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U・ 箱根用水(深良用水) かんがい施設遺産登録の用水(農林水産省) 世界74ケ国参加 世界47ケ所ある。その内日本は31ケ所。平成29年11月現在ICID。
小田原藩駿東郡深良村(現在の静岡県裾野市)は、水不足に苦しめられていました。この頃、新田開発を積極的に行って米の生産高を上げようという幕府の動きに伴い、小田原藩も当時領地にしていた箱根山麓のこの地域に水田を開発し、年貢米の増収を図ったのですが、深良村を流れる黄瀬川は、水量が少なく、水田開発が出来ないどころか、飲み水にも事欠く状態でした。 この実状を見かねた深良村の名主・大庭源之丞は、山の向こうにある芦ノ湖の水を隧道によって引く灌漑(かんがい)用水路を築こうと思いつきます。それを聞いた友野与右衛門をはじめ江戸の商人たちが、工事を請け負う代わりに、完成後の水路の使用料を得て利益を上げようとやってきました。さらに、芦ノ湖を神の御手洗(みたらしの)池(いけ)≠ニ崇めていた箱根権現(現在の箱根神社)の理解と協力を得て、寛文3(1663)年に工事は計画されましたが、紆余曲折を経て寛文6(1666)年、ようやく着工となりました。工事は、深良村側(静岡県側)と芦ノ湖側(箱根側)の双方向から行われましたが、機械などのない時代、すべて人の手によって鑿(のみ)やつるはしで掘り進むしかなく、しかも水を流すので微妙な傾斜をつけなければなりませんでした。人夫83万3586人・総工費7335両(現在の10億円以上)を要した大工事の末、4年後の寛文10(1670)年、ついに灌漑用水路は完成しました。隧道の長さは1280メートル、双方から掘り進んだ隧道の出合点での誤差はわずか1メートル、芦ノ湖側の入口から深良村側の出口の高度差は10メートルほど、工事にあたった人々の精巧さと団結力に驚かされます。
V・ 逆川事件(さかさがわじけん)
明治時代に行政区分が変更され産業形態も変り、用水側の村々と早川側の村々の間で水論が生じ、静岡県知事、神奈川県知事も巻き込む紛争となった。そんな渦中の1896年4月、用水組合の見回り人が大勢の人夫が逆川口を切り下げているのを見つけたことにより、事態は一気に緊迫する。この事件は同年5月、箱根湖用水掛深良村外六ケ村水利組合が破壊事件の責任者として神奈川県仙石原村長ほか2名を、水利を妨害したとして沼津警察署に告訴して裁判となった。裁判は、複雑な経過をたどり、1898年、大審院の判決は旧来の用水側の水利権を認め、原告全面勝利となる
(逆川とは、潮位の上昇や合流先河川の増水などによって、水が逆流することがある河川・潮流の変化により流れが変わる運河・地形などの影響で周辺の他の河川とは逆の向きに流れている河川につけられる名称である。通称として用いられ、正式な名称が別に存在する河川と、正式名称として逆川と名付けられた河川がある。)
W・ 距離と時間
箱根ビジターセンターを起点に、芦ノ湖西岸まで距離にして2キロメートル、約1時間の道のりになります。深良水門から石畳を約30分程度登り、湖尻峠にでます。黒岳への間は、沼津アルプスや駿河湾など箱根の内輪山と外輪山が見渡せ風光明媚な光景が心を和ませてくれます。短時間で箱根の自然を知るのには手ごろなコースです。所要時間3時間〜5時間 ゆったりしてみたらいかがでしょうか
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