今日は金曜だ。
詰まっていた一週間の講義も無事に乗り切り、溜まっていた雑務をこなすと後はめくるめく週末を迎えるばかりなり、の。待ちに待った金曜日。
超人的なスピードで片づけを終えると、研究室に残っていた学生や助手を追い出して鍵を掛け大学を後にする。向かう先は、勿論、大阪。
アリスの待つ夕陽丘のマンションだ。
『ごめん、今日は締め切りが7時までなんや。やから、たぶん8時くらいには入稿出来ると思うんやけど念のため、火村先に夕飯食べてきてくれへん?オレは有るものを適当に摘まむから、な?』
愁傷そうに言うアリスに、「仕方ないな」と返して一旦下宿へ戻って飯をかきこむと、ついでにシャワーも済ませてからベンツへと乗り込む。
掛かってきたアリスからの電話ではそこまで切羽詰まった感じはしなかった。おそらくあらかためどがついた状態なのだろう。
…となれば、だ。
約2カ月ぶりの逢瀬は、それはそれは濃密なモノになるに違いないのだから火村のテンションだって否応なく上がる。実に1カ月もの長い間、アリス無しで良く耐え抜いたと思う。そのいわば、焦らされお預け状態のまま、この日にコンディションを合わせていた火村にとって大阪までの長い道のりなど、些細な道程なのだ。
キーを回すと鼻歌交じりでステアリングを切って一路愛しい恋人の待つ、大阪へと向かった。
電光掲示が上昇を知らせる箱へ乗り込み、見慣れた数字を示すまで扉が開かれるのをじっと待つ。やがて上がりきった箱が音と共に目的の階を知らせると、扉が開ききるのをもどかしくかわして急ぎ部屋の前へと歩み寄った。
はやる気持ちを抑えつつ、チャイムを2度、鳴らす。
2度鳴らすのは、癖の様なもの、そして、合図の様なモノだ。二人して取りきめた訳でもないが、いつの間にかそれが火村特有の合図となっていた。やがて、ドアの向こう側から誰?という聞きなれた声が届くのに、オレ。とだけ応える。
これも、いつものやりとり。
ややあって、開かれるドアの向こうには、待ち望んでいた愛しきアリスの姿があった。
…しかも、白いバスローブを羽織っただけの、なんともセクシャルな姿が。
「おかえり〜、火村っ!」
「アリス、ただいま…、って、なんだ。熱烈歓迎だな?」
ふふ、と満面の笑みを浮かべて飛びつく様にしてきたアリスを腕を広げて受け止めながらもそのくすぐったい様な行動に正直、少し驚くと同時に、嬉しさが胸一杯に込み上げてくる。
アリスが締め切りを抱えていたからとはいえ、逢えない間、アリスも同じように寂しさを感じ、やっと逢えた事に対して喜びを感じているのだと思うと、この上なく嬉しかったからだ。
腕に抱き留めたアリスの細い躰から漂う洗いたての髪の匂いと、アリス本人の優しい香りが鼻腔を刺激して胸元に収まったアリスが、甘えた様に胸に鼻先を擦りつける様にしてくる仕草にも、愛おしさが込み上げる。加えていつになく素直なアリスの姿に、心から引き付けられ魅せられ、込み上げる愛おしさそのままにその背を一層強く抱きしめた。
「ん〜、アリスだ」
「ふふ、なんや火村、オレとおんなしこと、考えとったん?」
ぐりぐりと洗いたての髪に顔を埋め、いい年をした大人の男が二人玄関先で抱き合うのはかなり滑稽かもしれないが、久しぶりのアリスの感触に自分から離してしまうのが忍びない。
く、っと白い喉をそらして視線を合わせるアリスの唇に触れるだけの軽い口付けを落とすと、嬉しそうに微笑むアリスに、また、キスをした。
「んっ…、ふ、…ぁ、火村…、めしは?」
「…喰った。アリスは?」
啄ばむ様な口付けを交わし、見つめたままでアリスは再び首元に顔を埋めると、何やら鼻先を擦りつける様にしている。
「…アリス?」
「火村、シャワーも浴びてきたん?」
首元から顔を離すと、何故か嬉しそうなアリスはちょっとだけ首を傾げて尋ねてくる。先ほどの口付けに紅潮した口唇と、風呂上がりなのだろう上気した頬が、妙に艶めかしくて理性が大いに揺さぶられる。
ああ、なんてうまそうな、アリス。
思わず、腕に力を込めてしまって上がったアリスの声に更に煽られる。
「…んっ、ちょ、ひむ、らぁ…」
「あ、ああ、悪い。…一旦下宿に帰ってついでに浴びてきた。それがどうかしたか?」
このまま抱きしめていては玄関でアリスを押し倒しかねないと判断した俺はかなり名残惜しかったがアリスから腕を離すと、とりあえずリビングへ向かおうと足先を向け歩を進めようとする…が。
「…アリス?」
まるで絡みつく様に離れた腕をとり、俺の動きを阻止するアリスに思わず振り向くと、悪戯そうに笑ったアリスがきらきらと瞳を輝かせて其処に立っていた。
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Author by emi