†††
何をする気にもなれなかった。
バイトはすべて休んだし、講義も二度ほどさぼってしまった。
翌週は祝日もあったから助かった。
山口からはなんども着信があるが、簡単に受け答えだけしてすぐに切っていた。
メールはひどいことを書いてしまいそうで、怖くて書けなかった。
はぁ、情けねぇ・・・
ダチの誘いを何度か断っているうちに、
勘のいい野田が俺の様子がおかしいのに気がついた。
「ちょっと待ってろ。」
週末の土曜日、朝から電話をかけてきた野田は電話口でそう言うと、
やがてウッチーと共に俺の部屋へ現れて酒をどんと出した。
「よっ、慎。」
「さ、飲もうぜ飲もうぜ。」
「・・・今の俺はそんな気にはなれねーんだよ。帰れ。」
「まあまあ、そう言わずに。」
「そうそう、やなこと忘れてさ?ぱーっと行こうぜ!」
能天気ながらも俺を心配してくれてるのがわかるから、
無碍にも出来ずに俺はふたりと酒を飲み始めた。
「で、なんかあったんだろ。ヤンクミと。」
「実は『何も無い』のが悩みだったりしてなー。だっはっは。」
いい線だな、ウッチー。可笑しくも何ともないがな。
話しているうちに鋭い野田と調子のいいウッチーに大体の事情を知られてしまった。
「そりゃ・・・」
「お前・・・」
野田とウッチーは顔を見合わせて呆れている。
当然だろうな。
俺だって情けなくてしかたねぇよ。
ふたりはお互いの顔を見て頷き合うと俺に聞いた。
「それ、先週のことだよな?」
「ああ。」
「で、今週はまだ会ってないと。」
「ああ。」
「じゃ、今夜にでももう一辺誘ってみろ。」
「・・・今夜はバイトなんだよ。」
しばらくさぼっていたいのだが、どうしても入ってくれと店長に頼まれていた。
「じゃあ明日でもいい。むしろその方がいい。」
「簡単に言うなよ。」
「俺の勘じゃあ今週は大丈夫だ。」
ウッチーが安請け合いをする。
「俺もそれがいいと思うぜ。」
野田が真剣な顔で言う。
「・・・・」
なぜだか盛んに山口を誘えと言ってくるふたりの友情に、俺は段々ほだされてきた。
そう、諦められないのだから進んでみるべきだな。
明日がいいと言うのなら、明日誘ってみようか。
絶対に今週中に誘えよ、ともう一度念を押して、
野田とウッチーはバイトへ行く俺と分かれて帰って行った。
明日・・・か・・・
†††
これじゃあだめだ。
メールもくれないし電話でも素っ気ない。
あたしはついに決意した。
ここで逃げたら女が廃る。
山口久美子、女を立てさせてもらいます!
土曜日。
あたしは沢田がバイトへ行っている間に、部屋で待ち伏せする事にした。
今まで使ったことは無かったが、付き合い初めて割とすぐに沢田から合鍵を貰っていたのだ。
おじいさんにだけは外泊すると断って、あたしは七時ごろ沢田の部屋へと行った。
思った通り宿主はいない。
部屋の中は酒盛りのあとがあって匂いがこもっていたから換気をし、
ざっと片付けてから飯の支度をはじめる。
バイトの日は沢田が帰ってくるまで夕食を食べないことをあらかじめ知っていたからだ。
下ごしらえがすんだところで、八時半。
バイトが終わるのは十時だから、シャワーでも浴びておくか。
これからしようとすることを考えると居ても立ってもいられなくて、
何かしていないと気が済まなかったのだ。
それでも、裸になって湯を浴び始めると後悔し始めた。
留守とは言え男の部屋で裸になってるなんてあたしも大胆だよな。
ああ、恥ずかしい・・・
脱衣所で、バスタオルを巻くとあたしは考える。
藤山先生のお勧め通り、このままベッドで待っているべきだろうか。
いやいや、それはあまりにもはしたない。
やはりここは・・・
それにしても、貧相な身体だよな。
沢田が月に一度くらいしかその気にならないってのも無理もない。
あーあ・・・
†††
久々のバイトでぐったり疲れた。
酒が残っているせいもあってなんだかだるい。
早めに帰りたいなと思っていると
八時を過ぎたところで店長の友人が訪ねてきて、店は早じまいすることになった。
後片付けをすませて、11月の風の中、一人寂しく家路をたどる。
早めに上がれたから山口に電話してみるか。
それで明日誘ってみよう。
呼び出し音は鳴るものの携帯には出てくれない。
あとでもう一度かけよう。
玄関を開けると、何か違和感がある。
変だ。
そのときは理由がわからなくてそのまま部屋へ上がった。
ぼーっとしたまま台所へ行って水を一杯飲み、部屋の方を振り向いて初めて気が付いた。
散らかしたままだったはずの居間が片付いている。
はっと玄関を振り返るとさっき感じた違和感の正体を見つけた。
女物の靴!
部屋には誰もいないし、静まり返っている。
でも・・・
そうだ。部屋へ入った瞬間、気になったこと。
さっきまでシャワーの音が聞こえていた。
まさか。
脱衣所の扉を開くと、そこには、頭と身体にタオルを巻き付けただけの山口が
びっくりしたように目を見開いて立っていた。
†††
考え込んでいたら、突然脱衣所のドアが開いた。
心臓が飛び上がったよ。
ばっと振り向いたら、そこには沢田が目をまんまるに見開いて突っ立っていた。
びっくりして咄嗟に声も出ない。
まだバイトは終わってないはずなのに、
なんだってこんなに早く帰ってくるんだよーーーっ!
服を着る暇がなかったじゃないかっ。
でもま、あとで脱がしてもらうんだから同じか、ってあたしは何を考えてるんだ。
いったいこんな時はどうすればいいんだ?
いかん、ふたりして固まってる場合じゃない。
考えようによっては、これはチャンスじゃないか。
手間が省けたってもんだ。
この手を離してタオルを落とせば・・・
えい、なんでこの手は動かないんだよっ。
どうしよう。
やっぱりやめれば良かったか。
勝手な事して怒らせちまったか。
それとも思いっきり軽蔑されたとか。
沢田は固まったまま動かない。
ああ、誰かこの気まずい空気をなんとかしてくれ。
†††
明日は誘ってみようって、思い浮かべた本人が、
俺の部屋で半裸で立っている。
なかなか非現実的な光景だ。
身体にタオルを一枚巻いただけの山口は
湯上がりの上気した肌を曝して俺の前で固まっている。
すんなり伸びた脚が太腿の付け根まで見えている。
タオルの胸元から胸の谷間が覗いている。
どう言うつもりなんだろう。
俺のこと避けてたんじゃないの?
俺に触れられるの嫌だったんじゃないの?
そこにそうやっているってことは、いいってこと?
俺の望むままに進んでも、いいの?
本当に?
ごくりと俺の喉が鳴った。
†††
一言も発せずに沢田がゆっくり近づいてくる。
ええぃ、もう。
なるようになれ!
こうなりゃ流れに任せよう。
沢田の手が伸びてくる。
一瞬、びくっとして逃げそうになるけど、ぐっと我慢をする。
そっと抱きしめられて、優しく口付けされた。
・・・良かった。
沢田はあたしの顔を覗き込むと
やがて背中に回していたうちの片方をあたしの膝の裏へ回して
無言で抱き上げた。
「あ・・・」
お姫様抱っこと言う奴だ。
そのままベッドまで連れて行かれて
そっとシーツの上に降ろされる。
・・・上手くいった、のかな・・・?
沢田の手が優しくタオルを除けると、ゆっくりと覆いかぶさってきた。
うひゃー・・・
†††
焦るな!
そう言い聞かせているのに、身体が言う事を利いてくれなかった。
がっついたら山口を怖がらせてしまうかもしれない。
嫌がって逃げられるかもしれない。
なのに、気遣いも出来ずに莫迦みたいに欲望に忠実に動いてしまった。
華奢な身体を思い切り抱きしめて、貪るように口付ける。
甘い・・・
はっと気が付いて唇を離すと山口の顔を伺った。
良かった。嫌がってはいない。
思った途端、ぱっと抱き上げてベッドへ突進してた。
マットレスの上に落とすと、震える指でなんとかタオルを取り去り
およそ二ヶ月半ぶりに見る肌身に総毛立つ。
もどかしく服を脱ぎ捨てて、ばっと覆いかぶさった。
ああ・・・山口・・・っ!
†††
沢田の唇が降ってくる。
唇に、額に、頬に、顎に。
耳朶を甘噛みして、首筋をなぞり、鎖骨を優しく舐られる。
ゆっくりと胸のふくらみを揉みしだかれて、
突端を口に含まれて、舌で転がされて、
思うさま甘い声を上げさせられてしまう。
三ヶ月ぶりなのに。
沢田の前に肌身を曝すのはまだ二度目なのに。
こんな事、他にしたことないのに。
その指に、舌に、狂おしいほど感じてしまう。
もっとお前を感じさせてくれ。
もっとあたしに溺れてくれ。
あたしは沢田の首に腕を回し、力一杯抱きしめた。
†††
愛おしい。
なぜこんなにも愛おしいのか。
なぜこんなにも狂おしいのか。
愉悦が押し寄せてくる。
気遣う余裕も無く、ただひたすら味わっていた。
白い肌身を、温かい肢体を。
全身のあらゆるところに唇を落とし、柔らかさと滑らかさを感じて。
誰にも見せた事のない、俺でさえ見た事のない秘めやかな場所へ吸い付いて。
舌に滑る柔肉。
溢れ出る蜜。
絶え間なくあがる甘い声に、確かな手応えを感じて、一層舌に技をかける。
ぴくりぴくりと暴れていた身体が、やがてぴんと突っ張ると、
舌が更に滑らかになる。
山口、俺を受け入れてくれるか?
こんなにも熱く固くなったものを、お前に捧げていいだろうか。
†††
身体がかーっと熱くなって、一瞬、何もわからなくなった。
腰の中心からこみ上げてきた何かが背筋を登って全身に広がる。
頭が溶けそうなくらいに熱かった。
沢田の身体がほんのしばらく離れて何かごそごそと音がしていたが、
次には上にのしかかってきて、ゆっくりと熱い沢田の身体が入ってくるのがわかった。
久しぶりのそれは、ちょっときつくて圧迫されるような痛みを感じたけど
それもすぐになくなって、繋がったところから何かが湧き出すように熱くなっていく。
揺さぶられるたび奥に感じる、その未知の感覚に溺れそうになるのが怖くって、
裸の背中にひしとしがみついた。
汗で湿った温かい身体は、心地よくって、愛おしくって。
もっと感じたいと、素肌を揉み込むように押し付ける。
沢田・・・大好きだ。
もっともっとお前が欲しい。
「ああ・・・あっ・・・」
だのに、あたしの余裕は尽きてくる。
身体の奥を何度も何度も揺すられて。
柔らかな肉を擦られて。
熱が全身に回る。
沢田の身体が熱い。
打ち付けられる身体から汗が飛び散る。
あたしの汗と解け合って、ひとつになる。
沢田、沢田、沢田・・・
†††
山口、山口、山口っ。
最後の方はもう余裕なんかなくて、ただひたすら身体を打ち付けてた。
お互いの身体から流れた汗が素肌の上で混じり合う。
柔らかい肉が俺の肉を包み込む。
触れ合う先から肌から、官能が沸き上がって融けていく。
腰から下がじんじんして、すべての感覚が持っていかれる。
柔らかな肉を何度も何度も突いて。
身体の奥を揺すぶって。
愉悦の波に身を任せる。
熱が全身に回る。
「あああっ!」
「あ、ううっ・・・」
やがて最後の大波が押し寄せてきてばんとスパークすると、
同時にぎゅっと山口を抱き寄せて、押し付けた身体の奥へと熱を放射する。
どくどくと血が巡る音が聞こえて、俺はしばし放心した。
腕の中の山口はじっと強張って何かに耐えているようだったが、
やがてゆっくりと力が抜けると俺の腕の中にその身を委ねる。
離れてしまうのが惜しくって、熱が引いたあとも、納めたまま抱きしめていた。
そうしているうちに、俺は段々と冷静になってきた。
いきなり抱いちまったけど、こいつは良かったんだろうか。
本当はそう言うつもりじゃなかったんだったら、
取り返しのつかないことになる。
そう思って改めて顔を見る。
潤んだ瞳が艶かしい。
そっと口付けるとにこっと微笑んだ。
可愛い・・・////
「沢田、今日までごめんな、その・・・」
「山口・・・ありがとな。」
「え?」
「俺のとこ、来てくれて。いきなり、その・・・すまなかったな。」
「ううん・・・今日は泊まるつもりだったし。」
「・・・ほんと!?すっげえ嬉しいけど、なんで?嫌だったんじゃないの?」
「だから、嫌だったんじゃないんだってば。」
「?」
「その・・・出来ない日もあるんだ・・・」
「・・・?」
「その、あたしだってオンナノコだし・・・もうっ、このくらい分かれよ////」
しばらく考えて、野田とウッチーの意味ありげな顔を思い出した。
先週がだめで今週なら絶対大丈夫、って言ってたな。
「それって・・・」
だめだったのは、先週とその一月前、更にもう一月前。
月に一度、誘ってその度に断られてた。
「だからさ。」
月に一度・・・
「あっ!・・・・そうか////」
そうか、そう言う事だったのか。
自分の迂闊さを呪いつつも、他愛のない理由だった事にほっと安心した。
同時に、困っていただろう山口に、申し訳ない気持ちで一杯になった。
「・・・ごめん。」
「でも、よかった。ちょっと安心したよ。」
「なにが?」
「あたし、あたしばっか、こういうことしたがってるのかな、
って思って
ちょっと恥ずかしかったんだ。
か、彼女だって思ってるのもあたしだけかも、とか考えちゃって・・・」
「俺も同じような事、感じてた。お前は本当は嫌だったんじゃないか、とか。
俺ばっか、こんなこと考えてて、みっともねーって思ったしさ。
お前に悟られないよう必死だったんだ。」
「あたしに関心がないのかと思った。」
「逆。お前に知られるのが怖かった。」
「そっか、お互い様か。」
「本当にそうだな。俺、ガキでごめんな。」
「いや、あたしもこんな事、慣れなくてさ・・・
相手がお前だと思うと、ついつい甘えちゃうみたいだ。わかってくれるだろう、とかさ。」
「ごめん、これからはちゃんと言ってくれな。」
「うん。お前も・・・」
「ん・・・」
気怠そうなその顔が色っぽくて、また身体が熱を帯びる。
納めたままの身体が、熱くなってきた。
「あ。」
「もう一度、どう?」
「////」
瞳を覗き込みながら言うと、真っ赤な顔をして頷いてくれた。
ゴムを変え、熱く潤んだままの身体にまた入る。
山口、大好きだ。