輸送艦しもきたカレー
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さて今回は、呉海自カレーシリーズ『輸送艦しもきたカレー』です。LST4002輸送艦しもきたはおお
すみ型輸送艦の2番艦。2隻のLCAC(艦載ホバークラフト)とヘリコプターによる高い輸送能力を誇り、
大規模災害時には病院として機能することも可能な働き者のフネであります。
そのおおすみ型輸送艦ですが、私が初めて乗艦させてもらったのは2007年。ヘリコプターの運用性を高
めた全通甲板、艦橋を右舷に寄せたアイランド構造、巨大な艦内格納庫・・・と、当時は強烈なインパクトが
ありました。そして12年の月日が流れ、その間にひゅうがが生まれいずもが生まれ、全通甲板型の護衛艦が
4隻も就役する事になるとは・・・そりゃ私もいいオッサンになってしまう訳だ、と妙な事に納得してしまい
ました。
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パッケージはシリーズ共通のネイビーブルー。中央には輸送艦しもきたの画像があしらわれていますが、艦
首のハルナンバーが呉海自一等海佐の後に隠れてしまっているのがちょっと残念。とは言えこの箱に収まりき
らない感じが、基準排水量8900㌧のおおすみ型輸送艦の巨大さを強調する効果もありますね。
箱裏面には海自と呉の成り立ち、呉海自カレー商品化にあたっての簡単な説明が記載され、輸送艦しもきた
から秘伝のレシピの提供を受けた呉市内の焼肉屋『叙寿苑』さんで出しているしもきたカレーの画像が載って
います。さて、前置きはこれ位にして、さっそく温めたカレーを頂いてみましょう。
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おお、このいかにも獰猛そうな焦げ茶色の見た目が食欲をそそりますね。ダイスカットの野菜はジャガイモ
とニンジンかな?キレイに切り揃えられた几帳面な見た目が、まるで輸送艦しもきたの広大な甲板に並べられ
た陸自車両に見えてきます。撮影用にキレイに整列させようかとも思いましたが、初めて上がった飛行甲板の
大きさに驚いて右往左往しているっぽい様子がとてもかわいらしかったので、あえてそのままで(笑)。
まずは一口。ほほう、なるほど。スパイスの程よい辛さと鮮やかな香り、野菜のマイルドな甘さ、そしてほ
んの微かな苦みが全体を軽く引き締める、実にスタンダードなカレーです。
それにしてもこの味、よく似た個性の市販品を食べた事がある様な・・・あ、そうそう、ハウス食品のカレ
ーマルシェ中辛!あれと同じ方向性です。もちろん価格帯が全然違うので単純に比較は出来ませんが、カレー
マルシェからマッシュルームを取り除き、風味を一段分厚くしてグッと洗練させればこのカレーになりそう。
箱裏の説明にある『お子さまからご年配の方までお楽しみいただけます』の一文が納得できる、実に手堅くま
とまった味わいだと言えるでしょう。
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とは言え、海自の金曜カレーという大看板に魅力を感じてこの商品を手に取った人にとっては、正直普通過
ぎるというか、素直過ぎてインパクトに欠ける味とも言えます。万人に受け入れられやすい味として落ち着い
ているだけに、
「うーん、確かに美味しいんだけど・・・これ普通のカレーじゃね?」
と思われてしまいそうな心配があるんですよね。珍奇な材料や突飛な個性が全てではありませんが、今や海
自ミリタリーカルチャーの代表となりつつある金曜カレー。そのスペシャル感に大きな期待を抱いた人達を繋
ぎ止める事が、果たしてこのカレーに可能なんだろうか・・・。
そんな事を考えつつ一口ごとに脳裏に浮かぶイメージの断片を映像化していると、不思議な事に海自ではな
く陸自の隊員さん達の姿が浮かんできます。
おおすみ型輸送艦が担う大きな役割の一つに、陸自部隊の輸送任務が挙げられます。北の部隊を南方に、南
の部隊を北方に迅速に移動させる共同転地演習に欠かせないのが、海自呉基地に所属する第一輸送隊。おおす
み型輸送艦一隻で、陸自普通科で言えば一個中隊レベルの人員(約330名)と車両、装備品の輸送と艦内生
活が可能です。
ただし陸の隊員さん達はあくまでも陸の人なので、艦内生活にも船酔いにも不慣れ。穏やかな航海であれば
いいのですが、むしろ荒れ狂う時化の中、船酔いで心身共に消耗し尽くした状態で演習地に入ってこそ、本来
の意義があると言えます。
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外洋のうねりに晒され死屍累々となる陸自隊員居住区。食事時になっても食欲など感じる訳もないでしょう。
とは言え、
「えー、メシの時間ですか・・・無理です・・・入りません・・・」
と寝棚で横になっていられる曹士とは違い、幹部にそんな甘えが許される訳がありません。しもきた艦長の
計らいで士官室に招かれる食事時なのに、若手幹部が船酔いごときで空席を作って中隊長に恥をかかせるなど
もってのほか。例え食後はトイレに飛び込んでしまうとしても、食べに行かざるを得ないのです。
またそれは、乗艦する陸自部隊のトップたる中隊長も同じこと。自分の顔を立てるために士官室から逃げな
かった部下の手前、海の人達に青い顔など見せる事は出来ません。
「俺達の中隊長すげえ!船酔いなんて欠片も見せずに美味そうにカレー食べてる!」
と思わせたいに決まってます。
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そしてそれは、海の隊員さんにとっても同じこと。慣れないであろう船酔いを本気で心配して、これから厳
しい演習に向かう陸の人達の体面を潰すなど海のサムライの恥でしかありません。異なる職域同士の意地とプ
ライド、そして当事者同士にしか分からない思いやり・・・そんな様々な要素が複雑に入り混じるのが、海と
陸とを繋ぐ輸送部隊ならではの個性なのかもしれません。
となると、そんな輸送艦で出すカレーは果たしてどうあるべきなのか。給養員としては、食べ応えのある旨
味たっぷりなカレーを作りたいところですが、目の前で青い顔を必死で隠して食べている陸の人達にそのカレ
ーはアリなのか?彼らの意地とプライドを立てながら、上陸後の活動を支えるエネルギー源となる、輸送艦に
しか出せない最良のカレーとは果たして何なのか?
私が思うに、この局面ではフツーのカレーしかない気がするんですよね。もちろん普通のフツーではなく、
極限まで磨き抜かれたフツーのカレー。ある意味輸送艦の給養員にしか出せない、究極のお客様用のフツーの
カレー。これが正解だと思います。
あまりに旨味が濃いと陸の人達がつらく、あまり軽くても艦の乗組員には物足りない。一見して無個性に見
えるこのカレーですが、双方の胃袋と舌と体調に思いを尽くした上でギリギリの着地点を見出した、珠玉の一
皿なのだと思います。
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そして陸自部隊を無事演習地に送り届けた帰りの航海。士官室にてしもきたカレーに舌鼓を打つ第一輸送隊
司令。そうだ、この究極にして至高ののフツー感こそが、我ら輸送部隊に代々受け継がれてきた最高の味わい
なのだ・・・。
「お前んとこの給養員は、ほんと輸送ってものをよく分かってるな」
「ええ、頼もしい奴らですよ」
と、穏やかな笑顔で返すしもきた艦長。それを末席で聞いていた幹部候補生学校を出たばかりの新人船務士
くんは、
「(えっ?何の事だ?確かに美味しいけど、このカレーの何が輸送なの?)」
その様子を見ていた副長はニヤニヤ笑いつつ、
「お前に分かる様になるまで、あと10年はかかるかな?どう思う?」
話を振られた叩き上げの准海尉は
「そうですね、船務士はよく頑張ってますけど・・・このカレーが分からない様では、まだまだ一人前の輸
送屋とは・・・(笑)」
「(えええええ、このカレーが輸送屋のカレー?どこが?どういう事?)」
と、困惑した表情で頭の周りに?マークをいっぱい浮かべる新人船務士くん。
「この調子じゃ15年はかかるかもしれんな!(笑)」
司令の一言で和やかな笑いに包まれる士官室。さらに?マークを乱発する新人船務士くん・・・そんなS.
A.S脳内劇場がくっきりとイメージできました。
乗組員の心身の英気を養う美味しい食事。これは輸送部隊に限らず、すべての艦艇の給養員が追求するとこ
ろでしょう。しかし正解に至るまでの道筋は、艦に科せられた任務によって様々。そしてその正解も、決して
一つとは限らない。金曜カレーとは、かくも奥深き世界なのか・・・そんな事を改めて考えさせられた、輸送
部隊らしさがいっぱいに詰まった輸送艦しもきたカレーでした。
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