ジュンパ・ラヒリ

  1. 「停電の夜に」
  2. 「その名にちなんで」

「その名にちなんで」ジュンパ・ラヒリ/小川高義 訳/新潮社クレストブックス

スウ (2004.11)

●父が息子へかける想い

生まれた土地に一生住んで、どこへも冒険せずに暮らすという生き方もあれば、このお父さんのようにあるきっかけでベンガルからアメリカへ移住し定住するという生き方もある。
一人暮らしも、県外から出て住んだ事も無い私からすると、とんでもない大冒険だ。生活に困っていた難民というわけではなく、留学生として、大学の教授として立派に勤め続けた彼。
だからと言って故郷が嫌いだったわけじゃなく、心の拠り所、基本的文化はインド、ベンガルに根ざしている。

『停電の夜に』でもそうだったけれど、異なる文化の中での異邦人の気持ちや立場を繊細に描写していく文章がまた上手い。特に同じアジア人だけに、アメリカのようにあけっぴろげな愛情表現などしない所や、食べものの習慣なども共感できるものがあった。本当に、食習慣というものはそのままその民族の「文化」そのものなのだなと感じた。今回はゴーゴリが2世という立場から、更にその違和感や悩みに対する微妙さが上手いし新鮮でもあった。少年期に、珍しい名前のお墓をゴーゴリが探していく場面が印象的。お母さんや、恋人の立場からも描かれる心情がまた丁寧でいい。

特にこのお父さんの気持ちが表れていて胸が熱くなってしまったのは、ゴーゴリの回想。子供のゴーゴリを、母と妹はついて来れない防波堤の端まで一緒に歩いてきて、言うことば。

 「今日という日を覚えていてくれるか?ゴーゴリ」
 「いつまで覚えてればいいの?」
 「ずっと覚えているんだぞ。―

  覚えておけよ。おれたち二人で遠くへ行ったんだ。
  もう行きようがなくなるまで行ったんだからな」

親が子供にかける期待感のようでもあるけれど、けして押し付けたりはしていない。
ただ男の、同士として・仲間としてかけた言葉なのだと思う。自分の生き方を、自慢げじゃなく示しているようにも感じた。何度読み返しても涙がにじんでしまう。


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