カザフスタン軍戦闘糧食
Жеке Тамактану Рационы МӘзір2


       さて今回は、カザフスタン軍戦闘糧食『Жеке Тамактану Рационы МӘзір2』です。海外ものの戦
      闘糧食では久々の大物というか難物ですが、まずはカザフスタンについての簡単な説明から。
       カザフスタン共和国はユーラシア大陸のど真ん中に位置する世界最大の内陸国で、日本の7倍という広大な
      な国土を誇っています。もっともこれは、比較対象である我が国が非常に小さいという事もありますが(笑)。
       ロシア革命以降はソビエト連邦の支配下に入り、そのソビエト連邦の崩壊に伴って1991年に独立を果た
      しましたが、領土内にはロシアが管理するセミパラチンスク核実験場バイコヌール宇宙基地があり、現在も
      ロシアとの関係は深い模様です。
       言語については一応カザフ語が母国語となりますが、もう一つの公用語であるロシア語の方が普及しており、
      旅行するにも生活するにもロシア語が出来た方が便利だそうです。
       産業は鉱物資源や原油の輸出が好調で、政治状況も比較的安定していますが、国内の貧富の差が大きく観光
      客狙いの犯罪も横行していて、近年はイスラム過激派のテロの標的にもされているらしく、治安の面では黄色
      信号
状態だとか。
       軍事面に関しては旧ソ連中央アジア軍管区をそのまま受け継ぎ、陸空国境警備の3軍合わせて約3万9千人
      
という規模。18歳以上の国民には2年間の徴兵義務があり、別に3万人の予備役も抱えているそうです。ア
      ラル海とカスピ海(厳密には海ではなく塩湖)に国境を接していますが海軍は持たず、この辺りはいかにも
      陸国らしい軍編成
と言えるでしょう。
       都市部はかなり発達していますが、広大な国土の大部分は砂漠か草原。さらに一年の半分以上が氷点下とい
      う厳しい気候にも関わらず、7月だけは40℃近くまで気温が上がるとの事。とは言え基本的に乾燥した気候
      なので、それほど過ごしづらい事もない様です。
       伝統的な食文化については、長年の遊牧民族暮らしの名残か羊やラクダ、馬などの肉食がメインで、乳製品
      や内臓、さらには血まで使った保存食
が発達しているそうです。牧草を求めて草原を転々とする生活方式がベ
      ースになった故か、大掛かりな調理設備を必要としないシンプルな料理法が殆どで、もっぱら塩漬け、干物、
      燻製、発酵食品等
の持ち歩く事が出来る長期保存食に頼っていた模様です。
       しかしこの辺りは、まさに戦闘糧食の思想そのものなのが興味深いですね。何百年もかけて日常生活の中で
      磨き抜かれた食文化が、そのまま戦闘糧食に繋がっている
のです。定住型農耕民族の末裔である私としては、
      非常に興味をそそられます。

       さて、早速戦闘糧食を見て行きましょう。『Жеке Тамактану Рационы МӘзір2』とは、概ね『個人
      用配給
食料 メニュー2』という意味合い。朝昼夕3食に分けてパッキングされた一日分の糧食はかなりの重
      量感で、それぞれが円筒形に膨らんでいるところから察するに、恐らく缶詰がメインとなっている模様です。
       パッと見が鍛えられた腹筋の様ですし、全体のOD色もあいまって非常にマッチョな印象。陸自の非常用糧
      食を3つ繋げると、似た感じになるかもしれません。

       上部には持ち手となる楕円形の穴があり、朝昼夕と食べる毎に下から切り離して小さく出来るところは、
      計なものは極力持たず、荷物は出来る限り小さく軽く・・・
という、移動生活を常とする遊牧民族特有の合理
      精神
が伺えます。
       表面には朝昼夕3食分のメニューがカザフ語ロシア語の2種類で表記され、なんだか物々しい雰囲気。書
      いてある内容は同じなので、どちらか片方だけ調べればだいたいの内容は把握できますが、折角なので両方と
      も訳してみました
。その分かなり手間暇がかかりましたが、こういう作業をネチネチ楽しめてこそマニアとい
      うものです(笑)

       パッケージ裏面にはロット番号やメニューNo、賞味期限や保管方法、総カロリー数や簡単な栄養成分、製
      造元がこれも2言語で記載されていました。それにしても保管条件が0℃~20℃までというのが、いかにも
      寒い国のそれだなあ。ちなみにこの糧食を入手したのは夏真っ盛りの8月で、室内も外気温も余裕で30℃を
      上回る状態
でしたが、まあ少しぐらいなら大丈夫か。ちなみに総カロリーは3食合わせて3394kcal
      兵士の体を支える戦闘糧食としては、まず標準的なエネルギー量でしょう。



【内容】
1:肉・野菜のミレーの粥
2:肉と野菜と蕎麦の粥
3:レバーペースト
4:野菜のシチュー
5:ビーフシチュー
6:フルーツジャム×2
7:紅茶の高級ティーバッグ×3
8:小麦粉のガレット×6
9:砂糖パック×8



       さて、まずはтанҒы ас(朝食)です。薄いアルミ包装のパッケージを開封すると、厚手のビニー
      ルにくるまれた一食分の缶詰類が出てきました。意外と厳重な二重包装ですが、現場ではこの一枚の袋がいろ
      いろ使えて便利
だったりするんだろうなあ。
       それにしても、一つ一つの食品パッケージが妙に明るい緑色なのが気になります。全体の包装の色調はいか
      ついOD色なのに、中身はやけにポップな色遣い。とは言え、これはこれで広大な草原の色合いに見えなくも
      なく、現地での迷彩効果を十分に考えた上での配色なのでしょう。

       まずはПакеттелген жоғары сұрыпты кара шай(紅茶の高級ティーバッグ)から開封です。お湯
      を沸かしてカップに注ぎしばらく待つと、味も香りもごく普通の紅茶が出来上がり。私は紅茶に関してはまる
      っきりの素人ですが、うーん、高級と銘打ってある割には大した味ではないような・・・まあコストありきの
      戦闘糧食ですからね(笑)。
       あと、この一杯分の紅茶に10gПакеттелген қант(砂糖パック)が2つも付いてくるのが凄いなあ。
      普通スティックシュガーって、3~5gぐらいですもんね。
       試しに1パック全部入れてみたのですが、これがもう甘々(笑)。子供の紅茶かよ!と、突っ込みを入れて
      しまいましたが、よく考えてみると一年の半分以上が氷点下の気温となるカザフスタン。暖かく高カロリーな
      飲み物の有難さ
は、私達の想像以上なのかもしれません。まさに命を支える10gの砂糖。この土地ではダイ
      エットシュガー下さい
なんて言う方が、遥かに生きる事を舐めている、と言えるのでしょう。

       それにしても、温かい飲み物が必須の土地なのに、糧食の中に固形燃料や加熱剤の類が含まれていないんで
      すね。ストーブ類を普通に個人携帯するのがカザフスタン軍のスタイルなんでしょうか?
       「はぁ?お湯が欲しい?お前もカザフの男なら、それぐらい自分でなんとかしろ!」
       と、戦闘糧食に怒鳴られた気がしました。ううう、面白半分の日本人で済みません・・・。
       続いては、Бидай Ұнылдн немесе 2 сҰрыпты бидай Ұнынан жасалҒан галаттер(小麦
      粉のガレット)。ロシア語の方を訳すると、2等級の全粒小麦粉のビスケットとありますね。日本に来るまで
      に相当な物理的衝撃を受けたのか、袋の一部が裂けている上に中身の約半分が砕けていますが、ひと袋6枚入
      り、合計12枚のビスケットが出てきました。

       どうやらパッケージ破損による品質劣化はなさそうですが、こわごわひと口。ほほう、カリカリサクサクモ
      サモサ
した口当たりの、なかなか美味しいビスケットですよ。味つけはほとんどありませんが、穀物らしい微
      かな甘味
ざらざらした繊維感が豊富で、何枚食べても飽きのこない味わい。甘い紅茶との相性もいい感じで
      す。
       イタリア軍やフランス軍、イギリス軍の戦闘糧食に入っていたビスケットの様な驚きの美味ではありません
      が、この穀物らしい僅かな青臭さが草原の匂いを、そして生地に練り込まれたバターが羊独特の乳臭さを連想
      させ、まさにこれ一枚でカザフスタンの大地を感じさせるこの絶妙の味わい。うーん、じんわりと時間をかけ
      て効いてくる美味さだなあ。
       二つ入っているЖеміс‐жидектен жасалҒн повидло немесе джм(フルーツジャム)を開封。し
      かしそのうちひとつはビスケット同様にパッケージが破損していて、浸み出したジャムが他の食品類をべたべ
      たに汚しています
。内部には空気も入り込んでいる様ですし、これヤバいんじゃないかな・・・。という訳で、
      まずは傷んでいそうな方のジャムから食べてみましょう

       ぱっと見は甘い香りを放つジャムそのもの。リンゴのイラストがあるのでアップルジャムと思われます。や
      や怯みながらも一呼吸置いて、まずは一口。
       うぐぐ・・・これは・・・普通に美味しいリンゴジャムです。摩り下ろしりんごに砂糖を加えて煮詰めた感
      じで、自然な風味がなかなかイケますよ。そう言えば以前試食したロシア軍戦闘糧食にもよく似たリンゴジャ
      ム
が入っていましたが、あっちの方ではリンゴは摩り下ろしてジャムにするのが普通なのでしょうか。
       それにしてもこのジャム、せっかく2つ入っているので、砂糖の代わりに紅茶に入れてロシアンティーにし
      た方が楽しめたかも。よし、もうひとつは取っておいて、夕食の紅茶に使ってみましょう
       お次は2つある小さな缶詰のひとつ、Бауыр иаштеті(レバーペースト)を開封です。簡単にパッカン出
      来るEO缶ですが、うっ、開封した途端にムワッとたちのぼる生臭いニオイ・・・なんかネコ缶みたいだなあ。
      缶自体に異常はないので腐っている訳ではなさそうですが、恐る恐る一口。

       うぐぐ、これは生臭いというよりモロに血の味わいです。ザラザラボソボソな食感とあいまって、雑に作ら
      れた感じが否めません
。私はレバーペーストが好きで、ポーランド軍戦闘糧食に入っていたレバーペーストは
      今でも忘れられない美味ですが、この過剰な野性味はちょっとツライかも・・・。
       なんというか、生臭みを抜こうとか全然考えてない、レアな内臓そのものの味わい。けっこう何でも食べる
      私ではありますが、正直これはかなり食べづらい・・・。せめてここに僅かな塩気があれば、少しはマシにな
      ると思いますが。
       ここでハタと気がつきました。そもそも内陸国であるカザフスタン、昔は塩は結構な貴重品だったのでは?
      塩湖であるカスピ海やウラル海に近い地域は別として、交通インフラや通商の概念が未発達だった昔は、塩分
      は家畜の内臓や血から補給するしかなかったのかも。
       「はあ?内臓臭い?血抜きをしたい?バカかお前は!!
       と、またしても戦闘糧食に怒鳴られた気分。ううう、いい歳して今回は怒られてばかりだな俺・・・。思わ
      ず引いてしまうレベルのこの血生臭さも、厳しい環境下で生き延びるための長年の知恵だったんですね。

       戦闘糧食の怒りの矛先を反らす様に、КӨкѲністен жасалҒан рагу(野菜シチュー缶)を開封。うおっ、
      なんだこりゃ。真っ赤でドロドロした怪しい粘液が入っていますよ。これにも怒られちゃうのかなあ・・・
      怯えつつ、渋々スプーンを突っ込んで食べてみると・・・へえ、これ、けっこうイケますね
       かなりクドくて酸味の強いトマト味ですが、もう一口もう一口と後を引く味わいです。キツイ酸味が唾液の
      分泌を促し、水分の少ないビスケットがとても食べ易くなるのが有難い。
       入っているのはトマト、タマネギ、チリ、ズッキーニ、セロリ、あと何かの小さい豆かな?食べているうち
      にじわじわと辛味が効いてくるのも、味にメリハリがついていい感じ。非常に濃厚なガスパチョみたいだなあ。

       そしてこの、野菜シチューとビスケットの相性がたまりません。もっさりと重く血生臭いレバーペースト&
      口の中の水分を全部持って行くビスケット
という厳しい組み合わせに、まるで救いの天使が降りて来た様。こ
      の野菜シチューを五割増しにして、レバーペーストを半分にしてくれたら言う事なしなんですけどねえ(笑)。
       それにしても、やっぱり缶詰の戦闘糧食っていいもんだなあ。確かにレトルトはお手軽ですし、最近は日持
      ちもする様になりましたが、缶詰の隅に残った野菜をカコカコとスプーンでつついてほじり出すこの感覚。レ
      トルト食よりも、遥かに食事をしている!という気分が味わえます。
       ここで口の中の酸っぱさを、ぬるくなった甘い紅茶で洗い流します。ああ、やっぱりこれ位砂糖を効かせた
      紅茶の方が、酸味の強い野菜シチューに対抗できます
ね。なるほど、砂糖を過剰に用意する意味はカロリー摂
      取以外にもちゃんとあったんだ。

       ごく簡素ではありましたが、なかなかの美味でしたよ、カザフスタン軍戦闘糧食の朝食パック。血生臭いレ
      バーペースト&濃厚すぎるガスパチョみたいな野菜シチュー
と、けっこうキツイ味わいのメイン2品は日本人
      の舌には馴染まない気もしましたが、よくよく考えてみれば梅干し、納豆、味付け海苔、生卵といった純和風
      ラインナップの朝食を前にしたカザフスタン人の心境
は、今の私のそれを遥かに上回る衝撃なのでは。ええい、
      おまけにくさやの干物もつけてやれ!どうだカザフスタン人(笑)!
       問題のレバーペーストですが、せめてコーヒーと組み合わせればもう少し食べ易かった気がします。紅茶で
      はあの強烈な生臭さを逆に際立たせただけでしたし。うん、やはり肉食にはコーヒーの方が合うんだろうなあ。

       とは言え、遊牧民族の食事が原点であるカザフスタン軍戦闘糧食の醍醐味みたいなものは、存分に味わう事
      ができた気がします。そりゃ自衛隊の非常用糧食の方が遥かに日本人の口に合いますし、味覚で言えばフラ
      ンス軍やイタリア軍のそれとは比べ物になりません。しかし、単純で新鮮な驚き未知のものに突き当たる興
      奮
、そしてそこから何らかの答えを導き出せた時の高揚感は、やはり初めて対戦した戦闘糧食ならではの経験
      です。
       立場を変えて物を考えるという事は、何年生きても、いや、年齢を重ねるほど難しくなるものなのかもしれ
      ないなあ・・・と、カザフスタン軍戦闘糧食に怒られまくってようやく気がついた朝食でありました。

       続いてはTYCKI AC(昼食)です。こちらは大ぶりの缶詰が2個も入っていて、かなりのボリューム
      感
。朝昼夕3食中で最も食べ応えがありそうです。しかしその重量を支える為に犠牲となったのかБидай Ұн
      ылдн немесе 2 сҰрыпты бидай Ұнынан жасалҒан галаттер
(小麦粉のガレット)は二つと
      も潰れていて、パッケージからは粉々になったビスケットの欠片がざらざらと出て来ました。とは言え品質の
      劣化はなさそう
ですし、食べる分には問題ないでしょう。

       気を取り直してПакеттелген жоғары сұрыпты кара шай(紅茶の高級ティーバッグ)にお湯を注
      ぎ、Ет-өсімдік консервілерінің түр-түрі   Тарыботқасы(肉と野菜のミレーの粥の缶詰)から食べて
      みます。
       このミレーというのが、食材の名前なのか調理法なのかメーカー名なのかよく分かりませんが、お粥なら温
      めた方がいいのかなあ・・・と思いつつ開缶すると、なんだか薄ピンク色と黄色のつぶつぶが沢山固まったも
      のが出てきました。全体を白い脂肪で固められ、果たしてこのまま食べていいのかなあ。スプーンでこそげと
      る様にして、まずは一口。

       んん~?味らしい味は殆ど無く、ぼそぼそと湿った鳥のエサみたいな食感です。やたらと脂肪臭い中に微か
      な肉の香りがありますが、細かく砕いた生のジャガイモとアワ、ヒエの類を水っぽい脂肪で固めた様な感じで、
      これはお世辞にも美味しいとは言えないなあ。
       微かな塩味がありますが、食べていても砂を噛む様な気分というか、正直食べれば食べるほど元気を失う一
      品
。うーん、これはやはり温めて食べるべきか。
       どんよりとした気分を振りきる様にして、もう一方の缶詰である《БҰктырылҒан сиыр еті》 ет 
      консервілері
(ビーフシチュー缶)を開けてみましょう。それにしてもビーフシチューか。もちろんカザフス
      タンっぽいアレンジ
はあるでしょうけど、それはそれで面白そうですしこれは期待していいのでは・・・と思
      いましたが、んんんん~?これもなんかおかしいぞ?

       パッカンした蓋の裏には白い脂肪が大量に垂れさがり、缶の内部にはコンビーフを水に溶いた様な濁った汁
      
が溜まっています。なんだか飲食店のグリストラップを覗きこんだみたいな、著しく食欲を失わせる見た目
       恐る恐るスプーンを突っ込んで内容物をサルベージしてみると、おや?意外と大きな肉の塊が出てきました
      よ。ブヨブヨとした脂肪分が不気味ではありますが、勇気を出してひと口いってみます。
       うーん・・・あっさりしたコンビーフみたいな感じ?塩味がはっきりしているので見た目よりも食べ易くは
      ありますが、普通に食べればいいコンビーフをわざわざ水煮にして不味くしたような、絶妙なガッカリ感が漂
      います。悪い意味で塩味だけに頼った味というか、ぼそぼそした妙な粥と相まって食べているうちにどんどん
      気分が荒んでくる
のがわかります。

       やはりこれも温めて食べるべきという結論に達し、いささか反則気味ではありますが、二つとも別皿にあけ
      てレンジアップしました。カザフスタンの平原に電子レンジがあるのかよ!と怒られそうですが、折角入手で
      きた貴重なカザフスタン軍戦闘糧食、真の実力を知らないまま食べ終わるのは幾らなんでも勿体ない話です。
       どうせ加熱するなら、外でを焚いて温める方が気分が出ますが、この缶詰のラベルが粗末な紙製なので直
      火ではあっというまに燃え尽きそう。私は食べ終えた後の容器も保存するので、それだけは避けたいですから
      ねえ。
       という訳で温め終わった缶詰2品。まずは《БҰктырылҒан сиыр еті》 ет консервілері(ビーフシ
      チュー缶)から行ってみましょう。ほほう、肉の表面を覆っていた脂肪分やゼラチン質が加熱で煮溶け、いか
      にも肉の塊らしい見た目
になりました。想像していたビーフシチューとは随分違いますが、とりあえず一口。

       おお、これは美味い!確かに味付けの殆どを塩に丸投げしたような塩梅ではありますが、塩と熱が牛肉の旨
      味をストレートに引き出していて、シンプルながらも実に深みのある味わい
。赤身と脂肪の旨味も一気に活性
      化し、これはビーフシチューでもコンビーフでもなく、ドイツ料理のアイスバインに近いですね。もっともあ
      ちら豚肉、こちらは牛肉ではありますが。
       もう一方のЕт-өсімдік консервілерінің түр-түрі   Тары ботқасы(肉と野菜のミレーの粥の缶詰)で
      すが、こちらも温める前とは劇的に変わりました。片栗粉を入れた固めの卵焼き・・・いや、柔らかめの高野
      豆腐
を粉々に砕いた様な口当たりで、白米の様なモチモチ感こそありませんが、主食としてはギリギリ合格レ
      ベル
でしょう。美味しい!という一品ではありませんが、ボソボソした食感と冷え固まった脂肪のクセがなく
      なるだけで、一気に食べ易くなりました。

       それにしてもこのビーフシチューの塩味と脂っ気が、茫洋とした味わいのといいコンビだなあ・・・ん?
      待てよ?これは別々に食べるより、一緒に混ぜた方がお互いの持ち味を生かす事が出来るのでは?
       という訳で粥を皿の端に寄せ、そこにビーフシチューをかけてみました。かなり犬の残飯っぽい見た目では
      ありますが(笑)、カレーライスみたいでちょっと美味しそうですよ。お米ではないものの、さながらカザフ
      スタンライスと
でも言えばいいのかな?とりあえず食べてみましょう。
       おおおおお、これは美味い!ぼんやりとした粥がビーフシチューの塩味をいい具合に緩衝し、脂肪とゼラチ
      ンのヌルヌル感が水っぽい粥を程良く包み込む感じ。これは初めからこうして食べるべきだったなあ。
       それにしてもこのシンプル塩味、悪くありませんね。塩分に乏しい内陸の草原地帯にあって、やっと貴重な
      塩分に出会えた有難さ
を感じます。野生動物が獲物を狩った時は、肉より先に塩分の多い内臓に喰らいつくと
      聞いた事がありますが、今ならその気持ちが分かる気がします(笑)。

       必要以上に大口を開けてかき込んでしまう様な、なんとも心地よいワイルドさ。お洒落BBQ等では決して
      味わう事の出来ない、より生命の根幹となるものにかぶりつく感覚です。うーん、この荒々しい食べる喜びは、
      ある意味よく出来過ぎたフランス軍やイタリア軍の戦闘糧食にはないものかも。強いて言えば、無骨極まる個
      性
を見せてくれたポーランド軍の戦闘糧食に近い雰囲気を感じます。
       いやあ、ほんと美味しかったです!適当に作ったカザフスタンライス(笑)でしたが、3日ぶりの獲物であ
      るガゼルを骨までむしゃぶりつくしたヒョウ
のような、実に満ち足りた気分。残ったクッキーと冷めた紅茶
      その余韻にじんわりと浸っていると、野生動物から徐々に人類に戻っていく様。パンツをはいた文明人として
      は、先程までの原始人の様な自分の食べ方に若干の羞恥心を覚えてしまいます(笑)。

       そしてこの紅茶の穏やかでストレートな渋みが、口の中に残った脂肪のしつこさをいい感じで洗い流してく
      れました。本能のままに意地汚く喰いまくった私を、優しくクールダウンしてくれるこの安堵感。お世辞にも
      高級茶葉とは言い難いティーバッグですが、食後の一杯という意味ではこの上なくいい働きをしてくれました。
       戦に明け暮れ天下人となった太閤秀吉が、茶の湯に本当に求めていたものとはコレだったのか・・・等と変
      な事を考えつつ、満腹感とはまた違った不思議な満足感にひたれた昼食でありました。

       最後はКЕШКІ АС(夕食)です。Пакеттелген жоғары сұрыпты кара шай(紅茶の高級ティー
      バッグ)にお湯を注いだ後は、いきなりメインのЕт-есімдік консервілерінің түр-түрі Қарақұмық
      ботқасы
(肉と野菜と蕎麦の粥)からいってみましょう。
       開封してまず気がついたのが、何かが焼け焦げた様なアロマ。なんだこりゃ?まるで火事の跡地にいる気分
      
というか、木材を燃やした後の様な奇妙な香りが漂っています。沢山入っている蕎麦の実は、甘皮をつけたそ
      のまんま。米粒よりも噛み応えがあり麦よりも荒々しい、独特の食べ応えが期待できそうですね。
       一見して脂肪分に固められている風に見えますが、スプーンでつつくと簡単にほぐす事ができ、意外とあっ
      さりっぽいなあ。汁気もしっかりありますし、まずはこのままでひと口頂いてみましょう。

       うーん、味の方向性はお昼に食べた Ет-өсімдік консервілерінің түр-түрі   Тарыботқасы(肉と野菜
      のミレーの粥の缶詰)と同様、ほぼ塩味のみに頼った感じです。ただ、こちらの方は独特のスモーキーフレイ
      バー
があるぶん朝とは違った変化が感じられます。
       冷え切った蕎麦の実は半茹での栗というか緩んだクワイみたいな食感で、そのまま食べる事が出来ない程で
      はありませんが、やはりこれも温めて食べた方が美味しい気がします。
       という訳で、昼食同様にレンジアップ。おお、この不思議なスモーキーフレイバーが、加熱により一層際立
      つ感じ。蕎麦の実も独特のモチモチ感を取り戻し、肉が持つ肉らしい味わいも目を覚ましました。やはり温め
      た方が断然美味しいなあ。

       沢山入っている肉は牛肉をほぐしたものかな?いや、よく見ると鶏肉っぽいものもありますね。いかにも鶏
      肉らしいあっさりと柔らかい繊維が感じられ、さっぱりした風味が塩味とよく合っています。
       それにしても、肉にも蕎麦にも焦げ目らしいものは見当たらないのですが、この焦げた香りは一体・・・あ、
      これはもしかして燻製肉を使っているのかな?草原を放浪する遊牧民族の生活を考えると、軽くて持ち運びや
      すく長期保存が可能な燻製肉蕎麦の実を使った料理は、極めて合理的なメニューと言えるでしょう。それな
      らこの強い塩味にも納得がいくなあ。
       蕎麦の実の粥という日本人には珍しいメニューに目を惑わされましたが、この缶詰は遊牧民族であるカザフ
      スタン人にとっては基本中の基本の味
だったんですね。

       それにしても、燻製肉と蕎麦の実を炊いただけというこの素朴かつ荒々しい料理の美味さ、たまらないもの
      がありますよ。一見して粗野で無技巧な一品ですが、栄養価は十分ですし、カザフスタンという特殊な環境に
      おいて非常に理にかなった料理
なんですね。まさに生活に根差した英知、食文化の結晶と言えるでしょう。
       いやあ、このモチモチした蕎麦の実が美味しいなあ。野卑な甘皮のざらついた食感が逆に不思議な雅さを感
      じさせ、じんわりと浸み入る様な旨味になっています。私は麦飯が好きで、毎日3食麦飯が出てくる刑務所ラ
      イフにほのかな憧れすら感じている
のですが(コラッ)、蕎麦の実もイケますね。でも蕎麦の実ってなかなか
      売っていませんし、あっても高そうだなあ。

       ひと息ついたところで朝残しておいたЖеміс‐жидектен жасалҒн повидло немесе джем(フルー
      ツジャム)を、Пакеттелген жоғары сұрыпты кара шай(紅茶の高級ティーバッグ)に入れてロシ
      アンティー風にして楽しみます。ほほう、渋みが強く安っぽい紅茶が、フルーツジャムのお陰で少し飲みやす
      くなりました。
       ジャムをそのままで食べていた時にはあまり感じられなかった酸味が際立っているのが不思議ですが、お陰
      で燻製肉の旨味と塩味に疲れた舌をすっきりリフレッシュさせてくれる感じ。悪くないですね。
       そしてこのБидай Ұныдн немесе 2 сҰрыпты бидай Ұнынан жасалҒан галаттер(小麦
      粉のガレット)も、燻製肉の旨味と塩味、フルーツジャム入りの紅茶の酸味によって穀物独特のほのかな甘み
      を引き出されている感じ。ああ、これはビスケット単品で食べるよりも、このメニューの中に組み込まれてこ
      そ発揮できる個性
ですね。あまりに茫洋としているので殆ど気付かなかった、大地の力強い甘味のようなもの
      を感じます。

       冷たく乾いた風が吹き抜ける冬のカザフスタン、気温は氷点を遥かに下回り、凍りついた大地はあらゆる生
      物の体温を奪います。しかしやがて若々しい新芽が草原一面に広がり、生命の息吹が感じられる春がやってく
      る・・・このビスケットが隠し持っている素朴で力強い甘さは、それに通じるものがありそう。

       いやはや実に面白い経験でした、カザフスタン軍戦闘糧食。品目は少なく味もやや単調なので、他国の一流
      どころの戦闘糧食と比較すると一枚も二枚も落ちるのは仕方ありませんが、砂漠と草原をさすらう遊牧民族の
      生活に根差した地域性
が色濃く反映され、食べていて非常に想像力をかき立てられる独特の個性がありました。
       一つところに住居を構えず、限られた食材、限られた調理設備、そして限られた時間の中で、厳しい環境に
      立ち向かえるだけの体力を確保する命の食事・・・これぞまさに、戦闘糧食の本質そのものと言えるでしょう。
      そんな長年の伝統と英知を静かに湛えたカザフスタン軍戦闘糧食に対し、いち戦闘糧食好きとして心の底から
      敬意を表したい
と思った試食でありました。




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