一身上の都合 side 久美子
先週、ひょんなことから元教え子の沢田と付き合うことになった。
いや、まあ自分では気付かなかったが、
あたしは結構前からあいつのことが好きだったらしい。
考えてみたら最近は、ふたりで居るのが当たり前になってたし、
何かやるのもまずふたりで、って考えるのが癖になっていた。
弟みたいなもんだしなーと思っていたし、あいつもそうに違いないって
そう思い込んでいたんだが、先週のある出来事がきっかけで
実はそうじゃなかったってことを嫌と言うほど身体に教え込まれてしまった。
そう言う関係になってみても、あいつと一緒にいる居心地の良さって言うのは
ちっとも変わらなかったし、むしろ心地よさが増したことに気が付いたんだ。
だから、恋人に昇格したのは嬉しかったし、初めてのデートに誘われた時は
そりゃあもう嬉しかったのだ。
柄にもなく服を新調したりしてさ、新しいリップカラーなんかも買っちゃって。
当日もドキドキそわそわ、約束の時間の一時間も前から用意をはじめたって言うのに
沢田が来たときにまだ準備がすんでなかったんだ。
支度しかけの中途半端なところを見られて、顔から火が出るかと思ったよ。
なのにそんなあたしを見て、あいつはふわりと笑ってさ。
見慣れた顔のはずなのに、なぜだか凄く素敵に見えてばっと頭に血が登っちまった。
それからのことは実は良く覚えていない。
京さんが何か言ってた気がするし、おじいさんにも何か言われた気がするんだが
ふわふわと雲を踏むような気分でいたあたしはまったくの上の空だった。
商店街でも散々からかわれて、ちょっとむかっ腹が立ったあたりから段々落ち着いてきた。
彼氏になったばかりとは言え、すっかり慣れ親しんだ間柄の沢田なのだ。
いつもの様にリラックスして映画も食事もウィンドウショッピングもゆっくりと楽しむことが出来た。
でもさ・・・
夕方になって、沢田の足が自分の部屋へ向かっていることに気が付いて
途端に思い出したんだ。
先週、ふたりの間にあった出来事を。
消しても消しても脳裏に沢田の肌身が浮かんできて、
あいつの指が、唇が、自分に何をしたかを思い出してしまう。
部屋へ行くってことはだよ。
つまりそう言うことだよな・・・
いやいや、今まで何度も行ったじゃないか。
一度もそう言うことにならなかったんだから、今日だって必ずしもそうなるとは限らないぞ。
いや、でも「恋人」として行くのは初めてだな。
ああ、どうしよう・・・どうやって断ろうか。
実は今日は「女の子の日」なのだ。
正直に話して部屋へ行かないと言った方がいいだろうか。
でもエッチなことを期待しているみたいで恥ずかしいじゃないか。
それに、沢田はそんな気は一切ないのかもしれない。
だから部屋へ行くのを断るってのは絶対に変だ。
でも、恋人を部屋へあげるんだから、なんにもしないってのも変だし
何よりこいつの手際の良さは先週で証明済みだしな。
ぐるぐる考えていたら沢田の部屋へ着いてしまった。
しまった・・・
後悔したがもう遅い。
「ほら、どうぞ。」
いつものようにあたしの好みに入れてくれたコーヒーを差し向かいで飲む。
無意識のうちに出来る限り離れて座ってしまったために、中途半端な距離がなんとも不自然だ。
黙っているのも気まずくて、何か話さなきゃって思ってたら沢田が急に立ち上がった。
思わず身構えたらカップを持って台所へ行ったから、ほっと安心したのもつかの間、
戻ってきた沢田はさりげなくあたしの横へ腰を下ろした。
ヤバい、逃げなきゃ・・・
思う間もなく捕まって、広い胸に抱き寄せられた。
ふわっとあいつの熱が伝わって、途端にかーっと血が登る。
温かい胸の中はドキドキするのにほっとして、逃げ出したいような気になるのにいつまでも居たくなる。
ぐいっと顔が持ち上げられて唇が降ってきた。
一週間ぶりの感触に無我夢中になってしまう。
いけない、こんなことをしている場合じゃあない。
そう思うのに痺れたように沢田の口付けに溺れて、抵抗できない。
だめ、この先に進んじゃ駄目だ。
いつの間にか押し倒されて、首筋に腕を巻き付けていた。
だめなのに・・・
服の下から差し込まれた手が熱い。
弄られる背中から胸から沢田の熱が伝わって来る。
「嫌なのか?」
「いやじゃ、ない・・・」
嫌な訳はない、だけど・・・優しい唇にぽうっとなって考えられない。
揉み込むように押し付けられたジーンズの脚の付け根が
熱く固くなっているのに気が付いてやっと我に返った。
だめだ!
「だめ、だめだってば・・・」
必死で訴えかけても止めてくれない。
「なんで・・・?」
なんでって、その、その・・・
そんなこと言えるかー!!
カッとなってついに手が出ちまった。
あたしの拳は正確に沢田の鳩尾へと決まって、脱力した身体がどさりと倒れて来る。
あーあ・・・初めてのデートだってぇのに、気絶さしちまうなんて。
がっくり落ち込んだがもう遅い。
せめて風邪を引かないようにと、沢田の上に夏掛けをかけ、そそくさと部屋を後にする。
火照った頬を夜風で冷やしながら、さてなんと言って謝ったものかと
あたしはいつまでも考え続けていた。
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2009.9.1
双極子
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こんにちは、双極子です。
ここまでお読み頂きありがとうございます♪
仲が良いとは言え色恋と離れた間柄が長かったため、
恋人になっても恋人らしいことを相手にしかけるのには躊躇ってしまう
微妙な距離のふたりです。
今回も、尚様がとっても素敵なイラストをつけて下さいました♪
ぎくしゃくする久美子さんに嬉しそうな慎ちゃん、
流されつつもキスに夢中になる久美子さんと止まらない慎ちゃん、
本当に可愛くって素敵なふたりにうっとりです。
尚様、ありがとうございました!
2009.10.1
双極子