かしま牛舌カレー


       さて、今回は『かしま牛舌カレー』です。TV3508練習艦かしまは練習艦隊の旗艦。海上自衛隊幹部候
      補生学校
を卒業した若き幹部のタマゴ達が学ぶ、洋上の学校であります。最初から練習艦として建造されたと
      いう世界でも珍しいタイプの艦で(ほとんどの国は古い艦艇を改修して使用)、広い実習講堂各種シミュレ
      ーター装置
を完備。実習に使いやすい様に艦橋や機関室、CIC(戦闘指揮所)は最初から大きめに設計され、
      女性自衛官用の区画も完備されています。
       海上での実習を積み重ねながら国内各地を回ったあとは、約半年かけて諸外国を巡る遠洋航海に出かけ、各
      国に寄港しては現地のVIPを招いてのレセプション食事会が行われるため、艦内の一部はまるでホテルの
      如き豪華な内装
。選抜される給養員も当然選りすぐりの腕利き揃いという、ある意味非常に〝美味しい艦〟
      あります。
       そんな練習艦かしまで毎週金曜昼に提供されるかしまカレー、試食前から大きな期待を寄せてしまうのは当
      然でしょう。ワクワク感を抑えながら、まずはパッケージから見て行きます。

       バックの濃紺地は呉海自カレーシリーズ共通ですが、艦橋構造物のあちこちに張り巡らされている純白の手
      すりカバー
(・・・という名称でいいのかな?)のお陰で、海の青さがさらに強調されている感じ。体験航海
      等でもこのカバーが使われる事がありますが、護衛艦の場合は船体と同じ暗灰色なので、かしま程のインパク
      トはないんですよね。乾舷の高さもあって、一目でかしまと分かる絵ヅラがいい感じです。
       箱裏面には海自と呉の成り立ち呉海自カレーについての説明があり、練習艦かしまからレシピの提供を受
      けたクレイトンベイホテルで商品化されているかしまカレーの画像があしらわれています。上品な色使いのお
      洒落な食器、いかにもホテルのレストランだなあ。

       さて前置きはこれ位にして、さっそく温めたカレーをお皿にあけてみます。おお、ニンジンとジャガイモが
      大きい!
なるほどこれは若手隊員が喜びそうな迫力です。そしてあちこちに散らばっている、15mm大の塊
      が牛タン
ですね。てっきり薄切り状かと思っていましたが、予想外のゴロゴロ感があって嬉しいなあ。さっそ
      く一口。
       ほほう、なるほどなるほど。分厚く太い甘さを微かな苦みで引き締めた、どっしり系の味わいです。希望に
      胸を膨らませながら人生の新たな一歩を踏み出す若者には、確かにこの苦みは必要でしょう。具のボリューム
      で若手を応援しながらも引き締めるところは引き締める、なかなか小憎らしい演出と言えますね。
       ドミグラスソースのまろやかなコクも相まって、大きなニンジンやジャガイモが甘く感じます。あらかじめ
      甘味を加えたお湯で下茹でしてあるのかな?と思いましたが、ここでも微かな苦みが野菜の甘さを引き立てて
      いる
様。いい仕事してるじゃないか・・・と、ついほくそ笑んでしまいました。
       牛タンはほろほろの口当たりで、牛タンなのかバラ肉なのかちょっとわかりづらいですが、みっちりざっく
      りと密に絡みあったこの繊維感
はなるほど牛タン。カレーによく合っています。

       それにしてもかしまの給養員長さんは、なんでまたメインの具を牛タンにしたんでしょう。牛タンと言えば
      牛の舌、結構苦手な隊員さんはいるのではないでしょうか。私の知り合いにも、タンやホルモン類は無理!
      いう人がいますし。
       とは言え、これから約半年かけて諸外国を巡る生まれたばかりの3等海尉。一人一人に日本を代表する海軍
      士官
としての振る舞いが要求される、外交官的な立場にあると言っても過言ではありません。そんなネイビー
      オフィサーのタマゴが、寄港先で招待された食事会の席で
       「いやーん、ボク牛タン苦手~、食べられな~い」
       なんて事が許される訳がないのです。つまりこれは、この先様々な試練を乗り越えて行かねばならない
      若手幹部達に対し、練習艦かしまが突き付けた
       「お前らこれから色々あるからな!今更逃げようったってそうはいかないぞ!覚悟しとけよ!」
       という愛の鞭に他なりません。これから羽ばたかんとする若者達に食べさせるに相応しい、まさに練習艦か
      しまにしか出せない一品
だと言えます。

       ・・・と、例によってここまでこじつけまくってふと思ったのですが、中には牛タンなんて平気、むしろ大
      好物!
という人もいるでしょう。私なんかもそのクチで、好き嫌いは殆ど無し(生卵だけは許して)、むしろ
      変なものほど喜んで食べたがるタイプであります。
       幹部候補生学校を卒業したピカピカの3等海尉達を乗せて、晴れて実習航海に出た練習艦かしま。割り当て
      られた居住区では、何でも食べるどころか変なものを喜んで食べたがる若手幹部Kくんと、好き嫌いが多く牛
      タンなんて無理・・・という若手幹部Aくんが同室になりました。そして今日のお昼は牛タンカレーとあって、
      Kくんは朝からウキウキ、Aくんはしょんぼりしています。
       牛タン嫌いだからKくん食べて、なんて甘えが許される訳もなく、この先幹部自衛官としてやっていく為に
      はこれも避けられない試練・・・と涙をこらえ、必死に牛タンに立ち向かうAくん。一方、何も考えず呑気に
      おかわり
をしているKくん。
       慣れない船酔い苦手な牛タンを食べざるを得なかった疲労から、ぐったりとベッドに倒れ込むAくん。い
      っぱいになったお腹をさすりながら、同室の仲間と楽しそうに食後のエロ話で盛り上がっているKくん・・・。

       この場合、一見タフでバイタリティがあるのはどう見てもKくんの方ですが、自分の弱さに正面から立ち向
      かいそれを克服し、幹部自衛官としての心構えが出来つつあるのは断然Aくんの方なのであります。果たして
      どちらの方が成長したか、自分の殻を破れたか・・・
もはや言うまでもないでしょう。
       得体の知れない海外の戦闘糧食を食い散らかし、フィリピン人が持ってきたバロットに舌鼓を打ちながら
       「だって美味しいものをたくさん知ってる方が、断然人生得じゃないですか~」
       と言っていた私ですが、それは好き嫌いが多い人に対してどこか得意になっていたというか、上から目線な
      言葉
だったのでは?これまでも似た様な振る舞いをして、本当の意味での成長の機会を逃していた事に気づい
      ていなかったのでは?私以外の人達がそれを乗り越えてひと皮もふた皮もむけていた事に、私だけが気づいて
      いなかったのでは・・・?

       そう考えると、なんだか気分がどんどん暗くなってきました(涙)。私ももう色んな意味で取り返しのつか
      ないお年頃
です。羽ばたく者よ、おめでとう。そして逆風にさらされる者よ、もっとおめでとう。私はもうダ
      メです。君は私の分まで頑張ってくれ・・・。
       このカレー以外では、こんな事絶対に気づかなかっただろうなあ・・・と遠い目をしつつ、味覚的には大満
      足なのに、すごく微妙な気分で食べ終えた『かしま牛舌カレー』でありました・・・。




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