Step☆Up 〜2nd Night〜
(担当 双極子)
「ったく、なんだってこんなことに・・・」
「ぶつぶつ言ってねーで、さっさと行こうぜ。」
山口が俺の部屋へ泊まってくれた翌日曜日。
俺たちは連れ立って黒田へと行った。
組長さんの古い友人だと言う老人が連れてきた山口の「婿候補」とやらと会うためだ。
山口はひとりで帰ると言い張ったのだが、そうはいかねぇ。
その泥棒猫野郎の顔を見てやんなきゃ気がすまねぇよ。
ついでにその爺さんにもしっかり釘を刺しとかなきゃな。
そう言う訳で、黒田の奥座敷には、奥から客人の爺さん、婿候補の男、組長さん、
そして山口、俺、京さんが差し向かいで座って妙な緊張感を漂わせているって訳だ。
俺はいかにも好青年と言った感じのその男を眺めた。
男はヨシキと呼ばれている。良樹か義紀なのだろう。
山口とは同い年だそうだから、俺より6つ年上と言うことになる。
人柄は良いようだが、お人好しと言う感じはなく
抜け目なく物事をこなせるタイプに見えた。
年相応の落ち着きを身につけているその男は、
経営コンサルタントの仕事をしていると言う。
黒田一家にとっても問題ないどころか、ありがたく役に立つタイプだろう。
鍛えているらしく、筋肉質の身体が精悍で、日に焼けた肌に白い歯が眩しい。
はっきり言ってかなりいい男だ。
俺は、社会人として一人前にやっているその男が妬ましくてしょうがなかった。
山口を思う気持ちは誰にも負けないつもりだが、ただ一つ、
俺がガキだと言うのだけは変えることの出来ない俺の欠点だ。
男として6歳の年の差は大きなものだ。
たとえ今のこの男と同じ年に俺がなっても、6年のキャリアの差は埋まらない。
俺は密かに唇を噛んだ。
「久美ちゃんや。」
沈黙に耐えかねたのか、それともモノともしていないのか、
ジジイがのんびりと口を開いた。
「聞くところによると、
久美ちゃんは自分より弱い男とは結婚しないって言うとるらしいの。」
「はぁ。」
「や、鶏河の。そりゃ、久美子の奴の戯れ言で・・・」
「この男はきっとお眼鏡にかなうぞい。剣道二段、柔道三段じゃ。
ケイエイこんさるたんととか言う難しい仕事もしておる、有能な男じゃ。
黒田一家の役にも立つぞい。」
「私には沢田がいますから。」
「沢田っちゅうのはそこの坊主かい。
するってぇと、この坊主が久美ちゃんよりも強えぇのかい?」
「え・・・それは・・・」
「よっしゃ。それならふたりで勝負してみんかいの。」
「ええーっ?」
「慎の字とヨシキさんが、ですかぃ!」
「僕は構いませんよ。」
「・・・俺もそれでいいぜ。」
「お、おい、大丈夫なのか?」
「こうまで言われて引き下がれる訳ないだろ。」
俺たちはその爺さんと組長さんを立会人にして、そのまま庭で勝負することになった。
「おい、大丈夫なのか、慎公。」
支度をして庭に降りた俺に、京さんが心配そうに言う。
「あの爺さん、鶏河って言ってな。あんな風体だけど北関東の顔役でよ。
上州の暴れ軍鶏って二つ名で呼ばれている爺さんなんだ。
すげぇ発言力あるんだよ。もし万が一、お前ぇが負けたとあっちゃ
お嬢と別れなきゃなんねぇのはもちろんだし、約定を違えたときゃ
何されっかわかんねぇっつーくらい怖ぇお人なんだよ。」
「大丈夫、勝ちゃいいんだろ。簡単なことだ。」
「そうは言うけどよぅ・・・あの若造、強ぇって話だぜ。」
「任せとけって。」
そう、自信なんかないけども、この勝負は譲れない。
絶対勝ちにいかなきゃなんねぇ真剣勝負だ。
「勝負の方法はなんにしましょうか。僕は何でも構いませんよ。」
自信満々で小馬鹿にしたように俺に言うヨシキに俺はちょっとむっとした。
「京さん、木刀を・・・」
自分の得意な分野での勝負と見て、ヨシキの緊張が緩んだのを俺は見逃さなかった。
「では、見合って。」
名前通り鶏みたいに骨張った鶏河爺さんの凛とした掛け声がかかって、
俺とヨシキは対峙した。
「はじめ!!」
すいっと寄せてきたヨシキの打ち込みを辛くも受け、そのまま一合、二合・・・
俺は防戦一方だ。
有利と見て、ヨシキの顔に余裕が浮かぶ。
まだまだ・・・
鋭い打ち込みに腕がじんと痺れる。
ヨシキの太刀筋は執拗に俺を追ってくる。
躱すのが精一杯だった。
「こりゃ、勝負になりませんな。」
ヨシキが小馬鹿にしたように言う。
一瞬の油断に隙が生まれた。
その隙を狙って、俺はだっと寄ると、思い切り脚払いをかける。
「うわっ、ひ、卑怯だぞ!」
ぐらりとするところにざっと脚で砂をかけ、怯んだところに
渾身の力を込めて一撃すると、ヨシキの手から木刀が落ちた。
その鼻先にぴたりと切っ先を突きつける。
「勝負あった!」
じいさんの声が聞こえて俺はほっと息をついた。
「反則じゃないか!」
そう文句を言っている声が聞こえるが、知ったことか。
「俺は試合したんじゃねぇ。絶対勝たなきゃいけない喧嘩をしたんだ。」
そう言うと、ヨシキを睨みつけてやった。
恥じなきゃなんねぇことは何もしてねぇよ。
「し、しかし・・・」
「はっはっは!おい、兄さん。黒田の喧嘩は綺麗事じゃあねぇんだぜ。
ま、勝機を掴んだもんの勝ちってことだ。」
京さんが言うと、組長さんも
「ふっ、沢田君も大胆なこった。」
と言って賛成してくれた。
「ほう、あの坊主、いい度胸をしておるのう。」
「へい、あいつぁ『赤獅子の若大将』って言ってちょいと知られた奴ですぜ。」
「ほうほうほう。よーしよし。気に入った!
あの坊主、わしが後見人になって黒田の四代目に推してやる!」
「ええっ?そ、そりゃ・・・」
鶏河の爺さんとヨシキはそのまま黒田に泊まることになった。
俺は埃だらけになったからと風呂を貰い、ついでにそのまま夕飯をご馳走になった。
「沢田君、今日はすまなかったな。
詫びの代わりってわけでもねぇが、ま、喰ってくれ。」
組長さんにそう言われては断る訳にもいかず、俺は遠慮なく食べ、
言われるままに泊めてもらう事にした。
明日の講義は二限からだし、朝になってから家に帰ればいいのだ。
客間に敷いた布団に横になると、そっと襖が開いて山口が顔を出した。
心配そうな顔で俺を見る。
「沢田・・・今日はごめんな。私のせいでいらんことさせちゃった。」
「いや、俺のためでもあったし、気にすんな。」
不安そうな顔を慰めたくなって、布団から手を伸ばすと山口を引き寄せた。
抵抗されるだろうと思ったのに、その身体はふわりと腕の中に落ちてくる。
そのまましばらく黙って布団越しに抱き合っていた。
ちゅ・・・
山口の唇が俺の唇に軽く触れて、すごくびっくりした。
「あの、沢田・・・その・・・今朝は・・・」
少し赤い、思い詰めたようなその顔に深く口付ける。
改めて腕の力を強めて、
「もうこのまま抱いちゃいたいけど、ここじゃ駄目だからな。我慢するよ。」
耳元にそっと囁く。
「沢田・・・・」
「その代わり、明日また泊まりにきてくれよ。明後日、休みだろう?」
「////・・・・ばか・・・」
山口は真っ赤になってぱたぱたと駆けていってしまった。
「おやすみ・・・」
口の中で呟くと、
家の中のどこかで眠るであろう山口の温もりを思いながら俺は眠りについた。
>>続く
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