護衛艦きりしまカレー
さて今回は、海上自衛隊缶入りカレーシリーズ『護衛艦きりしまカレー』です。言わずと知れたこんごう型護
衛艦の2番艦、横須賀を定係港とし、たかなみ・おおなみ・てるづきとともに第2護衛隊群第6護衛隊を構成
成しているイージス艦であります。
そのきりしまの就役20周年を記念して商品化されたのがこのカレーですが、黒字に濃紺で艦番号174が
デザインされ、落ち着いた渋いセンスだなあ。正面に配置された肝心のきりしま画像がピンボケ気味なのが
ちょっとトホホですが、鮮やかな自衛艦旗がよく映える、存在感あふれるパッケージデザインと言えますね。
艦側面、いや缶側面に印刷された原材料表示を確認すると、たまねぎ、じゃがいも、にんじん、豚肉・・・と、
特に変わった材料は使っていない模様。迷い一切なし、直球勝負の正統派カレーってやつですね。さっそく缶
の中身を温め、大横綱の胸を借りるつもりで試食にうつります。
しっかりと温めたカレーをご飯を盛った大皿にあけると・・・おお、これはなんというか凄く濃い!電子レンジ
で十分に加熱した筈なのに、もったりのっそりと流れ出てくるマグマの様な、強烈な重量感です。これは液体
というよりも、もはや緩い固体ですね。ダークブラウンの色合いも濃厚さに拍車をかけた感じで、たまらなく食
欲を刺激します。まずは一口頂いてみましょう。
うぬぬ、これは・・・見た目よりもさらに濃厚な味わいというか、辛さも結構なレベル。旨味のぶ厚さが半端で
はなく、普通のカレーをさらに濃縮した様な感じ。全体の味の輪郭は清々しい程に正統派で、カレーにまわし
を掴まれた途端一気に土俵際まで押し出された様な、まさにイージス艦らしいド迫力の味わいであります。
それにしても、これだけの粘度と濃厚さを持ったカレーを、よくもまあ焦げ付かせずに作ったもんだなあ。艦
内調理室では巨大な蒸気釜を使ってカレーを作っている筈ですが、大量のカレーを焦げ付かせないよう巨大
なしゃもじで絶えずかき回し続ける調理員の、カレー作りにかける執念を感じます。
しかしこのカレー、ほんと濃厚だなあ。加速度的に白ご飯が減っていく一方、カレーはなかなか減りません。
ええい、こうなったら白ご飯おかわりだ!
いやあ、このぶ厚い旨味がたまらないな・・・と食べ進んでいきますが、流石に40を越える年齢になると、こ
の強烈な濃厚さがキツくなってきます。若手の幹部や曹士なら、
「うひー!きりしまカレーたまんねえ!この艦に配属になってよかった!」
と一気に食べきってしまいそうですが、この辛さ、濃さ、旨味のぶ厚さ・・・流石にオジサン途中からちょっと
胃が疲れてきましたよ(笑)。
イージス艦の艦長を務める一等海佐と言えば、概ね40代前半ぐらいでしょうか。300名近い隊員の命とわ
が国の海上防衛を一身に背負い、在職中は重圧と責任感で心身ともにへとへとになる、究極の労働者であ
ります。胃の痛い事、頭の痛い事、怒鳴りたくなる事、逃げ出したくなる事もさぞかし多いでしょう。
自分を信じてついてくる部下たちに決して弱みを見せる事のできない、24時間不眠不休に等しい艦内生活
の中、唯一ほっと出来る食事時間に出てくるこのカレー。
美味しいんです。ほんっと美味しいんですよ、このきりしまカレー。しかし本音のところを言わせて頂くと、い
くら生野菜や牛乳でバランスをとっているとは言え、身も心も歳相応にくたびれたオジサンに、この濃厚極ま
るカレーはちょっとツライものがあるのでは・・・と、同年代である私としては心配になってしまいます(笑)。
「ああ、もう昼食か。おっ、カレーという事は、今日は金曜日だったんだな。うちのカレーはほんと美味しいん
だけど、この濃さはなあ・・・。もう少しさっぱりした味がいいんだけど、もうちょっと軽めに作って!とは言いづ
らいよなあ。調理員はみんな頑張ってるし、若手の隊員は美味い美味いって喜んでるし。でも残したら調理員
が余計な気を使うだろうし、最初から少なめに盛るのは部下から頼りなく見られそうだし・・・。艦長職って、ほ
んと孤独だよなあ・・・」
という内心の弱気を微塵も表に出さず、士官室に居並ぶ幹部たちを涼しい顔で一瞥したのちに、
「よしっ、じゃあ頂こうか!」
うーん、これぞおっさ・・・いやオジサンのダンディズム!
またこの強烈に濃い味わいは、調理室に君臨するベテラン調理員長から艦長への対する強烈なメッセージ
でもある気がします。新たな艦長を迎えた護衛艦きりしまの金曜日、士官室に運び込まれるグランシェフ直々
に作り上げられた特製きりしまカレー。ひと口味わった艦長はその美味さの太さぶ厚さに驚くと同時に、
「ふふふ、うちの艦ではこれだけのカレーを歴代艦長に召し上がって頂いているんですよ。まさかこの程度
で音を上げる様な事はありませんよね・・・?」
という調理員長からの手荒い歓迎を受けた気分になるのではないでしょうか?
そしてそれは同時に、調理室で炊飯を担当する若手調理員へのプレッシャーでもあります。これだけ濃厚
な味わいを誇るきりしまカレー、なまなかな白ご飯で太刀打ち出来る筈もありません。とは言え納入される米
には予算の限界があり、魚沼産コシヒカリ100%などは望むべくもないでしょう。しかも使用されている無洗
米は通常の白米に比べて保存による劣化が早く、考えてみれば最初から不利な事だらけ。
その限られた設備と限られた食材の中、持てる知識、技術、経験、勘、コツを総動員して、どこまで炊飯の
質を高める事が出来るか。水加減は本当にこれでよかったのか、もう30秒蒸らしてからフタを開けるべきで
はないだろうか・・・これこそが炊飯係の醍醐味、腕の見せ所でしょう。
そしてこれは当然ではありますが、週に一度の金曜カレー。調理員長、ひいては調理員全体が、これまで
数多くの艦で金曜カレーを食べて来た艦長にその腕を試される瞬間であります。新しい調理員長になってか
らカレーの味が落ちたな、調理場に新隊員が入ってからなんかメシまずくね?・・・等というのは、彼らにとって
何よりも許されざる感想に違いありません。
こうしてこのカレーを食べていると、護衛艦きりしま艦内で常にせめぎ合っている目に見えないプレッシャー
の一端が垣間見えた気がしますね。あらゆる職域、あらゆる立場にいる隊員さん一人一人に圧し掛かる重圧
が、複雑に絡まりあいお互いに切磋琢磨する、濃密極まる艦内空間。これぞ護衛艦きりしま!と感嘆せざる
をえない、珠玉の一皿でありました。
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