焦げる想い-1-



おいしいカレーのスパイスは、きっと単純なものほど、効果が高い。


その日は、朝からあいにくの空模様。

午後になると大粒の雨が空から降り注ぎ、まるで夜のように室内は薄暗い。
アリスはとっておきの紅茶を入れて、寛ぎながら待っているのは彼からの電話だ。

「ふふ・・・」


思わず漏れた笑い。

いつだって彼からの電話は決まった言葉で始まり、
その内容は往々にして予想し易い。

だから、ちょっとしたゲームを考えたのだ。

気がついたなら、火村の勝ち。
気がつかなかったら、アリスの勝ち。
そう、他愛も無いゲーム。


柔らかい紅茶の香りが鼻腔を擽る。

そうウマくいくだろうか――。

一瞬不安が頭をよぎったけれど、言葉を紡ぐ事を生業としているのだから それくらい、出来るだろうとも思った。

いや、やってみせる。


妙な使命感をアリスが持った矢先。
携帯が仄かな光と共に着信を知らせた。

ふう。


ひとつ、息を吐いて通話を押す。






「アリス?俺だ。意外に早く終わったんだ。」
「火村?…予定よりずいぶん早いんやな。ならご飯、任せてええ?」
「リクエストはあるか?」


「ムッシュヒムラのおいしいカレー&パンナコッタ」
「スライスしたレモン添え?」


「ラッキョウも忘れんといてな。今どこ?」
「学校。直で向かうから」

「ひどい雨やから、気をつけてな」
「わかってるさ。くそっ、忌々しい雨だ」

「電話しながら運転はあかんよ?」
「ああ、本当はこのままお前の声を聴いていたいんだが」

「臆せず、さらっとなんで言えるかな、そんなこと」
「理由?そんなもの、決まってる」

「…」
「好きだから。アリス、愛してるよ」

「だあほっ!」
「好きだよ」

「いいかげんにせんかい……、はよ来てや」
「気をつけて飛んでいくさ」

「すっ飛ばすなよ?捕まるで」
「大丈夫、後でな」

「気ぃつけてな、…ちゅ」 「…!!」



最後は驚いたのか、声もなく切れた。

名残惜しそうに通話の切れた携帯を見つめたままアリスは微笑む。

果たして火村は気がついただろうか。
密やかに仕掛けたアリスの言葉の意味を。

これから来るのなら2時間以内には部屋に着くに違いない。
交わした会話の細部に至るまできちんと記憶している男だ。

きっと今の会話だって覚えている。



だからキミがここに来たら、種明かしをしよう。


直接伝えるには気恥ずかしいけれど。

キミとであった記念日に。
キミに贈りたかった、愛の言葉。


「ふふ、楽しみや」







薄汚れた校舎を後にして職員用の駐車場へと小走りで移動する。

見慣れたアンティークなベンツは雨に濡れて幾分艶やかに見え、
肩に着いた水滴を払い落として運転席へと身体を滑り込ませた。
イグニッションキーを回すと、思いの他すんなりとエンジンが掛かる。
どうやら今日の空模様とは違って愛車の機嫌はいいようだ。

それにしても…。

「アリスのヤツ、やってくれる」


今さっきまで掛けていた想い人への電話は
思いがけず大いなる意味を持つものとなった。

ほんのちょっとの遊び心が、火村の心を明るく照らす。

火村はアリスの仕掛けた遊びに乗った形となるが、
それを果たしてアリスは気がついているのだろうか。

「…どうかな」


独り呟くと口の端に微笑を乗せたまま、ステアリングを切って静かに滑り出す。
答えはアリスを抱きしめて示そうと思った。


今日という記念日は最高の愛のメッセージで完成する。

料理をするのは火村なのだが、カレーに限ってはアリスも一緒に作る。
ふとしたきっかけで生まれた最高のスパイスはきっとカレーをおいしくする。


二人が出逢った、今日という日を最高の一日にする為に。


そう、カレーをおいしくするスパイスは、恋の隠し味。
それはどんなシェフでさえ到底及ばない最高の美味。

乾杯しよう。

キミに出逢えた幸せに。

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えっと、種明かしというか…それぞれの会話、頭の文字を繋げて読むと、です。しょーもなくてすいませ…。

Author by emi