まずは朝食です。ウェットナプキンで手をキレイにしますが、香料を添加してあるのか何とも妙なニオイが
します。決してクサイ訳ではありませんが、オバアチャンの箪笥の中のニオイと言うか、ちょっと樟脳臭いの
が気になるなあ。
続いて、大きい方の缶詰ГОВЯДИНА ТУШЕНАЯ(牛肉の蒸し煮)です。手に持って降るとチャポチ
ャポと水音がする缶詰を、鉄板を曲げて端っこを研いだだけの実にロシアらしい雑な造りの缶切りを使って開
けますが、これはこれで十分実用に耐えるのですからますますもってロシアらしいと言わざるを得ません。
ワクワクしながら中を見ると、一面うす黄色い固形脂肪で覆われていてびっくり。固形燃料かカーワックス
缶の様です。うーん、これ、このまま食べるの?温めて脂肪分を溶かした方が良さそうな気がしますが、固形
燃料は4個しかないので、メインのアルミパック2つと紅茶2回分のお湯を沸かすと、余分は無いんですよね。
取り敢えずこのまま食べてみましょう。
表面の脂肪層を割って中身をほじくり出すと、繊維の荒いコンビーフみたいな物が見えて来ました。スープ
もたっぷりでこれはなかなか美味しそう。北極海の厚い氷原を突き破って原潜が浮上した後みたいな光景です
が、それもある意味ロシアらしい気がします。
とにかく一口。うーん、随分そっけない味ですね。やや塩気があり、牛赤身肉独特の渋味とエグ味がいい意
味で残っていて悪い味ではないですが、うっかり味付けを忘れてしまった様な味です。かと言って調味料が付
属している訳でもないので、これはやっぱり温めて食べた方がいいのかなあ。
と言う訳で、ガスストーブの上に直接載せて温めます。表面の脂肪層が溶け切った頃に改めて食べてみると、
これが美味い!熱を入れる事で味がしっかりと目を覚ました感じで、塩と香辛料だけのシンプルな味付けが牛
赤身肉の旨みをしっかりと引き出しています。
しかしこの缶詰、全体量の3割近くが脂肪分なので、食べていると口の中がヌルヌルかつツルツルになりま
す。蒸し煮というより脂煮と言った方が正確でしょう。とは言えこのシンプルかつ大胆、素朴な味わいがなか
なかの美味で、ステーキとコンビーフの中間の様な口当たりも新鮮。荒っぽく作った方が美味しい料理ってあ
りますよね。この缶詰がそんな感じです。
食べ終わった後に残ったスープが美味しそうだったのですが、表面を重油の如く覆っている脂肪が恐ろしく、
勿体なかったけど廃棄してしまいました。
続いてГОВЯДИНА ТУШЕНАЯ(粗野な小型パン)を開封。5p四方の大きさのビスケットが8枚出
て来ました。香ばしそうな焼き色が乾パンそっくりで、食べてみるとサクサクカリカリとした軽い食感が素晴
らしく、クラッカーの様なほのかな塩気もあって実に美味しいなあ。
ЧАЙ(紅茶)を作ってみましょう。パッケージの中身をマグカップに空けると、茶色いグラニュー糖みた
いなのがザラザラと出て来ました。適当な量のお湯を注ぐと、コーヒーの様な真っ黒な液体が出来上がり。
うーん、何だか想像していた紅茶と随分違いますね。恐る恐る飲んでみると、変な甘さが気になります。そ
う言えば昔流行したあまちゃずる茶って、こんな味だったなあ。
恐らくグラニュー糖に紅茶のエキスを絡ませてあるのでしょうけど、ちょっと余計な合理精神だなあ。別々
にしてくれた方が甘さを調節出来て有り難いのですが、厳しい寒さを大量のカロリーで乗り切らなければなら
ない現地の事情を考えると、これはこれでロシアならではの合理精神なのかも。しかし味覚で言えば、米軍の
MREの粉末アイスティーの方が100倍マシですね(笑)。
ПОВИДЛО ФРУКТОВОЕ(おろし果実のシロップ煮)は、ロシアで言うパヴィドラ、いわゆるジャ
ムですね。パッケージにはЯЪЛОЧНОЕ(りんご)とあるので、多分リンゴジャムでしょう。
開封して小型パンに押し出すと、なるほど擂り下ろしリンゴそのもの。酵素で褐変した色合いまでそのまん
まです。これもかなり甘味が強いのですが、シナモンとリンゴの風味が生きているので思ったよりもクドさを
感じません。他国の戦闘糧食に入っているジャムよりも、ずっと素朴でいい味です。
最後は食後のデザート、Кубанская Аакомка(クバン地方の?)です。二つ目の単語の意味が
分からなかったのですが、取り敢えずクバン地方のお菓子って事でしょう。
イロワケイルカかパトカーの様に二色に分けられていて、どうやら濃茶はチョコレート、クリーム色はバニ
ラの模様です。まるで汗をかいた様に表面に点々と浮いている脂肪滴が恐ろしげですが、まずは一口。
ううううう、あっまあああああ。甘味の塊を舌の上にこびりつけられたような衝撃的な甘味攻撃に、涙が出
そうになります。舌触りはタミヤのチューブ入りパテみたいで、味はチョココロネの中身とコンデンスミルク
を煮詰めてナッツの風味を効かせた様。甘味が苦手な私にとっては拷問の様な味であります。小さな1パック
を食べきるのに、かなりの時間を要してしまいました。
しかしこれは日本人の感覚では有り得ない甘さです。さすがロシアは違う・・・。
途中で耐えきれずに冷めかけた紅茶を飲んだのですが、カップの底に溜まっていた溶けきれなかった砂糖が、
さらなる甘味の追い討ちをかけてくれました。私を糖尿病にして殺すつもりか!!恐るべしロシア・・・。
以上、朝食でした。大きな牛缶の固形物は半分位でしたし、乾パン8枚と紅茶、パヴィドラとそう大した量
ではなかった筈なのに、もの凄い満腹感。
寒いから脂肪と甘味を大量に喰わせときゃ何とかなるスカヤ!
というロシアンスピリットがタプンタプンに入った、なかなか強烈な朝食でした。
さて、続いては昼食です。まずはアルミパックを温める為の簡易ストーブを組み立てます。切り込みの入っ
た金属片を互い違いに折り曲げて行くと、ネコの王冠の様なストーブが出来上がりました。よく見るとウルト
ラセブンに出て来た宇宙ステーションにも似ていますね。ここに固形燃料をのせて使用する訳ですが、その着
火方法がとてもユニークなものでした。
真っ白い固形燃料の端っこに茶色い着火剤がついていて、これを紙やすりの小片に擦りつけて着火するので
すが、火のついた固形燃料を手で持って小さなストーブの中央に置かねばならず、モタモタしていたら火傷し
そう。
ちょっと怯えながら、固形燃料に紙やすりを擦りつけて着火。急いでストーブの台座にのせましたが、燃料
に火が回るのが意外に遅く、落ち着いてやっても十分間に合いそうでした。これはその為にわざと火の回りを
遅くしているのか、それとももとからこんなもんなのか、どっちなんでしょう。何だか後者の様な気がします
が(笑)。
すぐにアルミパックをナイフで開封します。メニューはКАША СЛАВЯНСКАЯ(牛肉のスラブ風粥)。
戦闘糧食で粥か、何だか力が抜けてしまいそうだなあ・・・と思いつつ封を開けると、牛肉のコマ切れが麦粒
にまみれてパックいっぱいに入っていて、脂肪分がやたら多いサラミの断面を見ている様。コンビーフっぽい
香りが漂ってきて、ちょっとこれは美味しそうですよ。
このアルミパックをストーブの上にのせて温めるのですが、ストーブの造りがあまりにチャチなのでちょっ
と油断するとひっくり返してしまいそう。火傷に気をつけながら慎重に位置を調整し、このまま温まるまで待
ちましょう。
しばらくするとパックの底の脂がじくじくと音を立てて溶け始め、フチの方から噴き出してきました。おお
お、肉の脂肪が焼ける香りがたまりません。火の勢いは弱いですが、パックの底の方が焦げそうだったので少
量の水を足します。
その間に他の糧食を準備します。ЛЕТНИЙ、これがロシア語辞典で調べてもよく分からなかったのですが、
糧食関連のサイトで確認するとどうやら粉末レモネードの模様。開封してコップに空けると、戦闘糧食の粉末
飲料にありがちな入浴剤の様なきつい香りの粉がさらさらと出て来ました。
さて、これをどれぐらいの量の水で溶かせばいいのやら。パッケージの裏を見ると幾つかの数字があります
が、その中で一番それっぽい“200мл”で作ってみる事にします。
ほほう、ややグリーンがかった黄色い液体が出来上がりました。アクのようなモロモロしたものが表面に浮
いているのがちょっと不気味。恐る恐る飲んでみましたが、あ、これ美味しいや。パチモンくさい駄菓子屋系
粉末ジュースの素ですが、あっさり甘くさっぱり酸っぱい味わいは、なかなかどうして美味しいではないで
すか。昔あったレモン味のアクエリアスのレモンフレーバーを、ぐっと強くした様な味ですね。
ГОВЯДИНА ТУШЕНАЯ(粗野な小型パン)とПОВИДЛО ФРУКТОВОЕ(おろし果実のシロ
ップ煮)は、朝食と同じものです。
ふと気がつくと、固形燃料が消えかけていました。よし、そろそろ頂くか!と思いましたが、全然温まって
いませんでした。固形燃料一つでは足りないのか?仕方ないのでもう一つ着火して追加して、パックの中の粥
をほぐします。しかしこれ、粥と言うよりも炊き込みご飯みたいですね。
今にも押し潰れそうなストーブの上でひっくり返さない様にかき混ぜると、まだ固いものの底の方の脂が溶
けて柔らかくなってきましたよ。ああ、この湯気とともに立ち昇る脂肪の溶ける香り・・・これはもう立派な
料理ですね。私は普段からしょっちゅう自炊しているのですが、料理なんてした事もない人でもこの作業は楽
しいんじゃないでしょうか。
二段目の燃焼が終了する頃には固かった粥も軟らかくなり、ようやく完成です。真っ白い麦粒に茶色い牛肉
の繊維が絡み、食欲をそそられます。まずは一口。
おおお、美味い!一言で言うとコンビーフ混ぜご飯です。麦のモチモチした食感がどこか米に通じるものが
あり、夢中で食べ進んでいくと底の方がオコゲ状になっていて、パリパリに脂焼きされた肉と麦粒がこれまた
美味!
味付けは塩胡椒がメインなので、脂肪分が多いのにさっぱりと頂けます。これなら幾らでも入りそう。素材
の味をアルミパックから一滴もこぼさずに楽しめる、実に美味しいメインディッシュです。いやあこれは大満
足。
で、空になったアルミパックを眺めていると、容器の底に薄いフィルムの様な膜が破れてひっついているの
に気がつきました。何だこりゃとよく見ると、どうやら容器の底のビニールコーティングが直火で溶けてしま
った模様です。あれ?じゃあ、直火は駄目だったんだ。とすると、溶けたビニールは私の胃袋の中・・・ま、
いーか・・・。
直火ではなく湯煎して頂くのが正しい調理法だった様ですね。となるとコッフェルか何かで湯煎する事にな
りますが、果たしてこの貧弱なストーブがその重量に耐えられるのか。そして小さな固形燃料4つでそれだけ
の熱量が賄えるのかが甚だ疑問ではありますが、まあいいや。ロシアだし。こういう突っ込みどころも味わい
のうちでしょう。
最後は例のКубанская Аакомка(クバン地方の?)締め。あまりの甘さに気を失いそうになり
ますが、「ロシア語で考えるんだ!(何を?)」とひたすら自分に言い聞かせながら、最後まで食べ切りました。
以上、昼食は終了です。メインの牛肉のスラブ粥は素晴らしい美味でしたね。本文中にもありますが、粥と
は名ばかりで実際はほぼ混ぜご飯。見た目以上のボリュームがありました。粗にして野だが卑ではない、と言
った風情ですね。
小型パンとパヴィドラはその香ばしさ、甘味、塩味、リンゴとシナモンの風味がとてもよく合い、レモネー
ドのさっぱり感もスラブ風粥の脂肪分をうまく洗い流してくれました。凶悪極まりない謎のデザートに関して
は・・・正直何も言いたくないですね(笑)。
最後は夕食です。メインミールのКАША ДОРОЖНАЯ(道路技師の粥)を湯煎にかけますが、道路技師
の粥?ロシア語辞典を調べても、そうとしか書いてありません。他にもГОВЯДИНОЙ(牛肉の)という単
語があったので、恐らく昼に食べたスラブ風粥に近いものかと思われますが、要は肉体労働者風とかそういう
事を意味しているのかなあ。だとしたら、ロシアなんだからウラン採掘技師とか森林伐採技師とか、もっとそ
れっぽいのがあるのになぜ道路技師?
とりあえず温めている間にФАРШ СВИНОЙ(СОСИСОЧНЫЙ)(ウインナーソーセージ風豚ひき肉)
の缶を開けます。直径7p程の缶いっぱいにポークパテがみっちりと詰め込んであり、うすピンクの色あいが
魚肉ソーセージを思わせます。ナイフで一欠片削って食べてみると、うん、穏やかな塩気が豚肉の素朴な風味
を上手に引き立てていて、滑らかな口当たりも相まってこれはかなり美味しいです。
豚肉の脂肪の甘い味が舌の上でとろりと溶けだし、身肉は口の中でほろほろと崩れて行く感じで、驚きのリ
ッチな味わい。イギリス軍戦闘糧食にも七面鳥のパテ缶がありましたが、断然こっちの方が上等です。ドイツ
軍のポークパテに似ていますが、ロシアのは素朴かつ乱暴な男性的な味で、ドイツのはしっとりと奥深い女性
的な味でしょうか。どちらも甲乙つけがたい美味さです。
ナイフで薄く削ってГОВЯДИНА ТУШЕНАЯ(粗野な小型パン)にのせて食べると、これがまた実に
合います。ポークパテの嫌味の無い脂肪感と僅かな塩気が、小型パンの程良い甘さと香ばしさに上手い具合に
絡まって、実に素朴かつ力強い味になりました。うん、これはもう、これ以上の小細工は要らない味ですね。
そろそろメインミールに取り掛かりましょう。アルミパックは熱々になっていて、火傷に気をつけながら開
封。おおお、見た目も香りも昼に食べた牛肉のスラブ風粥とそっくり。若干こちらの方が見た目が茶色っぽく、
ほのかに醤油の様な香りもあります。固まっている粥をひっくり返さない様に慎重に混ぜ込み、頂いてみまし
ょう。
おおお、これも美味い!基本的に昼のスラブ風粥と殆ど同じですが、塩胡椒意外に醤油も効かせた感じで、
こちらの方が日本人にはとっつきやすい味と言えます。もっちりした麦の味わいもいいですが、所々にソバの
実みたいなものも入ってますよ。どちらも白米よりもビタミンや繊維、ミネラルが豊富で、戦闘糧食としての
機能は十分。
いやしかし、これは本当に美味しいなあ。主食と副食を合わせた様な料理なので、これ1パックだけでも当
座の空腹感は十分に癒せます。いやはや、これは大したスグレモノ。
ちなみにこの試食は冷え込む2月に暖房のない倉庫内で食べているので、フタの裏についた脂肪があっとい
う間に真っ白に固まってしまいました。粥自体はまだ温かいですが、これは十分加熱して食べた方が良さそう
ですね。それにしてもあっと言う間にぺろりと平らげてしまいました。うーん、美味かった!
最後は恐怖のКубанская Аакомка(クバン地方の?)、これを熱いЧАЙ(紅茶)で頂きました。
胃がヘルニアを起こしそうな甘さにもだえ苦しみながら、どうにか完食できました。
以上、1日分のロシア軍戦闘糧食でした。結局例の凶悪な甘さのブツは三つも残ってしまいました。最初か
ら紅茶に砂糖が入っていたので、別にあったグラニュー糖2本も結局使わずじまい。というか、一体どのタイ
ミングで使えばよかったんだろう、このグラニュー糖は・・・。
先にも書きましたが、とにかく脂肪と甘味!という基本姿勢が他国戦闘糧食よりも強烈で、実に印象深い内
容でした。いかにも寒い国というお国柄がよく出ていますね。一品ごとの味や組み合わせ、機能性については
かなり乱暴に作った感がありますが、それがむしろ清々しさになっていたのは恐るべしロシア軍戦闘糧食!と
言うべきですね(笑)。
それにしても、間食と言うかおやつが無かったなあ・・・と思いましたが、よく考えたらあの6つ入ってい
たアレがそうだったんですね。余りにも体が受け付けない甘さだったので、全然気付きませんでした。私にと
ってはデザートと言うより、義務というか苦行というかちょいM体験というか、そういう存在でありました。
最後に三食あわせて一体何kcalあるのか気になりましたが、やっぱり知るのが怖いです・・・。
トップページに戻る
戦闘糧食試食レポート目次に戻る
|