- 交泰中院 - 修史館 - 掃苔龕 - 淡齋百碑
淡齋百碑 |
佐羽淡齋(一七七一~一八二五)は上州三富豪のひとり、学をこのんで漢詩を山本北山に学んで長じた。 江島詩碑は碑陰の大窪詩佛の識語に「今又将欲遍遊名山奇蹟、得詩刻石立百碑而後止、此其第一碑也」とあれば、淡齋の志した百詩碑の第一と認められよう。それより三年、五十四歳で急逝して、その志した詩碑はわずか七碑にとどまった。その墓碑文には「所到輙立詩碑。毎謂人日。吾一生之間。必當立百碑以存遊踪矣。其所立。僅至十一而没。惜哉」とあるが、立志以前の二石を加えても九碑である。 淡齋の碑石 ①文化七年(一八一〇)七月 山本北山門下蘆之湯詩碑(百碑立志以前) 『佐羽淡齋詩碑其八』 ②文政五年(一八二二)五月 百花園詩佛畫竹碑(淡齋題詩) 『佐羽淡齋詩碑其三』附録 ③文政五年(一八二二)九月 江島詩碑 『佐羽淡齋詩碑其一』 ④文政五年(一八二二)十月 金澤總宜樓詩碑 『佐羽淡齋詩碑其二』 ⑤文政五年(一八二二)冬 墨多三絶詩碑 『佐羽淡齋詩碑其三』 ⑥文政六年(一八二三)初夏 神奈川晩望詩碑 未訪問 ⑦文政六年(一八二三)五月 伊香保詩碑 『佐羽淡齋詩碑其五』 ⑧文政中 日光詩碑 佚碑 ⑨文政七年(一八二四) 十山亭詩碑 『佐羽淡齋詩碑其六』 △不明 松島碑 ※文政八年(一八二五)歿 臥孌堂碑帖從第百卅一巻到百卅六巻目録 ○佐羽淡齋詩碑其一 江島詩碑 巻菱湖書 附録 服部南郭題石壁詩碑 八雲庵詩碑 芭蕉句碑(潮墳) 龍燈松碑 四時菴紀逸句碑 ○佐羽淡齋詩碑其二 金澤總宜樓詩碑 大窪詩佛書 附録 瀬戸神社文學碑 田鶴歌碑 屋代弘賢書 萬露句碑 雪中菴五世書 ○佐羽淡齋詩碑其三 墨多三絶詩碑 巻菱湖篆額 大窪詩佛書 附録 百花園畫竹碑淡齋題詩 ○佐羽淡齋詩碑其四 伊香保詩斷碑 中村佛庵書 附録 徳富蘇峰詩碑等 伊香保浪子不動尊 徳富蘇峰爲書 徳冨蘆花追憶の碑 徳冨蘇峰書 徳富蘇峰詩碑 徳富蘇峰書 ○佐羽淡齋詩碑其五 十山亭詩碑 附録 淺茅菴撰狂歌碑 詩人淡齋墓記 朝川善庵撰、大窪詩佛書 十山亭碑は佐羽淡齋百詩碑の一つ。唐の顔真卿の集字碑である。碑は大間々(群馬県みどり市)の要害神社に現存する。もとは桐生の小倉峠の亭庵に存在したが淡齋の没後、亭は廃され碑を当地へ移転したものである。 ○佐羽淡齋詩碑其六 北山門下蘆湯詩碑 山本北山題碑陰 大窪詩佛書 附録 東光庵詩文碑 ※東光庵の碑石のうち詩文碑 蘆湯神遊碑 辨天峯詩碑 四方山人狂歌碑 ○佐羽淡齋詩碑其七(未刊) 神奈川驛詩碑 未訪問につき未収 ○佐羽淡齋詩碑其八(未刊) 日光憾満淵詩碑 佚碑 未収 |