※原作・卒業後、おつきあい中。「一身上の都合」の続編。
我慢の限界
俺と山口が付き合い始めて一週間目、
初めてのデートの最後に起こったことは、ふたりの間では無かったことになっている。
欲情が押さえきれなくて暴走したあげくに張り倒されて気絶した
なんて情けないこと、わざわざ蒸し返したくはない。
そう思ってその話に極力触れないようにしていたし、
山口も何事も無かったかのように振る舞うから、自然、そのことは無視するようになったんだ。
なぜ、あれほど抵抗されたのか、ちゃんと理由を聞くのは怖い。
付き合い始める前にやや強引に言いくるめて身体の関係に持ち込んだ
と言う自覚のある身としては、あまり触れたくないと言うのもある。
もしかして、あれに嫌悪を感じているんじゃないだろうか。
心配だった俺は、あの後しばらく部屋へは誘わないようにしていた。
二週間ほどして、どうしても俺の部屋へ行かなきゃならなくなって
仕方なく上がってもらった時は、指一本触らずに過ごした。
ゲームをしたりDVDを見たり、それまでもよくそう言うことはあったし、
そう言う雰囲気に出来るだけならないように気をつけていたから、
なんとかなったと言う事もある。
その次の週に俺の部屋へ山口が来てくれたときには、我慢しきれなくなってキスしてしまった。
この頃は、会う度にお洒落をしてきてくれて、それが今まで見かけない新鮮な姿だから、
ついつい可愛くなって手を出してしまう。
それでも、そう言うことが苦手みたいな山口を困らせないよう、唇だけで触れたんだ。
手を出したら絶対に止められなくなる。
唇以外のところが触れてしまったら、止める自信が無かったから。
「ふぁ・・・ん、ん・・あぁ・・・」
息苦しそうに、だけどしっかりと山口は俺を受け入れてくれて、俺はちょっとほっとした。
嫌な訳ではないのだろうか。怖がっているのかもしれない。
来週、もう少し先まで誘ってみよう・・・そう思ってその日はそこで止めたんだ。
でも更にその翌週。
デートのときに冗談めかしてラブホテルに誘ってみた。
偶然通りかかっただけのそこに、入る気なんてもちろんなくて、
山口の反応を見てみたかっただけだった。
山口はこの前と同じように固まって、もじもじしながら困った様に首を振った。
ひどく変な顔をしたままあぅあぅと言葉にならない言い訳をしているから
俺はあっさり引いたが、内心かなり傷ついていた。
そんなに嫌なのか・・・
山口は嫌な訳じゃない、って言い張るけれど、特に理由は教えてくれないし。
いったいどうしたもんだか。
狂おしいほど求めている自分が、ひとりで空回りしているようで、ひどく滑稽だった。
やっぱ、情けないよな、俺・・・
†††
初めてのデートの日にあたしが沢田を殴り倒したことは、
あたし達の間ではなかったことになっている。
いったいどのツラ下げて会えばいいのかと一晩悩んだのだったが、
何事もなかったかのようなメールが来て、
あたしも空々しくそれに返事を出したりしているうちに有耶無耶になってしまったのだ。
謝らなきゃ、と何度も思うのだが、沢田はその話題が出るのをあからさまに避けているし
あたしとしてもみっともないことこの上ないので、これ幸いと無かった振りをしてたりする。
あのことがあった翌週に、今度こそは大丈夫と
気合いを入れて行ったのに、沢田は指一本触れてこなくて。
それどころか、部屋へ行くことすらなかった。
ま、気まずいし、今週はいいかと思ってその翌週。
更に念入りにお洒落をして今日こそ挽回するぞと頑張ったのに、結局ゲームをしただけだった。
映画を見て外で食事をしようと言う沢田を説き伏せて、
映画はDVDのレンタル、食事はふたりで作るってことでようやく部屋へ行く事を承知させたと言うのに・・・
こんなんじゃ、あたしばっかり期待しているみたいで恥ずかしいじゃないか。
流石にちょっと落ち込んで、女としての魅力に乏しい我が身を振り返る。
肉付きはお世辞にもいいとは言えないし、
喧嘩ばかりしているせいか、引き締まった身体は柔らかさのかけらも無いし。
20歳の沢田から見たらおばさんだしな・・・
だけど、その次の週は沢田が部屋へと誘ってくれて、ちょっとほっとした。
よかった、見捨てられた訳じゃなかったんだ。
その日、沢田はあたしとキスをした。実に三週間ぶりだ。
中学生じゃあるまいし、それってどうよ・・・思いつつも
初めの時と同じような情熱的で熱いキスに頭がぽうっとなる。
このまま、また・・・
そう思ったけれど、沢田はそれ以上してこなかった。
あたしから誘うってわけにも行かないし、こう言う時ってどうすればいいんだろう。
確かにそれを望んでいるはずなのに、
そう思っていると沢田に知られるのは死ぬほど恥ずかしい。
それからずっと待っていたのに、その次に誘われたのはまた例の「ブルーデイ」って時だ。
なんてタイミングの悪い・・・
やっぱりはっきり理由は言えなくて、ごにょごにょ言っていたら
沢田はちょっと寂しそうな顔をしてすぐに引いてくれた。
うう、気まずい・・・
†††
俺のみっともない、しかし健全な男子大学生としては至極もっともな彼女への求めを、
二度続けて理由も知らされないまま断られて、俺はかなり慎重になっていた。
平日に会うときには極力外の人の多いところ、休日に会う時は公園や広場で健全に汗をかけるところと、
デートの場所にも気を使い、手以外のところは触れないように気をつけて。
涙ぐましい努力を続けているって言うのに、山口は無防備に引っ付いて来る。
人の気も知らないで・・・
そんな感じで三週間も経つと、俺たちはの間はかなりぎくしゃくしてきた。
「さーわだっ♪」
すらりとしたしなやかな脚が程々に露出されて
健康的な色気を感じるスカート姿の山口が、
待ち合わせ場所に現れるなり俺の腕の飛びついてくる。
ふわっと香る体臭にどきりとする。
不埒な欲求が頭をもたげそうになるのを必死に押さえて、
赤くなる顔を見られまいと少し顔をそらす。
肘に胸があたっているのがはっきりわかってじわりと汗をかく。
これ以上触れていると歯止めが利かなくなりそうだから、柔らかい身体をそっと押し返す。
「ほら、行くぞ。」
動揺を悟られまいとして突慳貪な言い方になってしまった。
「・・・ごめん・・・」
傷ついたような山口の声を聞いてはっとする。
「何が?」
出来るだけさりげなく笑顔を作って山口を見る。
「いや・・・なんでもない。」
「そ?じゃ、行こうぜ。」
「・・・・」
フォローしきれなかったか。やばいな・・・
†††
なんとかもう一度、タイミングよく沢田に誘ってもらわなきゃ・・・
やむを得ない「女の事情」ってやつで沢田の求めを二度続けて断って以来、
なんだかあたし達はぎくしゃくしたまんまだ。
あたしの方から誘う、ってのはハードル高過ぎでちょっと無理だ。
なので、なるべくその気になってもらえるよう、服にも気を使って、
スキンシップも心掛け、慣れない努力を続けているって言うのに、沢田の反応は今ひとつだ。
大体、あたしが何を着ていっても表情は変わらないし、
大抵の場合はむすっとしてろくすっぽ見てもくれない。
腕にぶら下がってみても、背中から抱きついてみても、
ぴたっと寄り添って座ってみても無反応だ。
それどころか、顔をそらされたり腕で押しのけられたりすらされる。
この前、居酒屋へ行ったときもそうだった。
「なぁなぁ、どれにする?」
テーブルごとに仕切られた薄暗い店内。
隣り合わせのベンチシートしか開いてなかったから、ここぞとばかりすり寄ってみる。
出来る限り近づいて開いたメニューを覗き込む。
「生ビール、飲むだろ?」
「おぅ!あと、つくね頼もう。お前好きだろ?」
「ん、ああ。」
ぶっきらぼうに言う沢田のあごが丁度こめかみのあたりに触れる。
ちょっとくすぐったいかな。そのままもう少し寄って行ったら
沢田はすいっと頭を引いてあたしの身体に触らない位置まで下がってしまった。
ちっ、はじめの時のあの積極的な沢田はどこへ行ったんだよ。
それとも何度も断ったせいでもういらないと思われちゃったんだろうか。
恋人だと思っているのはあたしだけだったりして・・・
そう思い始めるとなかなか素直に受け答えも出来ないし、なんだか気まずいよ。
まったく、どうしたらいいんだよ。
こんなことを続けてもう三週間以上経った。
思いあまったあたしは藤山先生に相談してみた。
「あーっはっはっはっはっはあ!!!」
藤山先生は大笑いだ。
自分で吸ってるタバコにむせないで下さい。
無理にビール飲んだら吹き出しそうですか、そうですか。
こっちは真剣だって言うのに。
「ま、留守のうちに上がり込んで、何も着ずにベッドに入ってるとか
その位しないとだめっぽいわねぇ。あっはっはっはっ。」
人ごとだと思ってそんな無茶苦茶を言う。
はぁ・・・
†††
そろそろ我慢も限界だ。
更に一週間後、俺は山口の部屋にいた。
ふたりでデートしたあと、ちょっと強めに俺の部屋へ来るよう誘ったのだが、
また曖昧に首を振られて断られてしまった。
だから送ると言って黒田までついてきて、そのまま部屋へ上がり込んだのだ。
俺たちの間に漂う不穏な空気を感じたのか、いつもなら俺が部屋へ上がり込むと、
なんだかんだと理由を付けては押し掛けてくる京さん達も、今日はやってこない。
しんと静まり返った部屋の中で、俺たちはじっと押し黙ったまま気まずい思いで茶を飲んでいた。
「・・・あの、沢田?」
俺の沈黙に絶えかねたのか山口が遠慮がちに声をかける。
「・・・なんでなんだ?」
「へ?」
「そんなに俺が嫌なのか。」
「そんなことはない!そんなことはないぞ。」
「じゃ、俺に抱かれるのが嫌な訳?」
「それも違う!」
「じゃ、なぜだ?」
「・・・・それは・・・」
「答えられないのか。」
「・・・・その・・・」
「もういい!」
一向に埒の明かない会話に思わず声を荒げて、俺は山口に飛びかかった。
「ん、ん・・・」
乱暴に口付けして、そのまま畳に押し倒してのしかかる。
苦しそうにしながらも山口は俺の舌の動きに合わせてくる。
なのに、身じろぎしながら身体を俺の下から退かそうと必死だった。
なんでだよ、なんでそんなに嫌がるんだ。
逃げようとする身体を押さえつけてセーターを捲り、
襟元からシャツの下へと手を入れる。
ブラをずらすとふくらみの頂きに強引に吸い付く。
「やめろっ。」
「聞かねー。理由を言うまでやめねーよ。」
脇腹を撫で、そのままその手を下へと伸ばす。
「お願いだ、やめてくれっ。」
「嫌だっ。」
その瞬間、俺は思い切り撥ね除けられ、
ぱぁんと言う音とともに平手打ちを食らっていた。
山口の顔は見られなかった。
「沢田・・・あの・・・」
心配そうな声とともに山口の手が伸びてきたから、反射的にぱっとその手を振り払う。
「お前の気持ちはよーくわかったよ。」
こんなこと、言いたいんじゃないのに。
俺の口から出たのはそんな台詞で。
傷ついたような山口の顔をちらと見て、後悔したがどうしようもない。
俺は黙って立ち上がると、そのまま山口の部屋を出た。
†††
沢田の機嫌は極端に悪い。
今日も部屋へ誘われたのに断ってしまったのだ。
なんだって沢田の奴は律儀に四週間ごとに誘うんだよ。
おかげで、全部断るはめになっちまった。
しょうがないじゃねぇか。
月のものってぇくらいだから毎月来るんだよっ。
正確に28日周期なんだ、あたしゃ。
自分の健康体が恨めしいよ、まったく。
こんなこと、沢田には言えないし、でも断られる理由は沢田にはわからないらしくて、
とても傷ついているみたい。
くそぅ、お前、頭いいくせに何だってこんな簡単なこと気付いてくれないんだ!
イライラして上手く思考が回らない。
そうこうしているうちに、沢田はなぜかあたしの部屋へ座っているじゃないか。
強引に上がられちまったんだよ。
こっちにも理不尽なことしてるって自覚があるからついほだされちゃって。
こいつは次男のせいか、甘えるのが上手いんだよな。
可愛くってついつい押されちゃうんだ。
それにしても、機嫌悪いなぁ・・・
なんとかフォローしておかないと。
「・・・あの、沢田?」
遠慮がちに声をかけたらぎろりと睨まれた。
ひぇえ・・・
「・・・なんでなんだ?」
なんでって言われても、言えないんだよーっ。
微妙な乙女心をわかってくれよーっ。
「俺に抱かれるのが嫌な訳?」
そうじゃないんだよ、なんて説明したらいいんだろ。
「・・・それは・・・その・・・」
こう言う場合ははっきり言うべきなのか?
あたしは出血中なんだーって?
ありえねぇ・・・世のお嬢さん達はいったいどうやってこんな危機を乗り越えているんだ?
ぐるぐる考えていたら、沢田が飛びかかってきた。
ヤバい。
沢田の身体が熱い。
沢田の唇が熱い。
這い回る舌に優しく触れる指先にうっとりして思わず流されてしまう。
そのまま押し倒されて身体を弄られるけれど、下半身だけは退けなくちゃ。
そう思って必死に身体をよじった。
ヤバいよ、このままじゃ堪んなくなっちゃう。それじゃあまずいじゃないか。
だから最後の理性を振り絞って懇願する。
「お願いだ、やめてくれっ。」
沢田も必死なのだろう。
「嫌だっ。」
いくら言っても聞いてくれなくて、沢田はもう一度拒絶の言葉を吐くと、胸の頂を強く吸う。
手が下腹部に伸びてくる。
もうだめだ。
そう思った途端、思わず突き飛ばしていた。
そのまま平手打ちをする。
沢田は打たれた姿勢のまましばらく止まっていた。
「沢田・・・あの・・・」
申し訳なくて伸ばした手を思いっきり振り払われた。
「お前の気持ちはよーくわかったよ。」
冷たく言い放つ声が聞こえて、沢田は部屋を出て行った。
一人取り残されたあたしは、沢田の足音が階段を下りて行くのを呆然と聞いていた。
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