航空自衛隊奈良幹部候補生学校
大和肉鶏のとろとろカレー
さて今回は、『航空自衛隊奈良幹部候補生学校 大和肉鶏のとろとろカレー』です。しかしこれはまた随分
と長い商品名ですね。私がこれまで食べて来た海軍自衛隊カレーの中でも、ダントツの字数であります。ちな
みに第2位の『航空自衛隊小松基地隊員給食カレー』も空自のカレー。数は少ないながらもやたらと長い名前
にこだわるのは、何か理由があるのかちょっと興味深いところです。
パッケージは小松基地のカレーと同様、鮮やかなスカイブルーを基調にしています。同系統の色合いでもネ
イビーブルーを前面に出しがちな海自カレーとは、随分印象が異なりますね。大空を舞うブルーインパルスと
平城宮、そして整然と行進する幹部候補生達の画像もあしらわれ、地域性と幹部候補生学校らしさを表現しつ
つ大空へのあこがれもかきたてる、なかなかよくできたデザインです。ちょっと駅に置いてある無料の観光パ
ンフレットっぽくはありますが(笑)、奈良基地開設60周年記念というアニバーサリー感もあり、その上メ
インの具は奈良産の大和肉鶏。地域と空自が密接に手を取り合って作った雰囲気も満点です。
ちなみにこのカレー、奈良基地の幹部候補生学校の名物メニューである『とろとろタンドリーチキンカレー』
をベースにしたとの事ですが、レトロ感や郷愁を前面に出しがちな海軍カレーに対抗すべく持ち出したのが、
本場インドのタンドリーチキンというのがちょっと意外。このあたりの思い切りの良さも、『勇猛果敢支離滅
裂』と評されがちな空自らしい個性でしょうか。
前置きはこれ位にして、レトルトを温めて試食に移りましょう。開封したレトルトから出てきたのは、黄色
がかった明るいカレー。いかにも濃厚そうなダークブラウンが主流である海自のカレーに対し、このライトな
色彩はなるほど空自。下味にヨーグルトを使うタンドリーチキンらしさも伝わってきます。
一口食べてみると、ほほう、なるほど。スパイスの軽やかな香りがしっかりと生きていて、ヨーグルトとト
マトの爽やかな酸味も実にいい感じ。私はスパイスについていろいろ語れるほどの知識はないので、一口ごと
に存在を主張してくる香辛料が果たしてクミンなのかカルダモンなのかナツメグなのかシナモンなのかクロー
ブなのかさっぱりわかりませんが、なるほどこれは確かにタンドリーチキン。舌の上でひらりひらりと踊る様
な軽やかな旨味・・・これも空自らしい個性の発露でしょう。
表立って見える具は鶏肉のみ。その鶏肉を引き立てるべく、様々な食材が裏方となって支えている訳ですが、
ごく少数のパイロットを頂点とした空自特有の組織構成が、この鶏肉一点突破なカレーとよく似ています。ニ
ワトリは飛べないだろ!というツッコミをくらいそうですが・・・(笑)。
それにしても、なんでまた奈良にある空自幹部候補生学校の看板メニューがタンドリーチキンなんでしょう。
実は私、以前3年ほど奈良で仕事をしていたことがあったのですが、奈良の印象とインドがどうにも結びつか
ないんですよね。
冬は寒く夜はひたすら静かで暗く、そして大阪の隣にあるとは思えないほど人の心が穏やかだった奈良。む
しろ大阪の方がよっぽどインドに近い気がします。奈良基地は敷地の両側を古墳に挟まれているという極めて
奈良らしい立地ですが、古墳のお濠はどう見てもガンジス川の雰囲気には見えませんし・・・(笑)。
そもそも日本におけるカレー事始めは明治時代。当時インドを植民地にしていたイギリスの海軍を手本とし
て立ち上げた日本海軍が、軍隊食として取り入れた事は広く知られていますが、それじゃあ日本に初めてスパ
イスが持ち込まれたのは何時の事だったんでしょう。
ふと思いついて調べてみると、胡椒、クローブ、シナモンといった香辛料が日本に持ち込まれたのは、なん
と奈良平安時代。聖武天皇の治世に4度にわたって行われた遣唐使が持ち帰ったのが、日本におけるスパイス
の夜明けだった様です。ちなみに当時の香辛料はとんでもなく高価で、食材としてではなく仏具の香や特別な
薬として使われたとの事。なるほど、日本における輸入スパイスの原点は奈良であることは間違いなく、そし
て空自奈良基地がタンドリーチキンを看板にするのもなんら不自然ではないんですねえ。
それにしても空自の幹部の人達は、インド料理屋でタンドリーチキンを食べると奈良を思い出すのかなあ。
それはそれで、やっぱり何かヘンな気がしますが(笑)。
数ある自衛隊カレーの中でも特に不思議な立ち位置にいる『航空自衛隊奈良幹部候補生学校 大和肉鶏のと
ろとろカレー』ですが、タンドリーチキンはナンで食べるもの・・・という先入観を捨てて食べてみると、こ
れはこれで実に面白い味わい。ねっとりしたジャポニカ種のお米にインドカレーは合わないのでは・・・と心
配でしたが、食べてみるとこれが思いのほかよく合って美味しいですね。この発想の自由さ柔軟さ・・・『伝
統墨守唯我独尊』と揶揄されがちな海自にはない精神風土です。
日本とインドの空軍士官候補生達を集めて行われた交流会。お互い他国の軍人とのコミュニケーションに慣
れておらず、たどたどしい英会話は途切れがち。なんとなく気まずい雰囲気が漂い、
「あちゃー、こいつらにはまだ早かったか・・・」
と双方の高級幹部達が頭を抱えて企画失敗を悔やむ中、突然会場に現れた日印ハーフのとろとろカレー君。
なんじゃこりゃ・・・と恐る恐る味わってみた両国の士官候補生達は、その美味しさに驚愕。
「我が国のタンドリーチキンをこんな風にアレンジして見せるとは・・・なかなかやるな航空自衛隊!」
とインド空軍士官候補生が唸れば、
「本場インドにはこんなカレーがあったのか・・・めちゃくちゃ美味いじゃないか!」
と目からうろこをボロボロ落とす空自幹部候補生達。それをきっかけになんとなくお互いの距離感が縮まり、
和やかに会話が回り始める若手士官候補生同士。なんだ、気づまりだったのは俺達だけじゃなかったんだ。ほ
っとした表情で交流会の成功を確信する高級幹部達・・・こんな情景が頭の中に浮かびました。
そして陸海空3自衛隊の中でも最もアメリカとの結びつきが強いと言われる航空自衛隊が、あえて幹部候補
生の段階からインドのテイストを経験させているというのも、考えてみれば味わい深い話であります。アジア
での覇権をむき出しにする中国に対峙すべく、アメリカだけではなくインドとも早いうちから距離を縮めてお
こうという抜け目のなさ、出足の速さ。後発組織ゆえの身軽さを最大限に生かした、実に頼もしいフットワー
クのよさであります。
若手幹部に対して世界に通用するシーマンシップを身につけさせるべく、かなり早い段階から諸外国を巡る
遠洋航海を体験させていた海自に追いつくべく、まずはアメリカ、そしてインドと一点突破に賭ける思い切り
の良さ。一見不思議な判断かと思いきや、誠に空自らしいしたたかな味わいに満ちた『航空自衛隊奈良幹部候
補生学校 大和肉鶏のとろとろカレー』でありました。
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