江田島海軍カレー
さて今回は『江田島海軍カレー』であります。横須賀をご当地にした海軍カレーはいくつもありますが、江田
田島の名前を頂いたものは随分前に試食した『兵学校のカレー』以来久しぶり。『兵学校のカレー』がバラン
スのとれた見事な美味だったので、この商品の江田島精神にも期待したいところですね。
パッケージには大きな戦艦のイラストが描かれ、沢山のかわいらしい水兵や下士官、士官達が思い思いの
場所でカレーをぱくついているという、とても楽しい情景になっています。郷愁やレトロ感を前面に出したデザ
インが多い中、このコミカルでユーモラスな方向性はかなり個性的。
配食の列に並ぶ水兵さんやうっかりスプーンを落っことす水兵さん、赤フンをなびかせつつ海に飛び込む水
兵さん、カレーを食べながらも警戒を怠らない下士官、何故かカレーを食べながら敬礼している士官・・・など、
描かれた人物一人一人に人格が感じられ、じっと見ていても飽きません。ぱっと見はシンプルながらも実に手
が混んでいるというか、一皿の海軍カレーに込められた作り手の愛情の様なものが伝わってきます。
また、沢山いる乗組員の中から、自分に似たキャラクターを探してみるのも一興かも。この中から私を探し
出すとすれば・・・少し離れたところでマストに寝そべってカレーを食べている士官あたりかなあ。単独行動を
気どりながらもどこか他人の視線を意識している様なトホホ加減が、微妙に被ってる気がします(とほほ)。
パッケージ裏面には旧海軍兵学校(現在の幹部候補生学校)の写真があしらわれ、海軍名物金曜カレーの
由来がシンプルにまとめられています。販売元が江田島市内なのでご当地度は極めて高く、江田島市観光
協会の監修を受けているところも本物度の高さがうかがえます。
さて、それではレトルトを温めて試食です。ぱっと見はいかにも古き良き昔のライスカレーを思わせる明るい
ブラウン。果たしてどのような味わいなのか、まずは一口です。
ほほう、なるほどなるほど。野菜の甘さと炒ったうどん粉ののっぺりしたボリューム感が懐かしい、実に伝統
的な日本のライスカレーです。スパイスは控え目で辛さも程々。今風の手間暇かけまくった本格派カレーとは
好対照ながらも、手抜き感は微塵も感じられない実によく出来たレトロなカレーです。
野菜と果実の優しい甘さがベースになっていますが、食べ進んで行くうちに意外としっかりした辛さに気づか
されます。とはいえ刺激はあくまで穏やかで、甘さと旨みを際立たせるための丁度いい辛さ、といった感じ。
具はメインの牛肉の他に、ニンジン、タマネギ、ジャガイモという定番のラインナップ。カットはどれも大き過
ぎず小さ過ぎず、丁度いい感じです。
そうそう、『丁度いい感じ』。これがこの江田島海軍カレーの真髄でしょうね。いかにも気合を入れ過ぎた訳
ではなく、また価格に見合わないガッカリ感もないこの感覚。食べる方の要求と作り手の能力が丁度釣り合っ
ている安心感というか、内野ゴロでも1点入ってしまう局面においてキャッチャーの要求通りのコースできれい
に三振を取れた様なすっきり感があります。
海軍カレーと言っても艦によってそれぞれ特徴が異なりますし、当時は士官室のカレーと水兵食堂のカレー
とでは内容は全然違います(海上自衛隊では幹部も曹士も同じカレーです)。原点である海軍カレーの間口の
広さ、奥行きの深さが、現代のカレーをここまで自由度の高いメニューとして育てる事が出来た一因とも言え
るでしょう。
その懐の深さゆえに、正しい海軍カレーというものをはっきりと定義しづらい部分も確かにありますが、全て
の海軍カレーの真ん中にいるのが、この江田島海軍カレーの様な気がします。
それでも、あえてこのカレーの立ち位置というか個性を際立たせるとすれば、士官室でも水兵食堂でも鎮守
府の食堂でもなく・・・そうですね、海軍さんの家庭で作られたお母さんのカレーの様な気がします。イギリス海
軍の食文化から入ってきたカレー粉が日本の一般家庭の食卓に浸透し始めた頃の、ちゃぶ台の上に乗って
いた家庭のカレー。これまでの日本にはない味わいながも、どこかほっこりと心を和ませる家庭のカレー。今
思えば、このカレーが時代の最先端を行く洋食の看板メニューだった時代があったんですね。
そして当時の最先端であったこの味わいを、近代日本人の胃袋の原点として楽しんでいる現代人の私がい
る訳ですが、その間には大変な時代があったんだなあ・・・と、食べながら色んな事を考えてしまいました。
インドで生まれイギリスを経由して日本にやってきて、今や国民食としてゆるぎない地位にまで昇りつめた日
本のカレーライス。そもそもの誕生の由来も含めて、これほど激動の時代を生き抜いてきた食べ物もないの
かもしれません。明治期の家庭のちゃぶ台を連想させるほっとする味わいでありながら、そんな時代の背景
にも思いを馳せさせる・・・まさに日本の近代史のひとかけらと言っても過言ではない江田島海軍カレーであり
ました。
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