※原作・卒業後、おつきあい中。「一生の不覚」の続編。
一身上の都合 side 慎
俺と山口が付き合い始めて一週間。
俺たちは初めてのデートって奴をすることになった。
実は、思いがけないことから山口と結ばれて
付き合い始めたあの日以来、直に会うのは初めてなのだ。
あれからすぐに山口の方は新学期が始まったし、
俺のバイトも忙しくなって直接会う機会がなかったのだ。
もちろん、メールと電話は頻繁にやり取りしていたのだが・・・
とにかく久しぶりに休みが合った土曜日、映画でも見ようと言うことになって
俺は黒田まで山口を迎えにいった。
「ちは。」
勝手知ったる黒田の門をくぐり、玄関の硝子戸を開けて声をかける。
「おう、慎の字!今日は早いな。」
「うん。山口は?」
「なんか早くからバタバタしてたぜ。」
と、そこに大きな足音がして山口が廊下を走ってきた。
「京さん、ヘアスプレー持っていかないでよ!使うんだから!」
そこにいる俺には全く気が付かず、大声で京さんに呼びかける。
支度途中なのか、可愛らしいワンピースを着て髪を解いていて
珍しくうっすらと施した化粧がとても綺麗だった。
「山口。」
「あ・・・さ、沢田っ。」
そう呼びかけた途端、ぴきっと固まって真っ赤になってしまった山口を京さんが訝しげに見ている。
山口はぎくしゃくしながらまだ支度が出来ていない言い訳をし始めた。
すげぇ可愛いんだけど・・・
俺もなんだか照れてしまって顔がかすかに赤くなる。
俺と山口の顔を交互に見ていた京さんは、やがてポンと手を打つと
「おお?慎の字、お前ぇもしかして・・・」
「そ。そう言うことだから。よろしく。」
「さわっ////」
ごちゃごちゃうるさいふたりを放っておいて組長さんに挨拶をすますと、
俺は山口の手を取った。
「なっ、なにするんだ////」
「何って、デートだろ。」
今までだって手をつないで歩くなんて、よくやっていたのになぜそんなに照れるんだか。
「じゃ、お嬢を借りてくよ、京さん。」
ぽかんとしている京さんに声をかけ、山口の手を引いて黒田を出た。
指を絡めて握りしめた手はいわゆる恋人つなぎって奴で、いつもと違って山口の体温をはっきり感じ取ることが出来る。
俺に手を引かれたまま、山口はずっと俯きっぱなしでほとんど何も言わない。
髪の間から覗く耳が真っ赤だから、俺も敢えて声をかけなかった。
今までずっと片思いしていて、誰よりも魅力的だと思っていたはずなのに、
こんなに可愛い山口を見たのは初めてな気がする。
なんだか俺も緊張してあまり話も出来なかった。駅までの道のりが果てしなく遠い。
途中、神山の商店街を抜けると次々に声をかけられる。
「お、久美ちゃん。お洒落しちゃってーっ!今日は若大将とお出かけかいっ。いいねぇ。」
と八百屋のおばちゃん。
「久美ちゃん、久美ちゃん、今日はデートかい?
手なんか繋いじゃってー。レッドプリンスも隅に置けないねー。」
と肉屋のおじさん。
「な、な、おじちゃん、よしてよーっ。あたしとこいつはそんなんじゃ・・・」
「照れなくてもいいじゃないの!あ、帰りに寄っとくれ。組長さんに持ってって欲しいものもあるしさー。」
これは魚屋のおばちゃんだ。
「久美ちゃーん。今夜はお赤飯かい?はっはっは!」
「やだっ!何言ってんすか!!////」
這々の体でやっと商店街を抜け出すと、俺たちは同時にため息をついた。
「散々だったな。」
「ああ。あたしが小さい頃からあんな感じなんだよなー。」
「あったかくていい人たちだよな。」
「・・・うん、そうだな。」
この会話で、緊張していた山口も段々ほぐれてきたようでこの後はいつものふたりに戻ることが出来た。
電車に乗っていつもの街の映画館へと向かう。
今はやりのシネコンで、たくさんのスクリーンのうち一つだけ
採算の合わない昔の映画をかけているところがあるのだ。
それに気が付いてから、俺はたびたび山口を誘っていた。
企画者の趣味なのか、大抵は古い任侠映画でなかなかDVDにもならない奴だったから、
付き合うの俺にとっては山口を誘う口実にうってつけだったのだ。
尤も気をつけないとてつさんやミノルさんを一緒に連れて来られたりしたのだったが・・・
今日の映画は、 1959年の傑作任侠映画「男ふんどし・涙の誓い」だ。
俺には何が面白いのかさっぱりわからないのだが、山口は食い入るようにスクリーンを見つめている。
わずかな明かりの中に浮かぶ山口の顔は、興奮のためかうっすらと上気し少し開いた口元が艶かしい。
そっと手を握ると山口も握り返してくれたから、映画の間中、幸せな気分を味わっていた。
「はぁ・・・面白かった・・・沢田!こんな素敵な映画、連れてきてくれてありがとな!」
「ん、気に入ってくれて良かったよ。また来ような。」
「うん!すっごく嬉しいぞ!」
他愛のない会話をしながら飯を食って店を冷やかして、夕方になって俺の部屋へとやってきた。
俺の部屋へ近づくにつれ、山口が段々静かになってきた。
色々言っても上の空で、何かしきりに考えている。
結局一言も口をきかないまま俺の部屋へと着いてしまった。
上がってもらってコーヒーを入れ、ふたり差し向かいで飲む。
こうしてテーブルを挟んで座っているとなんだか果てしなく遠いような気がする。
この距離をどうやって埋めたらいいんだろう。
山口も居心地が悪いらしくてもじもじしている。
付き合う前は無防備にそばに寄ってくれてたのに・・・
思い切って立ち上がり、カップを片付けると山口の側へ座り直す。
びくっとした山口がついと逃げるから、肩を引き寄せて抱きしめてみる。
山口はそのままピキッと固まった。
上から見えるつむじまで真っ赤に染まっている。
それが可愛くて、もう溜まらなくなって、ぐいっと顔を持ち上げると思い切って口付けた。
一週間ぶりの山口の唇。
柔らかくって甘くって愛おしくって。
気持ちがどんどん昂ってついつい動作が粗くなる。
「あ・・・ふっ・・・」
苦しそうな声が聞こえるが、今となっては俺を煽るものでしかない。
「山口・・・」
何度も舌を出し入れし、口の中を丁寧になぞり、舌を絡めて吸い上げる。
沸き上がる情念のまま、俺は山口をベッドへと押し倒した。
身体の下で愛しい身体が柔らかにつぶれる。
「あ、沢田・・・あの・・・」
山口がわずかに抵抗するが、構わず俺は抱きしめた。
口付けを次第に下へ落としていく。
首筋にちゅっと吸い付いて、手を鎖骨から胸のふくらみへと移す。
「あ、だめ・・・」
弱々しく山口が抗議する。
「嫌なのか?」
唇を一旦止めて囁くように聞いてみる。
駄目だって言われても、もう止まらない。この一週間ずっと待ち望んでいたんだ。
「いやじゃ、ない・・・」
小さな声で返してくれるから、更に行為を深めていく。
「沢田、だめ・・・あっ・・・」
だめだめと言いながら山口は弱々しい抵抗をやめない。
その顔はすっかり女の顔だから、大丈夫だと踏んで俺はまだやめなかった。
やめられる訳がない。
「嫌じゃないんだろ?」
「やじゃないけど・・・」
服の裾から手を差し込む。
「あ、だめっ!だめだよっ!」
「なんで・・?」
言いながらすべすべした腹を撫で上げる。
「なんでって、だめだってば!」
「だめ・・・?」
手を脇から背中に回してブラのホックを探る。
「だめだ。やめて。やめてくれ!」
「いい加減、観念しろって・・・」
プチンとホックを外して、柔らかな胸に直に触れると
もう溜まらなくなって熱くなった腰を擦り付ける。
その途端、
「駄目だー!!」
叫んだ山口の拳が、俺の脾腹に沈む。
なんでそんなに本気でいやがるんだよ・・・
解けない疑問を抱いたまま俺の意識が遠ざかって、
俺たちの初めてのデートは終わりを告げたのだった。
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