試験艦あすかカレー

　　　　　　　さて今回は、『試験艦あすかカレー』です。試験艦とはあまり馴染みのない艦種ですが、海自艦艇に新たに
　　　　　　搭載される武装やレーダー、ソナー、さらには塗料などの素材を実際に海上で運用する事でデータを収集する
　　　　　　テストベッド、海上の実験室的な役割を担っている艦であります。
　　　　　　　それ故に外部の防衛関連企業の技術者が大勢乗り込む事も珍しくなく、他の海自艦艇ではまず見る事のない
　　　　　　ものが艦内に普通にあったりする（艦内見学時に探してみよう！）、なかなか個性的な艦です。

　　　　　　　そんな特殊な試験艦あすかの艦内で、金曜昼に提供される試験艦あすかカレー。このたび横須賀海自カレー
　　　　　　シリーズの一つとして商品化された訳ですが、まずは作法通りパッケージから見ていきましょう。濃紺地のデ
　　　　　　ザインはシリーズ共通で、上空から見下ろした試験艦あすかの独特の形状が目を引きます。海面を切り裂く鋭
　　　　　　い艦首、新型の射撃指揮装置をテストした艦橋上部の構造物・・・前甲板に埋め込まれたVLSも見えますね。
　　　　　　今でこそありふれた装備品ですが、当初は画期的な発射方式だったんだろうなあ。
　　　　　　　箱裏面には海自名物金曜カレーの説明や、試験艦あすかからレシピの提供を受けた横須賀市内の名店ウッド
　　　　　　アイランドが紹介され、横須賀市と海自ががっちりタッグを組んで金曜カレーを盛り上げようという意図が感
　　　　　　じられます。『濃く深く・パンチの効いたポークカレー』と書かれていますが、果たしてどのようなお味なの
　　　　　　か。さっそくレトルトを温めて試食に移ります。

　　　　　　　ほほう、これがあすかカレーか。濃いめのブラウンに角切りの豚肉、ジャガイモ、ニンジンが散らばって、
　　　　　　見た目は実にオーソドックスで正統派の佇まい。
　　　　　　　一口食べてみると、おおお、これはこれは。フルーティーかつスパイシー、まさにニッポンのカレーの鑑の
　　　　　　様な味わいです。模範的というかお手本というか、あまりに王道を行きすぎてツッコミどころが見つからない
　　　　　　のがなんともはや。使い古された表現で恐縮ですが、欠点が見つからないのが欠点でしょうか。

　　　　　　　なんというか、放課後寄り道せずにまっすぐ帰って来た小学生が、ランドセルを降ろすなりまず今日勉強し
　　　　　　たところを復習し、夕食後はテレビも見ずに明日の予習を済ませて風呂に入り、拾ったエロ本をこっそり見る
　　　　　　事もなく２１時頃には寝てしまう様な、ちょっと出来すぎだろ・・・と言いたくなる優等生風味。そう、例え
　　　　　　るならドラえもんに出ていた出木杉君みたいなカレーであります。
　　　　　　　文字通り文句をつけようがない内容ですが、しかし・・・作る側としては本当にこれでよかったのかなあ。
　　　　　　民間の技術者が日常的に乗り込んでくる特殊な試験艦あすか、確かにカレーひとつとっても万人が楽しめる最
　　　　　　大公約数的な味を目指すべきかもしれませんが、なにもここまで教科書通りにしなくても・・・。あすか給養
　　　　　　員の皆さんは、果たしてこれで自分の料理人魂を納得させることが出来たのだろうか。ケチをつけるつもりは
　　　　　　毛頭ありませんが、もっと自分の色を出したいという欲求はなかったのかなあ。
　　　　　　　と、こう書くと否定的な印象が強くなってしまいますが、本当に素晴らしく美味しいカレーです。甘辛酸、
　　　　　　そして旨味のバランスが極めて高い次元で拮抗していて、この美味しさには感嘆せざるを得ません。あらゆる
　　　　　　要素で他のカレーの上を行く、極上のスタンダードの味わい。まさに怒涛の横綱相撲と言えますね。

　　　　　　　ここでふと思ったのですが、これは本当に万人受けを追求した結果なのでしょうか。そんな守りに入った考
　　　　　　え方では、これ程の高いレベルを保てない気がするんですよね。むしろこれは自分の得意手や個性をあえて消
　　　　　　す事で自分をさらに追い込もうという、猛烈な攻めの姿勢に見えるのですが・・・。
　　　　　　　もっとこの味を表現したい、もっと自分の個性を前面に出したい・・・そんな欲望は、何百人もの乗組員の
　　　　　　胃袋を預かる自衛艦の給養員としては当然の心意気でしょう。しかし自分の得意技をあえて封印した状況でど
　　　　　　れだけ満足度を高める事が出来るか・・・これは相当なギャンブルであり、自らに課した大きな試練。
　　　　　　　自分を鍛える、自分を追い込むとか言いながら、実際は得意な事だけやってるんじゃないか？お前は本当は
　　　　　　楽な道を選んでるんじゃないか？目の前の一皿のカレーにそう指摘された気がして、一瞬言葉を失う私。そ、
　　　　　　そんなつもりはないんだけど、もしかしたらそうなのかな・・・いや、きっとそうなんだろうな・・・。
　　　　　　　イラクのヒゲ隊長こと佐藤正久参議院議員が、駐屯地創立記念行事の式典でしばしば力強く語っておられる
　　　　　　　「日常の訓練でできない事は、本番では絶対に出来ません！」
　　　　　　　という言葉が、改めて胸に突き刺さる気分です。くうー、なんか今回は自分に甘い自分について怒られてし
　　　　　　まったというか、カレーに人としての生き方を教えられた気分です。カレーなのに（笑）。

　　　　　　　ごく自然に、さらっと優等生っぷりを見せつける出木杉君ではありますが、彼も人が見ていないところでは
　　　　　　血の滲むような努力を重ねているんだろうなあ・・・そりゃモテる訳ですよ。今までいい格好ばかりするいけ
　　　　　　好かない奴とか思っててごめんよ・・・と、変な事を考えながら終えた試食でありました。

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