の愛のメッセージで完成する。
料理をするのは火村なのだが、カレーに限ってはアリスも一緒に作る。
ふとしたきっかけで生まれた最高のスパイスはきっとカレーをおいしくする。
二人が出逢った、今日という日を最高の一日にする為に。
そう、カレーをおいしくするスパイスは、恋の隠し味。
それはどんなシェフでさえ到底及ばない最高の美味。
乾杯しよう。
キミに出逢えた幸せに。
えっと、種明かしというか…それぞれの会話、頭の文字を繋げて読むと、です。しょーもなくてすいませ…。
Author by emi