おお、ぱっと見の牛肉の大きさに目が吸い寄せられますね。文字通り“ほおばる”サイズの角切り牛肉
が4つ、堂々たる威容を見せつけています。一人前で520円と、この手のカレーの中では高価格帯に入
りますが、割高感を補って余りある見た目の美味しさを感じさせます。まずは一口。
ほほう、これはこれは・・・。価格に見合った実に美味しいカレーです。牛肉独特の骨太で重量感のある
味わいが最初にドスンときますが、そこにタマネギの瑞々しい甘味が加わって、濃厚なのにしつこくなく、
軽やかなのに薄くない、非常に高い次元でバランスが取れている感じ。
牛肉の威風堂々ぶりと比べると、ジャガイモとニンジンはまるであられの如き極小カットではありますが、
これは以前試食した株虫qの『魚藍亭 元祖よこすか海軍カレー』と同じなのが興味深いですね。実際に
魚藍亭で食べた経験はないのですが、この野菜のサイズは魚藍亭のこだわりなのでしょうか。
ただ、牛肉も野菜も細かく刻んで火の通りと味の均一感を重視していた(・・・と私は解釈しました)株
子版と比べると、こちらの潟с`ヨ版は超アンバランスと言ってもいい位に牛肉がでかいです。同じ店の
カレーなのに不思議な気がしますが、株虫q版が科員食堂で水兵達が時間に追われながらかき込むカ
レーだとするなら、こちらの潟с`ヨ版は、それこそ士官達が給仕つきの士官室で食べる様な、ワンラン
ク上のカレーなのではないでしょうか。
そう考えると、母体となるカレーソースの方向性は同じなのに、メインを張る牛肉の格差が非常に大き
い事にも納得がいきます。現在の海上自衛隊とは違って、旧海軍では水兵と士官の間には給与や食事
内容に天と地ほどの差があったらしいので、その名残がこんなところにも表れているのかも。
とは言え、誤解しないで頂きたいのですが、魚藍亭の名を冠したこの2つのカレー、どちらが上でどちら
が下などと無粋な事を言うつもりは毛頭ありません。豪華な士官室のカレーも庶民的な科員食堂のカレ
ーも、どちらも等しく愛しく美味しいカレーなのです。
もし私が明治時代にタイムスリップして戦艦三笠の客人となり、艦長直々に「士官室と水兵食堂、どっち
のカレーを食べたいの?」と聞かれたら(子供の妄想かよ)、一瞬の躊躇もなく「どっちも食べたいです!」
と言うに違いありません。
結局のところ、間口と奥行きに応じてそれぞれがそれぞれの立ち位置で楽しめる、実にディープな世界
なんでしょうね、海軍カレーって。
あと食べている途中で少し気になったのですが、確かに美味しいカレーなんですけど、他の海軍カレー
に比べると妙に逸脱した何かがあるというか、不思議な隠し味の様な風味が気になります。上手く言えま
せんが、なんだかハンバーグっぽい味がするというか、もともとハンバーグカレーだったのに、肝心のハ
ンバーグを鍋の底に忘れてしまったかのような・・・。
うーん、なんなんだろうこの違和感は・・・。っていうかこれ、ハンバーグの味というよりも、『洋食の味』の
様な気がします。うん、味と言うと語弊があるので、『洋食テイスト』とでも言えばいいのかな?上手く表現
できないのが口惜しいですが、家庭のハヤシライスと洋食屋さんのハヤシライスの違いというか、家庭の
ハンバーグと洋食屋さんのハンバーグの違いというか・・・。
日本のカレーライス文化発祥の流れとしては、江戸末期にアメリカによって開国を余儀なくされた日本
が、列強各国からその身を守るべくイギリス海軍を手本とした海軍を創設し、そのイギリス海軍の中にあ
ったインドの食文化であるカレーシチューを日本風にアレンジして取り入れたのですが、きっかけがアメリ
カだろうが手本がイギリスだろうが源流がインドだろうが、目の前にある憧れのライスカレーは、当時の人
達にとっては文明開化の象徴たる“洋食”以外の何物でもなかった訳です。
ある意味、明治時代の人達は、私達が想像するよりもずっとおおらかにライスカレーという洋食を受け
入れ、憧れていたのかもしれません。これは数ある海軍カレーの中でも独特の切り口からの解釈を見せ
た、美味しいだけではなく非常に面白い商品だったと言えるでしょう。そういう意味では、他の海軍カレー
とは袂を分かった様な一風変わったパッケージデザインも、十分に納得できる気がします。
よこすか海軍カレーのみならず、文明開化期の食文化にまで思いを巡らせる、美味しいながらもどこか
一筋縄ではいかない逸品。ある意味、実によこすか海軍カレーらしいよこすか海軍カレーでありました。
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