潜水艦せとしおカレー
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さて今回は、横須賀海自カレーシリーズ『潜水艦せとしおカレー』です。SS599潜水艦せとしおはおや
しお型潜水艦の10番艦。2007年2月に就役し、現在は横須賀地方隊の第2潜水隊群にてSS505ずい
りゅう、SS598やえしおとともに第4潜水隊を構成しています。
パッケージには緑の陸地をバックに、浮上航行中の潜水艦せとしおの雄姿がレイアウトされています。今で
こそ当たり前になった葉巻型の真っすぐな耐圧船殻ですが、おやしお型がデビューした当時は何とスマートな
シルエットだろう・・・と惚れ惚れしてしまった事を思い出しますね。
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箱裏面には横須賀海上自衛隊カレーの説明が簡潔にまとめられ、せとしおからレシピの提供を受けた横須賀
市内のレストラン『LAUNA』さんの地図と、お店で提供されているせとしおカレーの画像があしらわれて
います。大きな具がごろごろの写真には『生姜の食感がクセになるチキンカレー』とありますが、へー、ショ
ウガを売りにしたカレーなのか。確かにカレーには欠かせない食材ですが、スパイスではなくメインの具に近
い扱いになっているのは珍しい。果たしてどの様なお味なのか、ワクワクしながらレトルトを湯煎で温めます。
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という訳でご飯を盛ったお皿にかけますが、レトルトを開封した瞬間にぷんとたちのぼるショウガの香り。
おおおおお、本当にショウガのカレーだ。まずは一口頂いてみますが、最初に感じられるのは穏やかな野菜の
甘味。そして一呼吸おいて舌先を刺激してくるショウガ独特の辛味。ショウガ自体はすりおろして入れてあり、
時折舌の上に独特の繊維っぽさが感じられます。
しかしなんというか・・・不思議な味わいだなあ。全体としては甘ウマ系のカレーですが、そこにピリッと
辛いショウガが溶け込んでいる様な溶け込んでいない様な・・・。スプーン一口分のカレーの中に、辛味と甘
味が別々に存在してる感じです。
横須賀地方隊の防衛警備区となる三陸沖の海域は、寒流の親潮と暖流の黒潮がぶつかる日本有数の漁場とし
て知られていますが、実はここは潜水艦にとっての難所中の難所。温度と比重が異なる暖水塊と寒水塊が複雑
に入り組むこの海域に入ると艦の姿勢が安定せず、バラストの調節を行う古参海曹は大変と聞いた事がありま
す。一口分のカレーの中に甘辛の複雑なマーブル模様を描いているこのせとしおカレーは、そんな海の難所の
平和を守る横須賀の潜水艦らしさを表現していると言えますね。また、
「あ、野菜の甘味来た・・・おっと、これはショウガの辛味、繊維感・・・いやまた甘味がきた・・・ドッ
プラー高い、高い、高い・・・」
と舌先に神経を集中させて一口分のカレーを味わっていると、なんだか水中ソナーからの情報を精密に分析
する潜水艦の水測員になった気分(笑)。モニターの複雑な模様やヘッドホンからなだれ込んでくる膨大な情
報の中からあらゆる雑音を排除して、水中深く潜む国籍不明の潜水艦を探り当てる・・・うーん、こんなに神
経を集中させられるカレーの試食は初めてかも(笑)。なるほど、これが潜水艦のカレーの醍醐味ですね。
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ふと気づいた時には額に汗が浮かんでいましたが、唐辛子的な辛さは殆どないので、これはショウガの代謝
促進効果による発汗でしょう。一口分のカレーを飲み込むたびに、お腹の中にぽっと小さな明かりが灯る様な
この感じ。
そしてショウガによって高められた体の代謝機能は、潜水艦乗りにとって非常に重要なものであることは言
うまでもありません。潜航中は酸素を消費する運動など許されず、狭い寝棚とトイレ、食堂、配置部署をひと
回りして終わる日々。心身の緊張によるストレスと合わせて、海自でも指折りの超不健康な職種であります。
長く厳しい哨戒任務を終え、入港を翌日に控えた金曜日のお昼。艦内食堂で提供されるショウガたっぷりの
せとしおカレー。ストレスと運動不足で錆びついた体にとって、これ以上のごちそうはないでしょう。乗組員
の気力体力を保つだけではなく、少しでもいいコンディションで上陸させてやろうというせとしお給養員の仕
事哲学・・・いやはや、ここまで乗組員の為の食事作りに徹するとは、敬服せざるを得ません。
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横須賀基地の潜水艦桟橋に久しぶりに戻って来た潜水艦せとしお。すぐ隣には、同じく哨戒任務を終えたば
かりの別の潜水艦が停泊しています。くたびれ果てた乗組員がハッチから這い出てくるのはどちらも同じです
が、心なしかせとしお乗組員の方が顔色も肌ツヤもいい様な気が・・・。
場面は変わり、第4潜水隊司令執務室。せとしお艦長からの報告を一通り聞き終えた司令はいつも通り小さ
く頷いたあと、以前から気になっていた事を艦長に質問します。
「お前んとこの乗組員、他に艦に比べて顔色がいい奴ばかりだな。なんかやっとんのか?」
予想外の質問に、一瞬「へ?」という表情のせとしお艦長。
「いえ、特に変わった事はしておりませんが・・・?」
「そうか、ご苦労。まずはしっかり休んでくれ」
一礼して執務室から退出したせとしお艦長は、廊下を歩きながらにやりとほくそ笑みつつ
「うちはカレーが違うんですよ、カレーがね。しかしあの司令、細かい所までよく見てるな・・・」
こんな脳内風景が見えた気がしました。
そして最も大切な事ですが、乗組員を少しでもいいコンディションで上陸させることは、隊員さん達のご家
族がなによりも望んでいる事でもあるでしょう。そう考えると、潜水艦の給養員達が背負っているものの大き
さに改めて気づかされます。目の前で食べている隊員さんだけではなく、その隊員さんを支えているご家族の
事にまで思いを尽くさないといけないとは・・・給養員とは本当に大変な仕事なのだと、一皿のカレーから改
めて教えられた気分です。
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ここでふと思いましたが、そんな給養員達の疲労を癒してくれるものは果たして何なのでしょう。そりゃ毎
日の美味しい食事には違いありませんが、自分達が作った料理ってそれとはちょっと違う気がする・・・と考
えたところで、これがとんでもない愚問であった事に気がつきました。食べた人の
「美味しかった!ご馳走様!」
彼らにとってこれ以上に報われる言葉はないでしょう。
「そういう事を、作ってくれた人にお前はきちんと伝えているか?んん~?」
と、せとしおカレーに腕組みして言われた気がして、つい頭を垂れてしまう私。ああ、カレーは本当に人生
にとって大切な事を教えてくれるなあ。
「今回も勉強させて頂きました!押忍!」
と、空になったお皿に向かって十字を切ってしまった『潜水艦せとしおカレー』でありました。
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