いずしまカレー


       さて今回は、呉海自カレーシリーズ『いずしまカレー』です。これ以上ないシンプルな名前のカレーで、海
      自に詳しくない人にはどんな役割の艦艇なのかよく分からないと思いますが、MSO687いずしまはすがし
      ま型掃海艇の7番艇。2016年10月まで呉に在籍し、現在はMSO689掃海艇あおしまとともに函館基
      地隊
にて第45掃海隊を構成している、水中機雷処理専門のフネであります。
       濃紺地のパッケージ中央にはちょっと粒子の粗い掃海艇いずしまの画像がレイアウトされ、基準排水量や全
      長、全幅といった基本スペックが記載されています。裏面には海自と呉の成り立ち、呉海自カレーについての
      説明があり、掃海艇いずしまからレシピの提供を受けた呉市内のカレー専門店『カレーのマスター』さんで売
      り出しているいずしまカレーの画像もあしらわれています。
       ちなみに艦名となったいずしまですが、宮城県沖に浮かぶ出島が由来との事。私はてっきり伊豆半島付近に
      ある島かと・・・またひとつ賢くなりました(笑)。

       前置きはこれ位にして、しっかり温めたレトルトをお皿にあけます。ほほう、随分と明るい色のカレーだな
      あ。オレンジがかったライトブラウンで、福神漬けに近い色合いですね。まずは一口味わってみます。
       ほほう、これはまた・・・トマトの甘酸っぱさが生きた、なんとも軽やかな味わいです。程よい辛さもいい
      塩梅で、実に爽やかな印象。何より素晴らしいのが、自身の個性をしっかり主張しつつも、あくまで全体を引
      き立てるにとどまっているトマトの使い方
です。恐らく完熟のトマト缶を使っていると思われるので、夏野菜
      としてのトマトの味わいとは少し違いますが、爽やかに甘くすっきり酸っぱいこの個性は、やっぱり夏が一番
      似合う
気がしますね。

       ただ唯一気になるのが、この見た目のおとなしさ。目視確認できるのは1cmぐらいの鶏肉が5、6切れの
      み
で、具としての野菜の姿はありません。レトルト故に具の大きさに制限があるとは言え、さすがにこれは
      ょっと寂しい見た目

       とは言え、食べ進むほどに感じられる地味に完成度の高いこの味わい。かなりのレベルにあるカレーだと言
      えます。原材料表示を見ても特に珍しい食材が使われている訳ではありませんが、かといって工夫がないとは
      思えない。むしろどこにでもあるありふれた材料目立たない手間暇目立たない工夫を積み重ねた結果とし
      て、この見事なひと皿が完成しているというべきでしょう。
       そしてそれは、長年表舞台に立つ事なく、裏方としての役割を粛々とこなし続けてきた掃海部隊の在り方
      も重なって見える気がします。1991年から始まった自衛隊初の海外派遣任務であるペルシャ湾掃海部隊派
      遣
。政治的な事情から他国より遅れて現地入りした海自掃海部隊に割り当てられたのは、潮流が速く透明度の
      低い他国が敬遠した非常に厄介な海域でした。

       今でこそ他国に引けを取らない装備を誇る掃海部隊ですが、当時手元にあったのは他国掃海部隊に比べては
      るかに劣る装備品ばかり
。予算の厳しさから正面装備にばかり予算が割り当てられた事情があったとは言え、
      当時の掃海部隊が現地で味わった労苦は筆舌に尽くしがたいものがありました。
       しかしそんな逆境の中で数多くの水中機雷を処理し、『金は出しても汗は流さない』と揶揄された日本の国
      際的評価を一変させる大きな働き
をやってのけたのが、その掃海部隊なのです。
       足りないものを挙げればキリはありませんが、頭を使い体を使い、地味な努力と工夫を積み重ねて目的を完
      遂する・・・
これはある意味自衛隊そのものの在り方ですが、そのスピリッツを国際社会で一番最初に体現し
      て見せたのが、他ならぬ海自掃海部隊
だったのです。

       ここで少し妄想・・・いや空想の翼を広げてみましょう。海自各部隊の精鋭給養員達が秘密裏に集められた
      某離れ小島。集落に一軒だけある小さな古びた食料品店の店先にて、訳もわからず戸惑う給養員達の前に現れ
      た謎の部隊長。
       「この店にある材料だけで、お前達に出来る最高のカレーを作ってみせろ!」
       およそ豊富な品揃えとは言い難い食料品店の棚に並んでいるのは、粗末な材料ばかりです。
       「ええっ?チャツネもブーケガルニもヨーグルトもないの?」
       「マンゴーペーストとココナッツミルクがなかったら、うちのカレーになんないよ!」
       「給養員長!赤ワインがどこにも見当たりません!」

       狭い店内を右往左往する給養員達。そして店番のおばあちゃんは
       「ふぉんどぼー?ふぇめどぽわぞん?ちきんこんそめ?なんじゃそりゃ!そんなもんかつお節でダシとっと
      きゃええやろが!」

       と、入れ歯を飛ばしながらキレてしまいました。

       そんな修羅場の中、手に入る材料だけで最も質を落とさないカレーを作って見せたのは、他でもない掃海部
      隊の給養員でした。
       「ほほう、ここにある材料だけで、よくこれだけの味に仕上げたな・・・」
       にやりと笑う部隊長。
       「以前に比べれば立派な装備品も増えましたが、それでも根っこのところは変わりませんから。掃海屋魂を
      舐めてもらっちゃ困りますよ(笑)」

       と、不敵に笑い返す掃海部隊の給養員長・・・。
       そんな一幕が、カレーを食べている私の脳内で展開されていました。そういう意味でもこのカレーは、掃海
      部隊に配属されたばかりの若手隊員にこそ食べてもらいたい
ですね。この地味でシブい一皿のカレーに、先人
      達が積み重ねて来た思いがどれだけ込められているのか・・・それに気づいてからが、一人前の掃海部隊の隊
      員としてのスタート
だと思います。

       ただこの場合ちょっと疑問に思えてくるのが、このカレーが金曜カレーとして相応しいかどうか。確かに掃
      海部隊の精神が詰まった素晴らしいカレーだと思いますが、微妙な説教くささが気になります(私の一方的な
      妄想に基づいた勝手きわまる解釈ですが・・・)。上陸を翌日に控えた金曜のお昼に食べるカレーなら、もう
      ちょっとウキウキ感があってもいい
気がするんですよね。
       そういう意味では、このカレーは金曜よりも月曜の方が似合う気がします。楽しい上陸を終え、また厳しい
      訓練が始まる月曜日。どこか浮ついた気持ちをハードな掃海屋モードに切り替える為にも、己のあるべき姿
      ついて静かに教え諭してくれるこのカレーがベストでしょう。
       最高の一皿とは、そして最高の金曜カレーとは一体何なんだろう・・・。そんな事を改めて深く考えさせら
      れた『いずしまカレー』でありました。




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